第40話 賢者の試練
「……ハハハ、保護者か! なるほど、それじゃあ手は出せないな」
アネスは笑う。
実力行使は諦めてくれたようで、俺は内心胸をなで下ろした。
彼女はまた意地の悪い笑顔でこちらを見つめる。
「ああ、手を出すって言ってもそういう意味じゃないぞ? 肉体的に無理だからな。この体じゃ女と生殖はできない」
「下ネタはやめろ爺さん」
俺のツッコミにゲラゲラ笑うアネス。
どうやら敵意のようなものはないし、俺たちに危害を加えるつもりもなさそうではある。
自分が美少女になるという変態的な趣味は持っているが、悪人というわけではなさそうだ。
ひとしきり笑ったあと、彼女は腰元に付けてたクリスタルを二個テーブルの上に置いた。
「ほら、クリスタルだ。ゲームはまだ終わっちゃいないぜ? 砕いた奴はわたしが修復しておくから、お前らそれぞれでやってみろ」
俺とユアルは顔を見合わせつつも、それぞれがもう一度クリスタルを手に取る。
俺がクリスタルに魔力を込めると、クリスタルがほのかに赤く光った。
それを見て、アネスが呆れたような顔をする。
「お前は魔力が低いなぁ。そんなんじゃ上級どころか中級魔法も使えないだろうに」
「……知ってる。俺は才能がないんだ。傷付くからあんまり言わないでくれ」
「才能がないとまでは言ってないだろ。ほら立て」
そう言うと、アネスも椅子から立ち上がって俺に近寄ってきた。
そして俺の持つクリスタルを奪う。
「腕立て」
「……は?」
「いいから、腕立て伏せだ。ほらさっさとやれ!」
な、なんだ?
俺は困惑しつつも、床に腕立て伏せをする姿勢になる。
そしてその背中に柔らかな感触を感じた。
「……ぐおっ!?」
背中にアネスが座っていた。
彼女はクリスタルを俺の顔の前に置く。
「いいか。クリスタルには触れるな。さわらずに魔力を込めろ」
「は、はぁ!? そんなことできるわけ……」
「やるんだよ! ほら腕立て始めろ!」
わけがわからない。
昔、騎士団にいたときにされた訓練を思い出す。
これはただのいじめなのでは……?
そうは思いながらも、一応俺の背中に座っている少女は連れ帰らなければいけないターゲットだ。
できるだけ機嫌を損なうわけにもいかないので、そのまま腕立て伏せを始める。
「ほら腕立てをしろとは言ったが、クリスタルに集中するなとは言ってない。さっさと魔力を込めろ」
「このクソジジイ……!」
「ジジイはやめろ! ……クソガキなら許す!」
よくわからない彼女の言葉を受けながら、俺はクリスタルを見つめた。
……体から離れた位置にあるクリスタルに魔力を集中させるなんて、そんなこと本当にできるのか……?
俺はアネスの言葉を疑いながらも、何とか集中しようと試みる。
すると、腕立て伏せの腕を伸ばした瞬間に一瞬だけクリスタルが赤く光った。
「……本当にできた」
「当たり前だろ? お前、炎の魔術を使うときに毎回自分の皮膚燃やしてんのか?」
そう言われて思い出す。
俺が
小さな火花を投げ付けているイメージだったが、発火自体は体から離れた位置で起きているはずだった。
俺は腕立て伏せを続ける。
すると本当に弱々しくではあるが、クリスタルが赤く灯っていった。
「……この、腕立ては、どんな意味が、あるんだ」
俺の言葉に、背中に座ったアネスが答える。
「お前は魔力の生成能力が低いんだよ。生成能力は体の魔力神経の構成、つまりは才能に比例する」
才能。
その言葉が重く俺の心にのしかかる。
だがそんなことなど気にせず、アネスは言葉を続けた。
「だがそれでも全くゼロってわけじゃない。そして魔力ってのは普通の人間なら、生命活動に応じて生成されるってわけだ。生きてりゃ作られる……それが魔力」
「……なら、筋トレに、何の、意味が」
「だからだよ。筋肉を動かす・考える・飯を食う、それは全部生命活動の一環だ。特に筋肉を動かすことは魔力の生成効率が良い。魔法剣士とか、魔力を剣技に利用する剣士っているだろ? あいつらはそういう体の仕組みを利用してるんだ」
筋肉を動かすことで、魔力の生成を促すということか……。
俺の背中の上で、アネスは話を続ける。
「まああくまでも生成しやすくする為の訓練であって、魔力容量が上がったり、生成能力自体が飛躍的に上がるわけじゃない。だが筋肉と魔力の使用を連動させて体に覚えさせれば、それだけ瞬間的な魔力生成は増えるはずだ」
アネスの言葉を聞きながら、俺は魔力の集中を絶やさない。
腕立てと一緒にするのは、なかなか骨が折れる作業だった。
「最初にお前がクリスタルに魔力を込めた際の魔力の動きと、それにその子……ユアルだったか。彼女に魔術の使い方を教えたときの話でわかったが、そのやり方は壊滅的にお前の体に合ってないよ」
俺が魔術を習った相手は、帝国の宮廷魔術師だった。
騎士として出来る事を増やしたかったが、結局初級魔術だけを教わっただけで「才能がないからやめた方がいい」と言われて諦めた。
それ以来、我流で初級魔術の訓練はしていたのだが……。
「――お前は、優秀な師匠が付けばもっと伸びるぜ?」
アネスの言葉が俺の心に突き刺さった気がした。
俺は……強くなれるのか。
自然と、腕立てをする腕に力が入った。
目の前のクリスタルが赤い光を増していく。
「おーけーおーけー。その調子だ。時間はかかるだろうが、そうやってりゃクリスタルの色はそのうち変わっていく。……問題はこっちだが」
そう言って、アネスは指を鳴らした。
「――ひゃっ!?」
パリン、という音と共に、ユアルの持ったクリスタルが砕ける。
クリスタルの破片はユアルの手の中で動きを止めて、空中に停止する。
どうやら砕けた瞬間に、アネスがそれを固定したようだった。
「ユアル、お前は魔力がとにかく膨大過ぎる。扱い方を覚えないうちに無闇に魔力を扱うようなら、死ぬぜ?」
「ご、ごめんなさい……」
謝るユアルに、アネスは苦笑した。
「なに、それだけ魔術の才能が溢れてるってことだけどな。集中と解放の習得……魔力をせき止める方法から練習しないといけないな。これは精神鍛錬からする必要があるか」
アネスは独り言のようにそう言った。
その言葉は、どこか楽しそうだ。
俺は彼女に尋ねる。
「……なん、で、こんなことを、俺たちに、教えるんだ」
俺の言葉に彼女は「楽しいからだよ」と即答する。
「お前らみたいなザコを訓練して成長させたら、面白いだろ? それともなんだ、お前は何かするのにいつも高尚な理由でも持ってるのか?」
アネスの言葉に俺は思い返す。
騎士としての責務の為、国の為、王の為、姫の為、民の為、ユアルの為、依頼人の為……。
思えば俺は誰かの為に働いてきた。
そこに、『俺の為』はあったのだろうか。
俺が黙ったのを見て、アネスは呆れたように笑った。
「……やれやれ。精神鍛錬は保護者の方も必要だったのかね。まあまだまだどっちもガキだし、しょうがないか」
俺は背中でアネスの言葉を聞きつつも、クリスタルの赤い光を見つめる。
その光は燃えるように、徐々に光を強くなっている気がした。
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