第46話 帝国の策動
「なんですって……!? 今なんと言ったの……!? もう一度言いなさい!」
玉座に座った姫の声が響く。
帝国の王城、玉座の間。
姫の前に参じた兵士は、姫の顔色を覗き見つつ言葉を選んだ。
「そ、その……王国との交渉は決裂とのことで……」
「交渉!? 誰が、いつ交渉をしたと言うの!? あれは命令よ!」
姫に怒鳴られて、兵士は萎縮した。
「エディンも王国も、わたしを怒らせたくてしょうがないようね……!」
姫は苛立ちを隠さずに玉座の肘掛けを叩いた。
「……ならいいわ。やってやろうじゃない。生意気にも刃向かってきたレギン王国を、隅々まで残さず挽き潰すわよ」
姫の言葉に、騎士団長は慌てる。
「お、お待ちください姫! 今も帝国は南のオルガス連邦との小競り合いや、東での小規模な反乱も頻発しています……! 今しばらく平定にお時間を……」
「そんなのどうでもいいでしょ? 今だってどうにかなっているんだから、放っておきなさい」
騎士団長の言葉を切り捨て、姫は言葉を続ける。
「ほら、そこのあなた。何してるの? 早馬でも魔術でも何でも使ってすぐにレギンに宣戦布告をしてきなさい。遅くなるようなら容赦しないからね?」
姫の言葉に、報告をしていた兵士は慌てて承服してから部屋を後にする。
残された騎士団長は顔をしかめながら、言葉を絞りだした。
「……しかし姫、この街に常駐している軍だけでレギン王国を相手にするより、全軍を集結させた方がより確実に……」
「情けない言葉ね。それでもあなたは帝国の大騎士団をまとめる長なの?」
姫は呆れたように彼を侮蔑する。
「大丈夫よ、安心なさい。……ラーグ、来なさい!」
姫が声を上げると、部屋の側面の扉から一人の男が入ってくる。
頭に緑のターバンを巻いた糸目の男は、怪しい笑みを浮かべて姫の前にかしづいた。
「これは姫様、何か御用でしょうか」
「ええ、あなた武器を貸してくれるのでしょう?」
「はいもちろんですとも!」
姫の言葉にラーグと呼ばれた男は笑顔で答える。
「まずはお試しということで、無償で貸与させていただきますよ」
「素晴らしいわ。あなたはうちの騎士より融通が利くわね。すぐに用意できるんでしょう?」
「ええ、ご随意に」
ラーグの言葉に笑う姫に、騎士団長は眉をひそめる。
「ひ、姫様……その男は……?」
騎士団長の言葉に、姫ではなく男が答えた。
「どうもお初にお目にかかります。武器商人のラーグと申します、以後お見知りおきを」
「武器商人……だと」
「はい、左様で」
彼はその目を少しだけ開くと、にっこりと笑う。
騎士団長は困惑した様子を見せつつ、もう一度姫に尋ねた。
「しかし姫様、素性のわからぬ武器など、騎士団に使わせるわけには……」
「ああ、ご安心ください」
しかしその言葉をラーグが遮る。
「私は武器商人ですが、今回お貸しするものは武器は武器でも戦争の為の武器……すなわち、兵器であります。剣や弓といった手に持つ物ではありません。どちらかといえば、軍隊そのものに近い物です」
「なんだと……? 軍隊を貸すというのか」
「はい。そうです。とびっきりの精鋭ですよ」
ラーグは笑みを浮かべる。
彼の言葉に姫は頷いた。
「兵を集めて、すぐレギンに向けて出発するわ」
「し、しかし宣戦布告どころか最後通牒まだ送っていません。これでは周辺国から非難を受けましょう。もうしばらくお待ちを――」
「――帝国が有象無象の国々の顔色など窺う必要ないわ」
「ですがそれでは民間人に被害が出ますし、レギンにいる帝国の人間も殺されてしまいます!」
「そうね。せっかくレギンにいるんだし、国の為に一暴れでもしてくれるといいんだけど」
騎士団長は姫の発言に、言葉を失った。
姫はそれに構わず話を続ける。
「迅速に動き奇襲をかけて、一人残らず殲滅しなさい。そうすれば相手は反撃する暇もないのだから」
「ええ、素晴らしい作戦ですとも姫様!」
ラーグが手を叩き、姫に称賛の言葉を贈った。
騎士団長は思わず反論する。
「ですが……ですがそれでも物資が足りなすぎます! レギン王国への道はどんなに急いでも一週間はかかります。今の兵たち全員の分を賄う兵糧を用意するには、少なくともあと数日は……!」
姫は笑みを浮かべて、人差し指を立てる。
「とっても良い方法を思いついたの。あなたではきっと思いつかない戦の方法よ」
「戦の方法……ですか?」
訝しげな顔をして騎士団長が尋ねると、姫は立ち上がる。
「あとで教えてあげるわ。……でも絶対に、三日以内に兵を出発させなさい。そうでなければ許さないからね。こちらにはラーグの秘密兵器もあるんだもの。絶対に負けるはずがないわ」
姫は笑って、北の方角を見据えた。
「見てなさい、エディン……。私に逆らった者は誰であろうと許さないということを教えてあげる……。レギン国民の命でね」
姫の笑い声が、部屋にこだました。
「――おや、騎士団長」
玉座の間から出た騎士団長が、騎士に声をかけられる。
「ムッソフか」
ムッソフと呼ばれた線の細い男は片眉を上げ、騎士団長に向かって声をかける。
「どうしました? お顔色が優れないようですが」
普段から顔色が悪い彼の言葉に、騎士団長は鼻で笑った。
ムッソフは貴族出身の家柄で、出世にしか興味のない男だ。
どうせその言葉には、騎士団長を気遣うような心持ちはない。
騎士団長はそう思い、点数稼ぎをする部下を突き放すように言った。
「なんでもない」
「それは良かった」
笑顔を作って言う彼に、騎士団長は内心呆れる。
姫の相手をして疲れ果てていた騎士団長は、心情を理解しようとしない部下に嫌気がさしていた。
こんなとき、エディンなら――。
面倒事を押し付けられる部下がいなくなったことに、今更ながら後悔をする。
――そうだ。
騎士団長は自分の考えにふと妙案を思いつき、口を開いた。
「ムッソフ、お前はエディンを嫌っていたな」
「は? え、ええ。まああのような平民出身の小物など、私の眼中にはありませんがね」
「一つ相談があるのだが」
騎士団長は彼の言葉を遮りながら、笑みを浮かべる。
「お前に一つ隊を任せようと思うのだが、どうだ? エディンを捕らえる為の
その言葉に、ムッソフはこらえきれない満面の笑みを浮かべた。
「……は、はいっ! ありがたき幸せ! 必ずやご期待に添わせて頂きましょう!」
ムッソフの返事に騎士団長は「そうかそうか」と満足げに笑う。
――やはり面倒な事は、やりたいやつにやらせておくのがいい。
二人は笑いながら、宮廷の廊下を歩いていくのだった。
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