第45話 変態賢者と小国の王子

「つまりお前は都合の良い広告塔プロパガンダなんだよ。そんなに気にしなくていい」


 俺たち三人はマフを魔物園に預け、冒険者ギルドにやってきていた。

 客室で上等のハーブティーで持てなされつつ、俺たちはソファーでくつろいでいる。


 先ほど街の門前であった王子の演説から一時間ほど。

 なんだか大事おおごとになって不安に思う俺に、アネスはそんなことを言って笑った。


レギン王国この国にとって帝国は、軍事力を盾に数々の理不尽な要求をしてくる忌々しい相手だったわけだ。最近は特に酷い貿易条件を押し付けてこようともしているから、王や貴族といった政治家だけでなく、商人を筆頭とした民衆からの不満も激しい。そこで現れたのが、悲劇の主人公であるお前たちだ」


 そう言ってアネスは俺とユアルを指差す。


「悪逆非道な帝国の歪んだ内情を知る元騎士と、それに助けられた迫害対象の女の子が正義のレギン王国に亡命を求めてきたわけだ。こんなに民衆の感情を煽る出来事もないだろう」


「……だがそれがきっかけで戦争にでもなれば、多くの人が死ぬだろう」


「逆だよ」


 アネスはハーブティーに黒砂糖を入れてスプーンでかき混ぜる。


「遅かれ早かれ王国は反旗を翻そうとしていたはずだ。しかし自ら帝国に攻め入れば大義に欠け、決着の付け所がない。帝国とは直接領土が接してないし、たとえ武力で勝利しても帝国全土を支配するような力は王国にないからな。最悪は民衆まで巻き込む総力戦になって、国が滅びる」


 彼女はティーカップに口を付け、深く息を吐いた。


「我慢もジリ貧、攻めるも地獄。そんなときに現れたのがお前らだ。『人道的立場から、お前たちを守る』という大義名分があれば、宣戦布告してもされても周辺国とは角が立たない。たとえ帝国に攻められても、派遣された軍を自陣で打ち破るだけで有利な条件で講和できる可能性も高い。帝国も王国も、勝って得る物がないから泥沼になりにくいんだ」


 アネスは笑う。


「一方で帝国からの度重なる金や資源の要求は全部突っぱねられる。戦いになってもこちらから攻める利もない以上、防戦のみとなるので有利だ。……まあ、あとは実際の戦力差が問題なんだが――」


「――それについて相談させてもらおう」


 言葉と共に入って来たのは、フォルト王子だった。

 今は金属鎧を脱ぎ、お付きの男たちも付いていない。


 彼は客間に入ってくると、アネスの隣へどっしりと座った。


「改めて、この度はご苦労だった。感謝する。冒険者エディン、ユアル。そして賢者サパイ=アネス殿」


「アネスちゃんでいいぜ」


 軽口を叩くアネスを無視して、フォルト王子は言葉を続ける。


「サパイ殿を呼んだのは他でもない。現在この国は帝国の脅威に晒されている。サパイ殿には宮廷魔術師に復帰してもらい、軍師として国への協力を頼みたい」


「軍師ねぇ……。ただの魔術師風情に期待しすぎじゃないかね」


「ご謙遜を。あなたの力がこの国には必要だ。帝国に気取られず常備戦力を整える為に、各地に冒険者ギルドの設立を提案したのはあなたではないか」


 アネスは飄々とした態度でフォルト王子の言葉を受け流している。

 もしかしてこの自称賢者、本当に凄い人だったのか……?

 ただの変態かと思ってたのに……。


 俺が心の中で酷く失礼なことを思っていると、アネスが口を開く。


「まあ王国は人材不足だろうから、受けてやっても構わない。ただし、こいつらを雇ってわたしの下に付けることが条件だ」


 アネスはそう言って俺とユアルを指差す。

 ……俺?

