第36話 獅子髪の男
「エディンさーん、朝ですよー」
ドアをノックする音とともに、ユアルの声に起こされる。
気が付けば冒険者としての生活も既に二週間ほど経過しており、年下の女の子に起こされる朝にも慣れてきてしまった。
俺が眠い目を擦りつつリビングにやってくると、朝食のパンとスープがテーブルの上に準備してある。
ユアル、なんていい子なんだ……。
騎士だったころを思い出せば、毎朝手料理が食べられる生活はなんとも幸せなものだった。
さっそく席について野菜がたくさん入ったスープを口に運ぶ。
香り立つスープに体が芯から温まるようだった。
「……エディンさん」
そんな俺の対面に座りつつ、ユアルは深刻そうな表情で口を開いた。
「このままでは、まずいと思います」
「……えっ?」
俺はぼんやりとした頭のままスープを口に運ぶ手を止めた。
スープは全然まずくない。美味しい。
そんな俺に、ユアルは眉をひそめる。
「今週した仕事がなんだったか覚えていますか?」
「えーと……そうだな」
俺は今週の仕事を振り返る。
「農作業の収穫に、買い物の手伝い、屋根の修理に下水掃除、庭の草むしりにベビーシッター……」
俺が指を折って数えていくと、ユアルは俺の手を包むようにして握った。
「エディンさん、わたしたちは冒険者ですよ! 冒険してません!」
「ま、まあたしかにそれはそうだが……。でもギルドからも安全な仕事を斡旋すると言われているし……」
「半分ぐらいはエディンさんが個人的に頼まれた仕事じゃないですか!」
「い、いやあしかし後追いでもギルドを一度通すように言っているし、無茶なものはきちんと断っているよ。本当に」
たしかについ引き受けてしまった仕事もあるが、ギルドを通さない依頼や無償の頼み事などは基本的に断るようにしていた。
俺が無責任に受けてしまえば、冒険者全体の価値が下がることになってしまうし、Eランクの冒険者たちの仕事を奪うことになるからだ。
俺の言葉に、ユアルは口を尖らせる。
「それでも気軽にあれこれ受けちゃだめですよ。わたしたちはパートナーなんですし、相談してください」
「……そうだな。それは俺が悪かった」
騎士だったころの癖が抜けていなかったのだと思う。
俺の行動はユアルにも関わってくるのだから、軽はずみな行動は控えよう。
そこまで考えて「俺とユアルはどんな関係なんだ?」と一瞬考えてしまうが、その疑問は思考の片隅に置いておくことにする。
「じゃあ改めて、これからはBランクらしい仕事をすることにしようか」
「はい! きっとそうすれば、ギルドにも功績が認められるはずです!」
ユアルは笑顔でそう言った。
……そういえば、彼女は俺を”一流の冒険者”にする為に頑張ると言っていたな。
彼女の想いを無碍にはできないだろう。
「……ところで、Bランクらしい仕事ってどんな仕事なんだ?」
俺が首を傾げると、目の前のユアルは俺と全く同じ動きをした。
「……さあ?」
彼女の返答に俺は笑う。
そうして俺たちは二人で向かい合いつつ、笑いながら朝食を済ませるのだった。
* * *
俺たちは朝食を済ませた後、冒険者ギルドへと向かった。
いつもなら掲示板に貼られた依頼から簡単そうなものをチョイスして受付に受注しにいく。
だが今日はユアルと話した通り、Bランク冒険者として見合った依頼を受けるつもりだ。
依頼の受け方やこなし方の基本はここ一週間で学んだし、問題はないだろう。
そう思って受け付けに行こうとすると、そこには先客がいた。
「――どういうことであるか! なぜだ! なぜサパイ=アネス殿がいない!」
男の声が聞こえる。
そこにいたのは四人の屈強な男たちだった。
先頭の一番背の高い男は、まるでライオンのたてがみのような逆立つ髪をしている。
三十歳前後ほどの彼は受付のトリシュさんに対して、大声で怒鳴り付けているように見えた。
厄介な客に絡まれているのだろうかと思い、様子を観察する。
男に対して、トリシュさんは困ったような表情を浮かべつつ答えを返す。
「ええっと、ですからサパイ様は隠居しておりまして……」
「隠居……だと……!? そのようなもの、許可した覚えはないぞ!?」
「そうはおっしゃられましても、物理的に街にはいなくて……」
