第47話 新たな地の絆

「ユアル、読み書きはできるよな? 招集に応じてくれた分の冒険者の名簿を作ってくれるか?」


「はい、任せてください!」


 慌ただしく職員たちが駆け回る、冒険者ギルドの玄関口。

 その中心で、俺が出した指示にユアルは頷いた。


 フォルト王子の命により、俺は帝国との戦いに備えて王国から役職が与えられた。

 レギン王国冒険者傭兵部隊の副隊長という地位だ。

 もちろんこれは一時的な物で、戦時が過ぎれば解任される。


 ……で、正式に上司となってしまった変態賢者……もとい、自称大賢者アネスに仕事を命ぜられたわけだが。


「することが……することが多い!」


 兵の管理に物資の準備、金の計算をして街の領主に報告して……。


「……結局雑用じゃねーか!」


 思わずそう叫んでしまう。

 もちろん自身に裁量が任せられるという違いはあるが、細かなところが多い。

 だが俺とユアルだけでは対応しきれないかもしれない。


 準備金はもらっているし、誰か人を雇って――。


「あ、エディンお兄さんじゃーん」


 その声に振り返ると、そこには三角帽子にローブといういかにも魔術師風の恰好をした女がいた。

 この前冒険を共にした、分析系魔術の使い手のミュルニアだ。



「なんか忙しそうにしてんねー。なになに、お兄さんも今回の特別招集に何か絡んで――」


「――労働力見付けたー!」


「にゃっ!?」


 ミュルニアの肩をがっしりと掴む。

 逃がさねぇぞ……!


「お前を買いたい」


「えっ、えっ!? うちはそういう商売は一切してませんけどぉ!? ……ちなみにお兄さんは一晩おいくら出すおつもりで? どうしてもっていうなら添い寝ぐらいなら考えないでも……」


「そういうことじゃない! お前計算は得意か!?」


「ま、まあ一応錬金術もたしなんでますから……」


「よし採用! お前は会計係だ!」


「え、ええ~……?」


 俺とユアルはこの街に来て間もないし、アネスは山奥で暮らすぐらいの偏屈だ。

 人脈がない以上、使える物は使う!


 ミュルニアに次々と仕事を投げると、ミュルニアは「うちへの依頼料は高いからね!」と言いながらも渋々仕事に取りかかってくれる。

 ……うん! 快く引き受けてくれたな!


「……楽しそうなことしてるね」


 そんな俺たちの様子を見て、話しかけてくる者がいた。


「ロロ」


 それはAランク冒険者の剣士、ロロだ。


「楽しそうだと思うなら、代わってくれ」


「やーだ。わたしはそういうの向いてないから。その分前線で頑張るよ」


 ロロは俺の言葉に笑って舌を出す。

 ……俺なんかよりも、ロロの方がよっぽど指揮官が向いている気はするが。


「……わかった。ただ新参者の俺じゃあ冒険者たちに命令しても反感を買ってしまうときがある。そのときは力を貸して欲しい」


「いいよ。任せて。わたしが言うなら、たぶんみんな聞いてくれるから」


 Aランク冒険者はギルドの顔とも言える冒険者で、古参の冒険者ほど一目置いている存在だ。

 俺の指示は聞きたくなくても、ロロの指示なら聞いてくれるやつもいることだろう。

 だがそんな俺の不安を見透かすように、ロロは笑う。


「まあ、大丈夫だと思うけどね。エディンに悪い印象抱いてる人なんてほとんどいないし」


「……だと嬉しいんだがな」


「せいぜい”いつも女の子連れてて羨ましいなー”とかぐらいだよ」


「それは誤解だ」


「ユアルちゃんとはいっつも一緒にいるみたいですけどー?」


 からかうように言うロロに、俺は頭をかく。


「とにかく、何かあったら頼むよ」


「うん。事情はわかってるから、エディンがスムーズに動けるよう街のみんなにも話は通しておく」


「ありがたい」


 根回しがあるとないとでは、食料の買い付け一つでも対応が替わってくる。

 兵を運用するには大量の食料が必要だ。

 それに防衛戦になることを考えると、街の備蓄も重要になる。

 食料が枯渇してしまうと、閉じこもることもできない。


 だがもちろん、商人の中には「兵隊やよそ者に食料は売れない」だとか、「せっかくなら高値で売りつけてやろう」と思う奴が出てくる。

 ……結局戦に負ければ大損することになるのだが、商人との信頼関係が築けていなければまともな取引ができないのだ。


 その点、街の英雄とも言えるAランク冒険者の口添えがあれば、とても動きやすくなるだろう。


「……ふう、もうちょっと人手が欲しいところだな」


「――ふ、困っているようだな」


 そんな俺の前に現れたのは、ハゲ頭の男だった。

 ギルドの……ええと……先輩の……そう、いつも掲示板周辺でたむろしてる……。

 俺が名前を思いだそうと考え込んでいると、ユアルが戻ってくる。


「エディンさん、冒険者の皆さんに支給するお給料の件で相談が……」


「ああ、そうか。たった今ミュルニアを雇ったから、彼女と相談してくれると助かる。物資にも金は使うから、準備金と事後報酬から間に合う範囲で金額を算出してくれ」


「はい!」


 そう言うとユアルはミュルニアのところへ駆けていく。

 二人は上手く働いてくれているようだ。

 俺はハゲ頭の冒険者へと向き直る。


「すまない、なんの話だったか」


「……いや、忙しそうだな……頑張れよ……」


 彼はそう言って、仲間たちの元へと去っていった。

 仲間たちと「あいつは俺が育てた」「言ってろ」などと会話をしつつ、平常運転に戻る。

 ……あの人たち、いったいいつもあそこで何してるんだ……?



 そんなことを考えていると、ギルドの玄関からアネスが入ってきた。

 俺は思わずアネスに向かって詰め寄る。


「どこ行ってたんだ! 聞きたいことが山ほど――!」


「街に結界を張ってたんだ。軍備の方はお前が丁度よくやっといてくれていい。信用してるからな」


「ぐ……。ま、まあいいが……」


 そう言われると何も言い返せなくなる。

 言葉の行き先がなくなった俺に、アネスは真剣な眼差しで向けた。


「それよりエディン。話がある。お前の意見が聞きたい」


 彼女の言葉に俺は片眉をひそめる。

 そんな風に改まって尋ねられることに心辺りがなかった。


 アネスは静かに言う。


「帝国が一週間日以内に攻めてくる可能性はあると思うか?」


 質問を頭の中で咀嚼する。

 そんなことは普通はありえない。

 帝国から王国までにはやってくるには、普通に街道を通れば一週間はかかるからだ。


 ……だが、あるかないかで言えば。


「ゼロじゃない」


 俺は静かにそう答えた。

 アネスは俺の答えに、満足げに笑う。


「なら、対策をするぞ。それをされたら、わたしたちの負けだ」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る