 俺は思わず、自分で自分を指差した。

 見れば隣でユアルも同じようなジェスチャーをしている。


 王子はアネスの言葉に頷いた。


「……いいだろう。冒険者として、という形で構わぬだろうか」


「ああ。傭兵みたいな扱いだな。冒険者たちの部隊はこっちで面倒見る。だから正規軍はお前が自分で率いろ。それならお前の部下たちからの反感も買わないし、士気にも影響がでない」


「承知した。……エディン、ユアル。構わないだろうか」


 ……なんだか俺たちの預かり知らぬところで、話が進んでいる気がする。


「えーと……つまりどういうことだ?」


 俺の言葉に、アネスが笑った。


「わたしが司令官。お前が副官。ユアルが補佐官」


「わあ、わかりやすい! ……っていやいやいやいや! 俺がそんなことできるわけないだろ!」


 思わず俺はノリツッコミをしてしまう。


「おいおい、ノリがいいのはツッコミだけか?」


「ノリで決められることじゃないだろ!」


 俺はたしかに帝国では騎士団という軍隊組織に所属していた。

 しかしそれはあくまでも底辺の雑用で、高級士官だったわけじゃない。

 とんだ縁故採用だ。


「……俺より優れた冒険者はいるだろ。俺はBランクの冒険者だし、Aランクの冒険者に勝てる要素なんて持っていない。戦闘力なんてCランクもいいところだ」


 Aランク冒険者の剣聖、ロロを思い出す。

 彼女の剣技は俺のような一般人の領域を超越していた。


 だがそんな俺の様子に、アネスは人差し指を立てた。


「ならクイズだ。戦が始まると決まったとき、お前ならまず何を準備する? お前には部下が百人いるとする」


「は……?」


 なんの問題だ?

 俺は不可解に思いながらも、考えを巡らせる。

 百人を率いて戦うとき、まず最初に考えることは。


「……食料だ。戦には時間がかかる。その間どうやって百人の部下を食わせるのか。飯を食わなきゃ、人は動けない」


「正解だ」


 アネスは手を叩く。

 ……そんな考えもあって、俺は騎士団に居た頃は常に備蓄に気を配っていた。

 そういえば最後にしていた仕事は、保存食の調達だったか。


 アネスは笑みを浮かべながら、言葉を続ける。


「戦において必要なのは、個人の戦闘力じゃない。お前はたしか前に帝国では雑用をさせられていたんだったな?」


「あ、ああ」


 俺が帝国で騎士をやっていたことは、一週間アネスのアトリエに過ごしていたときに話している。

 そのときは特にアネスは興味を持った様子も見せなかったのだが……。


 彼女は人差し指で俺を指した。


「色々なことをやってきたからこそ、お前の経験が必要になる。直接の戦闘なんて他のやつに任せておけ。お前はお前にしかできないことをやるんだよ」


「俺にしか、できないこと……」


「そうだ。器用貧乏で、剣も魔法も中途半端……でもだからこそいろいろな知識を持っている、お前にしかできないことだ」


 アネスの言葉を受けて、俺は考える。

 果たして俺に、副官なんてものが務まるのだろうか。


 そう考える俺の横でユアルが小さく手をあげる。


「あ、あの……それを言うなら、わたしこそ何もできないんですけど……」


 おそるおそるそう尋ねたユアルに、アネスは笑った。


「お前はバランスだ。エディンは自分を蔑ろにする傾向にあるからな。兵士は死んでも戦は終わらないが、指揮官が死んだら戦は負ける。残酷だがそれが真実だ。そいつが自分の命を犠牲に味方を助けようとでもするなら、引っぱたいて止めるのがお前の役割だよ」


 アネスの言葉に、ユアルは緊張した面持ちに頷く。


「は、はい! エディンさんを引っぱたけばいいんですね! 喜んでもらえるよう頑張ります!」


 ……一応言っておくが、俺に引っぱたかれて喜ぶような趣味はないぞ。

 俺は呆れながらもため息をつく。


 ……自信がなかった。

 たしかに自信はない、のだが……。


「……わかった。引き受けるよ。アネスのサポートをするのが、街に連れてくる為の条件でもあったしな」


 ほんの少し、挑戦してみたいと思った。

 雑用しかできないと言われていた俺が、どこまで通用するのかを。


 俺の言葉にアネスが満足げな笑みを浮かべると、その隣でフォルト王子が口を開いた。


「ところで一応聞いておくのだが、サパイ殿はなぜそんな姿に……? さすがに目を疑ったが……」


 王子の質問に、アネスは堂々と答える。


「可愛いだろ?」


「……ああ、やっぱり昔言っていた美少女になりたいという変態願望を叶えたのか……この方は……」


 こいつ、王子になんて性癖を暴露してるんだ。

 アネスはムッとした表情でそれに応える。


「誰が変態だ。誰が。……いや待てよ? サナギが蝶になるという意味では、正しく変態なのか……?」


 アネスがどうでもいい疑問を口にする中、俺とユアルと王子の三人は一緒に呆れて笑うのだった。

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