「なんと……ならばどこにいる! ここへ連れて来るがいい! 至急の要件だ!」
「す、すぐにはどうしても……」
そんな二人の間に俺は割り込んだ。
「どうしたんです。そんなに大きな声を出して」
大男は俺の言葉を聞いて、こちらを睨み付けた。
そしてすぐに眉間にしわを寄せる。
「……それは、すまなかった!」
こちらを射貫くような眼光で彼はこちらを見る。
「声が大きく顔が怖いと子供たちからは恐れられるから気を付けてはいるのだが、どうしても家訓の癖でな! 非礼は詫びよう!」
……声の張り方とその形相でどうしても怒っているように見えてしまうのだが、本人はそのつもりはないらしかった。
見れば、連れらしき他の三人の男たちは申し訳なさそうな表情をしている。
……案外悪い人たちではないのかもしれない。
「何か困り事ですか?」
俺がそう聞くと、獅子髪の大男は大きく頷いた。
「そうだ! 探し人だ! 奴はここのギルドの長を務めている……はずだった男で、名はサパイ=アネス殿という! 彼をここに連れて来て欲しい!」
俺は視線でトリシュさんに訴えかけると、事情を説明して欲しい俺の意図を察したのか彼女が口を開く。
「は、はい。サパイ様はギルド長だったのですが、今は後任に任せて一人で東の山奥に隠れるように住んでおられます。ただ”誰も人を通さないように”とは話をされていまして」
……俺やこの大男にサパイ氏の居場所を言ってしまってもいいんだろうか。
そうは思ったが、トリシュさんの話し方にも何か事情がありそうな様子ではあった。
大男は俺とトリシュさんを交互に見て、口を開いた。
「残念ながら、今この街を動いて自らがサパイ=アネス殿の元へ馳せ参じるわけにはいかない。なんとしてでもサパイ殿をここに連れてきて欲しいのだ」
大男は考え込むように腕を組みながら、言葉を続ける。
「賢者サパイ殿が根っからの変わり者で、それでいて頑固者なのは知っている。来る気がないと言うのであれば、世界が滅びようと来ないだろう。だが事は急を要する」
そしてトリシュさんの方に視線を向けた。
「これは正式な依頼だ。サパイ殿を説得し、ここへ連れて来てはくれないか。報酬は出そう」
「は、はぁ……しかし、そうは言われましても……サパイ様はおっしゃる通り気難しい方で、人と関わりを持たないように生きており、家族もいなくて天涯孤独の身です。並大抵の方に説得が可能とは……」
そう言いながら、トリシュさんは俺の方を見た。
……これは助けて欲しいということだろうな。
「――わかりました。それなら俺が行きましょうか」
俺の提案に、大男は目を見張った。
トリシュさんも「えっ!?」と驚きの声をあげる。
……どうやら俺に受けて欲しいわけではなかったらしい。
アイコンタクト、失敗。
だが一度言った以上、俺はなんでもないようにへらへらと笑ってみせる。
「俺は冒険者のエディンと言います。Bランクになりますが、ご不満でしょうか」
人を連れてくるだけだから、報酬は出すとは言うもののさすがにそんなに多くはないだろう。
だが俺なら他の冒険者と違って、騎士の頃からこの手の面倒事や老人の扱いには慣れているし、たとえ俺が失敗しても俺の評判が下がるぐらいで済むはずだ。
他の冒険者がやるよりも、俺のような高ランクで新人という微妙な立ち位置の人間にうってつけの依頼かもしれない。
そう思って名乗り出た俺に、大男はにっこりと笑みを浮かべた。
「よしわかった! その意気やよし! 全て貴殿に任せよう!」
そう言って手を差し出してくるので、俺はそのゴツイ手を握り返した。
彼はそうして自らの名を名乗る。
「そう言えば紹介が遅れた。知っているかもしれないが、余の名はフォルティード・ラーグ・レギン。フォルトと呼んでくれていい」
……”レギン”?
俺がチラリとトリシュさんに視線を向けると、彼女は顔を強ばらせながら頷いた。
「エディンさんはこの国に来たばかりでまだ知らないかもしれませんが……レギン王国の第一王位継承者、フォルティード王子です……」
……マジ?
俺は彼の手を握ったまま、硬直するのだった。
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