第48話 軍師と副官
「基本的に正規軍は籠城戦を行う。そうすれば王国の各地から援軍が届くし、相手の軍は補給線が伸びているから、勝手に飢えるだろう。第一陣さえしのげば、周辺国との交渉も進めているしどうとでもなる」
冒険者ギルドの客室で、ソファーに座りながらアネスはそう語った。
俺は彼女の対面に座り、疑問を投げかける。
「籠城できるのか? 街にはたしかに城壁があるが……」
「この街はそもそも周囲に壁が巡らされて門からしか出入りできないようにしてある城郭都市だ。それにこんなこともあろうかと、各所にわたしが手を入れている」
王子の話によれば、アネスは元々この街の冒険者ギルドのギルド長だったらしいし、帝国に対しても脅威を感じていたようだ。
それなら攻められたときの対策をしていてもおかしくはない。
彼女は言葉を続ける。
「相手もこちらが城郭都市であることをわかっているから、攻城兵器か攻城魔法が必要となることぐらいは認識しているだろう。魔術の方は対魔術結界で防ぐ。だから攻城兵器は、冒険者部隊が遊撃隊となり破壊する必要がある。――通常の戦いならな」
アネスはそう言って、話を区切った。
「ここからが問題だ。対魔術結界は一度発動させればしばらく大丈夫だが、いかんせん発動には膨大な魔力が必要となる。今、街の竜脈からの魔力充填を開始したから、充填が終わるまでには一週間ほどかかる」
「もし結界が張られる前に街が攻められたらどうなる?」
「……部隊編成にもよるが、相手に攻城用の魔術師隊がいれば防ぎきれないだろう。そうなれば城塞はただのデカい的だ。街から出て迎え撃つしかなくなるが、援軍もない状態では兵力差で圧殺される公算が高い」
つまり、結界が発動する一週間以内に攻められた場合は敗北するということだ。
結界が発動でき、優位な立場になって五分五分。
それぐらい帝国との戦力差は大きい。
アネスはテーブルの上に地図を広げる。
「そこで最初の話に戻る。普通であれば帝国首都からこの街までは一週間かかるわけだ。それを短縮する方法はというと――」
彼女は地図の上の一点を指差した。
「アルノス渓谷」
俺が通って来た、道とは言えないような道だ。
「通常であれば軍がここを通ってくるなんて考えにくい。大軍が通れる道なんてないし、道中は過酷だ。それに魔物の領域なので、モンスターと遭遇する可能性もある。危険が大きい」
指を動かして、王国までの道をなぞった。
「だが、上手くやれば半分以下の時間で攻め入ることができる。リスクは高いがリターンも大きい道だ。……相手の指揮官は、そんな手段を取れるキレ者か?」
アネスは俺にそう尋ねた。
デオルキス帝国に将軍の役職はない。慣例として、歴代の騎士団長がその任を兼務していたからだ。
よって、通常であれば騎士団長が相手の指揮官となることだろう。
「……もし俺の知っている現騎士団長が指揮を執るのであれば、まずその手を使うことはないと思う。そういう男だ」
「いいぞ。そういう情報が欲しかったんだ。お前を副官に選んで良かった」
俺の言葉にアネスは笑う。
騎士団はいくつもの部隊を抱えており、各隊長に大きな裁量権が与えられている。
ただしその長たる騎士団長になるには過半数以上の貴族たちの推薦が必要だし、年功序列社会でもある。
つまり騎士団長の地位にいる者は、世渡りが上手く、老い先短い老人たちに気に入られた保守的な者が多いのである。
騎士団長に任命されるには、政治力が必要なのだ。
現騎士団長も比較的若くはあるが、その例に漏れずリスキーな判断は極力避けるような役人タイプだ。
失敗したとき、責任を取らされるような手段は避ける。
――だが。
「ただしそれは、俺の知っている帝国の話だ。今の帝国は、前と変わっている可能性がある」
「というと?」
「……デオルキス帝国第十三代女皇帝、キャリーナ・エルワルド・デオルキス」
幼いときの彼女の顔が脳裏に過ぎった。
「現在帝国は彼女の独裁状態にある。彼女は兵法の専門家ではないが、素人だからこそリスクを考慮しない可能性がある」
「つまり……何も考えてないバカか!」
「そうだ」
アネスの言葉に俺は頷く。
的確な表現だった。
「だが、姫がその作戦を取る可能性は十分にある」
そう言って、俺はため息をついた。
「騎士団の兵站……備蓄食料や保存食の管理は俺がやってたんだ。誰もやってなかったからやってただけなんだが……。国を出てから結構経った今でも、十分な補給物資が確保できているかは怪しいな」
「……一週間の遠征に耐えるだけの食料が準備できないってことか」
「そうだ。それなら行軍にかかる食料を少しでも減らす為に、渓谷の道を選んで時間短縮を図るかもしれない」
どうせ一週間軍隊を歩かせて飢えさせるなら、多少危険でも短い道を走らせるという選択だ。
ある意味、筋は通っている。
「なるほど……。それなら、冒険者隊の役割が決まったな」
アネスはそう言って、地図の上に指を這わせる。
「奴らが渓谷の道を通ってきた場合に備えて、待ち伏せする。もし帝国軍が街道を通ってきた場合は――」
彼女は渓谷の位置から、この街の方へと指をなぞらせた。
「――反転し、後ろから襲撃する。挟み撃ちだな。だからその為に、冒険者たちにはしばらく渓谷に野営して潜伏しておいてもらう必要がある」
アネスの言葉に、俺は疑問を口にする。
「フォルト王子の軍はどうするんだ?」
「正規軍は不測の事態に備えて街にいてもらう。どっちにしろ、渓谷に大人数が押し寄せても邪魔になるだけだしな」
俺はその言葉に頷き、渓谷で帝国軍を待ち受ける冒険者隊の姿を想像した。
「地形を下見して、どこで待ち伏せたり罠を張ったりしたらいいか見に行く必要もあるのか……」
「ああ、頼んだぞ」
「……へ?」
アネスに言われ、俺は顔を上げた。
彼女は眉をひそめ、呆れたような表情を浮かべる。
「『へ?』じゃないよ。『へ?』じゃ。言ったろ? わたしは結界を張る作業があるし、軍師のわたしが拠点から離れるわけにはいかない」
……それってつまり。
俺は改めて、アネスに尋ねる。
「……冒険者隊は、誰が現場で指揮するんだ?」
彼女はため息を吐いた。
「お前以外に誰がいるって言うんだ。任せたぞ、エディン」
そう言ってアネスは、俺の肩に手を置く。
その手が、なんだかやたらと重く感じた。
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