第39話 帯魔のクリスタル

「理解が追いつかないが……なんだってあんた、そんな恰好してるんだ」


「ん? 可愛いだろ?」


 俺の前のサパイの爺さん……いや、少女アネスは当然のようにそう言った。

 俺はため息をつく。


 ……なるほど、そりゃあこいつの噂が「変わり者」で「変態」なわけだ。

 ユアルは俺の隣に座り、未だ事態が飲み込めていないのが、呆然と彼……彼女? を見つめ続けている。


 アネスは手紙を読み終えると、静かにテーブルの上へと置いた。


「手紙、読ませてもらったよ」


 そのあどけなさの残る少女の顔で、彼女は笑った。


「結論から言うと、わたしが街に行くことはできないな」


「……どうしてだ。王子からの依頼だ。俺は手紙の中身までは読んでいないが、報酬も出るんだろう」


 俺の質問に、少女は頷く。


「報酬は十分だ。昔、わたしは王宮から追い出されてね。そのとき結託してわたしを追い出しやがった貴族たちを一掃してくれたらしい。待遇の面も悪くない」


「ならどうして……」


「……わたしはここから動けないのさ。あ、これは誰にも秘密にしておいてくれよ」


 彼女はウインクする。

 ……所作は愛らしいが、ジジイがやってるのかと思うとちょっと腹立つ。


「動けないって、どういうことだ? 何か理由があるのか?」


 俺の言葉に彼女は頷いた。


「わたしは見ての通り、この国で一番美しくて可愛らしい女の子なわけなんだが……」


「自信が凄い」


「その代償として、あまりここをあまりここを離れられなくなったんだ。それ以上は弱点を晒すことになるから言えないけどな」


 山奥に住んでるのは理由があったというわけか。

 しかしそうなると困ったものだ。

 王子も動けない、賢者も動けないとなると、彼らを引き合わせる方法がない。


「行きたくない……ってわけでもないのか。それなら何か行けそうな方法はないのか? 俺ができることなら協力するぞ」


 一度仕事を受けた以上は、できる限り達成したい。

 だが俺の言葉に少女はその眉をひそめた。


「うーん……そうだな……。じゃあ一つゲームに付き合ってもらおうか」


「ゲーム?」


 俺が聞き返すと、アネスは自分の腰にいくつかぶら下げたクリスタルをテーブルの上に置いた。


「これに触って、魔力を込めてみろ。魔力の込め方はわかるか?」


「あ、ああ。……普通に魔力を集中すればいいんだよな?」


 俺は怪しさを感じつつも、そのクリスタルを触って魔力を込める。

 すると、クリスタルはほのかな赤い光を放った。


「そのクリスタルは魔力を帯びる性質を持つ特殊なクリスタルなんだ」


 彼女はクリスタルを持つ俺の手の上に、手を被せる。

 すると魔力クリスタルの色が黄色みを帯びていった。


「魔力を込めることで、保持できる。込めた魔力量によって色はどんどん青みを増していく。青色の魔石を十個作ることができたら、お前らの望みに従って街まで行ってやろう」


「なんだそれ。魔法使いの試練か何かか?」


「そんなところだ」


 彼女はニヤニヤとした笑みを浮かべる。


 まあなんにせよ、譲歩を引き出せたのはたしかだ。

 これをこなせば、アネスを王子の元に連れ帰ることができる。


 ――それに。


「ユアル、やってみてくれ」


「え、あ、はい……!」


 魔力というのなら、こっちにも宛てがあった。

 ミュルニアの適正検査のとき、ユアルは膨大な魔力をミュルニアに流し込んだ。

 ならこれぐらいのことは簡単にこなせるかもしれない。


 俺はそう思ってクリスタルをユアルに渡す。


「クリスタルが自分の体の一部になるようなイメージだ」


「は、はい……」


 魔術を使えないユアルに、魔術行使のイメージを伝える。

 彼女は目を閉じて、意識を集中した。

 俺は言葉を続ける。


「そうだな……。剣術をやったことがあるならわかりやすいんだが、剣の先までも自分の手のパーツになってしまうような感覚。そしてそこに血液を集中させるような……そんな感覚だ」


「や、やってみます……!」


 どうしても抽象的になってしまうが、体内の魔力を外部へ出すという感覚は説明しづらい。

 ……一度コツを掴めば楽なのだが。


 ユアルは少し悩むように首を傾げながら、クリスタルを握りしめた。

 しばらくそのまま集中していると――。


「あ」


 彼女が短く声をあげる。

 するとクリスタルの光が黄色から緑、そして青へと一瞬で変わっていった。


「おお、成功――」


 俺がそう言いかけたとき、ピシリ、という音がした。

 そして次の瞬間。


「――きゃっ!」


 ユアルの手の中で、クリスタルが音をたてて砕けた。

 それを見ていたアネスが瞬時に手を伸ばすと、破片が空中で停止する。


 アネスの魔術がクリスタルの破片が散らばるのを防いだようだった。


「あ……ありがとうございます」


 ユアルが礼を言うと、アネスはその顔を歪めた。


「……なんだ? お前、今いったい何をした?」


 アネスはユアルを睨み付ける。

 俺は間に入るようにして謝った。


「すまない。ユアルは魔術を使ったことがない初心者なんだ。壊してしまったなら弁償するから、許してやってくれないか」


 俺の言葉に、アネスは口の端を吊り上げた。

 だがその目は笑っていない。


「初心者……初心者だと?」


 アネスが指を鳴らす。

 すると砕けた破片は、テーブルの上に落ちて散らばった。


「……このクリスタルの破片を見ろ。内部からの均等な圧力で砕けている。これは単純な腕力で砕いただけでは起こらない。クリスタルの魔力マナ容量キャパシティの限界まで過負荷オーバーロードしたことで起こった現象だ」


 よくわからないが、どうやらユアルが力を込めすぎて砕いてしまったということではないらしい。

 アネスが言葉を続ける。


「それを一瞬で? ありえない。わたしだって青にするだけでも1分はかかるんだぞ? そこから砕けるまで魔力を込めるなんて……いったいどれだけの魔力圧があるっていうんだ」


 アネスはユアルを見ながら、実験動物でも見るような目で笑った。


「……面白い。お前、面白いな」


 興奮したようにそう言うアネス。

 彼女はチラリと俺に視線を向けた。


「おい、こいつわたしに寄越せ」


 俺は彼女の言葉に、眉をひそめる。


「え? 断る」


 キッパリと言いきった俺に、隣でユアルが「エディンさん……!」と嬉しそうな声をあげた。

 ……いや、ユアルは物じゃないってことだからな? べつに俺の物だって言ったわけじゃないからな?


 そんな俺の言葉に、アネスは薄く笑った。


「……ふん。こっちは実力行使でもいいんだぜ?」


「それは……すごく困るな……」


 数分間アネスと接しただけでもわかる。

 無詠唱の幻術に、クリスタルの空中停止。

 彼女は一流の魔術師だ。

 俺では到底敵いそうにない。

 彼女が本気を出したら、俺がユアルを守ることなどできないだろう。


「……だがユアルを渡すことはできない」


 再び言う俺に、アネスは目を細めた。


「……聞いてなかったが、お前はこの子のなんなんだ?」


 そう聞かれて俺は悩む。

 命を助けた恩人か? いやそれとも冒険者としてのパートナー?

 少し考えてから俺は口を開いた。


「――俺はこの子の、保護者だ」


 その言葉に、アネスは「へえ」と言って笑った。

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