第38話 幻惑の少女
「どーぞ、座ってください」
少女が案内したのは、小さなリビングだった。
部屋の大きさはそんなに大きくはなく、五人も入れば手狭に感じるだろう。
石壁には調理器具や食器など、生活に必要な道具が並んでいる。
なんの変哲もない普通の家だ。
だからこそ、彼女の異質さが目立つ。
亜麻色の艶やかなロングヘアーに、人形のように端正な顔立ち。
美しい少女が人気のない山奥の、異様な外見の家に住んでいる。
昔話によくあるような話だった。
大抵はそんなところに住む女の正体は、悪魔か何かだと相場が決まっているのだが……。
俺が席に着くと、少女が口を開いた。
「それで、お爺ちゃんへの用事ってなんですか?」
「ああ、どうしても街に来て欲しいという人がいたんだ。とっても偉い人だから、代わりに俺が来た。……サパイさんが死んだなら、ここに来たのも無駄になってしまったかな」
そんな俺の言葉に、彼女は一瞬目を細めた。
「いったい誰が? ここにお爺ちゃんが住んでるのは、ほとんど誰も知らないはずなんですけど?」
「場所は冒険者ギルドが教えてくれたよ」
「冒険者ギルドが? どうして?」
「正式な依頼だからさ」
俺の言葉に彼女は眉をひそめる。
少し考えて、彼女は再び口を開いた。
「……もしかすると、話を聞けば役に立てるかもしれませんよ? お爺ちゃんからいろいろ教えてもらってるし」
「キミはサパイさんの弟子なのかい?」
「そんなところです」
彼女は淀みなくそう答えた。
俺はいくつかの可能性を考えながらも、単刀直入に彼女に素性を尋ねて見ることにした。
「……キミはいったい何者なんだ? サパイさんは天涯孤独と聞いた。本当にここで一緒にサパイさんと一緒に暮らしてたのか?」
「……えーと……それは」
彼女は口元に手を当てて、考えるような仕草を見せる。
こちらの出方をうかがっているようにも見えた。
俺は懐から王子の手紙を取り出して、テーブルに置く。
「俺はサパイさんにこの手紙を届けなきゃいけない。お願いだ、もし彼を匿っているなら居場所を教えてくれないか」
交渉の切り札を切る。
サパイさんが死んでいる可能性もあるが、その場合はなんにせよ目的を達成することはできない。
だがサパイさんが生きているのに、彼女が匿っているのだとしたら?
彼女はどこからこの場所の情報が漏れたのかを気にしていた。
なら、こちらが持つ情報にも興味を持っているはずだ。
彼女の求める答えが書かれた手紙を、少女は見つめる。
そして彼女は何も言わずに、立ち上がった。
「あの……」
そうして彼女は、自身の胸元に手を置く。
そして胸元をはだけさせた。
「……ちょ、ちょっと!?」
俺は視線を逸らすが、彼女はそんな俺に構わず上着を脱ぐ。
彼女の裸体が露わになった。
「何も言わず……そのまま……」
ついに彼女はスカートも外して、生まれたままの姿となって俺に向かって手を伸ばし――。
「――星の切れ味はお熱いのがサプライズ!」
俺は、支離滅裂な言葉を放った。
――すると。
「おね――ががががががががががが」
少女は微振動しながら首を左右に振る。
そしてすぐにボシュウ、という水が沸騰したような音を立てて少女が消失した。
――幻覚魔術だ。
少女は魔術が作りだした幻覚だったのだろう。
彼女は俺の言葉に対応できず、バグって消滅した。
……なら、いったいどこから俺は幻覚を見ていた?
俺が慌てて周囲を見回すと、特に部屋に変わったところはない。
対面には変わらず美しい少女が座っているが、その顔はニヤニヤと笑っていた。
「……へえ、面白いな」
彼女はテーブルの上に置いた手紙を開封しつつ、そう言った。
「魔術行使無しでの幻術破りか。詠唱破棄の簡易版とはいえ、わたしの術はそんじょそこらの魔導師だって破れないはずなんだぜ。……ちょいと傷付くな」
どうやら彼女が幻術を使った張本人らしい。
幻術をかけられ、すぐに見破ることができたようだ。
……だがそれはつまり、目の前の少女が魔術の達人であることを指していた。
予備動作なしに幻術をかけるなんて……。
「……それはサパイさん宛ての手紙なんだ。返してくれないか」
俺が嫌みを込めてそう言うと、彼女は片眉を上げて笑った。
「だから、
少女は足を組んで、ふんぞり返るように椅子へと座り直す。
「ようこそ、わたしの
俺は彼女の言葉に、乾いた笑い声を放つ。
「……おいおい、俺はまだ幻覚を見てるのか? 爺さんだったはずのサパイさんが可愛らしい女の子に見えるぞ」
「その眼は正常だから安心しておくといい。この体はわたしが作った特注品さ。……いやあ、それにしても可愛いなんて言われたら照れちゃうな~。あ、アネスちゃんって呼んでくれてもいいぞ?」
そう言って彼女はウインクした。
目の前の少女から与えられる情報量に頭がくらくらする。
信じられないが、この少女がサパイ=アネス本人ということか。
俺が目の前の現実にようやく慣れてきたとき、突如後ろから抱きつかれる感触があった。
驚いて視線を向けると、そこにはがっちり抱きついてきたユアルがいる。
「だ、だめです! わたしにはエディンさんがー!」
俺は目の前のサパイさん――アネスに向かって、ため息をついた。
「……この子にかけた幻術を解いてやってくれないか」
「おっけー」
アネスが手紙から目を離さないまま、パチンと指を鳴らす。
するとユアルが顔を上げて、俺と目が合った。
「女の子が……エディンさんになった!?」
「残念ながら俺は俺だ。美少女じゃない」
俺はそう言いながら、目の前にいる美少女な爺さんの姿を眺めるのだった。
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