第37話 山奥の賢者
「酒が好きということで樽で持ってきたが、果たして会ってくれるのだろうか……」
俺はユアルと共にマフの背中に乗りながら、東のモノカシア山を目指していた。
マフの背中には、持ち運び用の小さな酒樽もくくりつけてある。
ギルドで出会った大男ことフォルト王子の依頼を受け、俺たちは説得対象の元ギルド長・賢者サパイ=アネスの情報を集めた。
彼は昔から王国では賢者として有名で、王宮に仕えてもいたらしい。
しかし国に冒険者ギルドの基盤を作ったあとは、貴族たちの権力争いに嫌気がさして隠居したとか。
一方、今回の依頼主であるフォルト王子はその権力争いを利用し、貴族たちの大勢力を味方に付けた有能な次期国王候補らしい。
人は見かけによらないと言うが、あの巨体で政争が上手いと言うのだから驚きだ。
そんなことを考えている俺に、後ろから俺の体を掴むユアルが声をかける。
「きっと大丈夫ですよ! フォルトさんの手紙もありますし!」
「……だといいんだが」
彼女の言う通り、フォルト王子からは手紙を預かっていた。
普通の人なら王族が直々に書いた手紙を持って来たら、とりあえず会うぐらいはしてくれそうなものだ。
……だがサパイ氏の情報を集めれば集めるだけ、彼が一筋縄ではいかない人物像だということがわかってくる。
気難しい、頑固、偏屈、慇懃無礼、横暴、傲慢……。
中には「変態」だとか「気が狂ってる」とかいう評価まであった。
果たして俺たちが無事に帰れるのかすら怪しくなってくる。
「……ユアル、何があるかわからない。絶対に軽率な行動はするなよ」
「は、はい。……えへへ、心配してくれてありがとうございます」
そう言って笑う彼女を背に、俺は山奥に住む賢者の翁が厄介な男でないことを祈るのだった。
* * *
「ここが彼の住居らしい」
マフに乗ってやってきたのは、山の中腹にある建造物の前だ。
幸い道らしきものが整備されており、ここまで来るのに困難はなかった。
「すごいところに住んでますね……」
ユアルが建物を見上げる。
それは塔のような建物だった。
高さは普通の建物で考えると五階か六階ほどの高さ。
ただ一つ普通の建物ではありえないのが、その建物が高くなれば高くなるほど体積が大きくなっていることだった。
逆三角形の形は、現代の一般的な建造技術では構造上作ることができない。
少なくとも、そんな形にする合理的な意味はないはずだ。
俺たちは異様なその建物を見上げながら、入り口であろう扉へと近付く。
その扉には、黄色のベルを使った素朴な呼び鈴が取り付けられていた。
俺はそれを鳴らしてみる。
「……すいませーん」
ガランガラン、と音が辺りに鳴り響く。
中から返事はない。
「すいませーん!」
ガランガランガランガラン。
ベルを鳴らすが返事はない。
……参ったな。
留守となると困るが、居留守を使われていても困る。
噂通りの性格なら、どんなことをしてもおかしくないように思える。
……最悪、中に押し入ることも考えなくてはいけないかもしれない。
俺はドアをドンドンドンドンと勢いよく叩きつつ、ベルを鳴らした。
「誰かいらっしゃいませんかー!」
「――うるせぇー!」
中から声が聞こえた。
どうやら気づいてもらえたらしい。
しばらくすると足音がした後に、ドアが開いた。
「……どちらさまですか?」
ドアの中から姿を見せたのは、亜麻色の髪の美しい少女だった。
年の頃はユアルと同じく十五、六歳ぐらいだろうか。
大きな瞳と長い睫毛が印象的だった。
短いスカートのドレスのような露出の高い衣装に身を包んだ彼女は、不安げな表情でこちらを見つめている。
俺は、慌てて手を振った。
「ああ、驚かせてすまない。サパイさんはいるかな?」
俺の言葉に、少女は悲しげな表情を見せた。
「あ~っとぉ……お爺ちゃんはその……この間死んじゃって……」
「死……!?」
……しまった、その事態は想定していなかった。
俺がどうしようか迷っていると、後ろからユアルが声をかける。
「サパイさんに用事があって来たんですけど、お孫さんですか?」
「…………はい。そうです!」
少女は少し間を空けてから、にっこりと笑う。
ユアルもまたそれに笑みで返しながら、言葉を続けた。
「わたしたち、リューセンの街から来たんです。サパイさんのことで少しお話を伺わせてくれませんか? お土産も持って来たんですが……」
そう言ってユアルは持って来た小さな酒樽を見せた。
それを見た少女は笑顔で頷く。
「街からわざわざ? せっかくなので中へどーぞ」
彼女はそう言って、塔の中へと入っていく。
ドアの中を覗くと、いきなり階段が上の階へと続いていた。
ユアルはマフに「ここで待っててね」と告げて、少女の後ろに続いて中へ入ろうとする。
俺はそれに小声で声をかけた。
「……おいユアル。王子は急ぎの用事だと言っていたし、早めに帰って報告した方がいいかもしれない」
連れ帰る対象が死んでいるなら、依頼は達成のしようがない。
だが俺の言葉にユアルは真剣な表情で振り返り、声をひそめた。
「……エディンさん、ちょっとおかしくないですか?」
「……へ」
俺は塔を改めて見る。
たしかにこの塔がこうして建っているのはおかしなことだと思うが。
見上げる俺に、ユアルは首を横に振った。
「あの子のことですよ。……だってサパイさん、家族はいないはずです」
「……ああ、そういえば」
ギルドでトリシュさんがそう言っていたはずだ。
サパイ氏は天涯孤独の身であると。
孫娘と聞かれて彼女は肯定していた。
だが孫娘なんて、無から生えるわけはない。
少なくとも子供夫婦がいて、十数年前に孫を産んでいなければ、あの少女はここに存在するはずがなかった。
だとしたら、彼女は嘘をついている。
「――何者なんだ、あの少女は」
「わかりません。でも……このまま帰るわけにはいかないかもしれません」
ユアルの言葉に俺は頷く。
俺たちは警戒しつつ、塔の階段を登った。
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