第34話 街中の雑用騎士
「ギルドではEランク以上の冒険者に対して住居の補助金を出しています。いわゆる寮ですね。そしてBランク以上の冒険者はセキュリティも考慮し、借家をお貸ししていますよ」
ギルドの受付のトリシュさんにそう言われ、俺とユアルは家を借りることにした。
マフも置ける家がいい、ということで庭付きの家を希望すると、魔物園からそう遠くない街の外れの家が借りられるとのことで、そこにした。
賃料は破格で、これなら生活にだいぶ余裕ができそうだった。
マフは魔物園を気に入ってるようだが、今回のように戦いの返り血を洗い流したりすることを考えると、多少はお世話をするスペースはあった方がよかった。
そうして俺とユアルは荷物を持って教えられた住所へと向かった――のだが。
「どうしましょう、エディンさん……でっかいです」
「……ああ、掃除が大変そうだな……」
俺たちが住むことになったのは十人ほどは余裕で暮らせそうな広いお屋敷だった。
元は貴族の家か何かだったのだろう。
庭はマフが走り回れるぐらいの広さがあったが、草木が生い茂っており手入れが必要そうだった。
「幸い、中はそんなに汚れてなさそうですね……」
「ああ、だが手間はかかりそうだ。……なるほどな。家賃が安いのは、管理費込みということか……」
外観を見れば、屋敷は老朽化しているわけではなさそうだ。
普通に暮らす分には特に問題ないだろうが……。
ユアルはぐっと拳を握りしめる。
「大丈夫ですよ! わたし、お掃除得意ですし!」
「奇遇だな、俺も得意だ」
少なくとも前にいた騎士団で掃除の上手さにおいては俺の右に出るものはいないだろう。
なんか言ってて泣けてくるな。ウケる。
俺たちは中に荷物を置いて、各自の部屋を決めた。
俺は入り口に近い客間を寝室とした。
そうして俺たちはその後、食料や生活必需品の買い出しへと出かける。
前は来たばかりでじっくりと観察する機会はなかったが、リューセンの街は大通りは人々が賑わい、活気に満ちあふれていた。
どこか陰鬱とした帝国とは大違いだ。
「……あ、エディンさんいたいた! ……って、ええ!?」
露店街の中を歩いていると、いつの間にかユアルとはぐれてしまっていたようだった。
俺を見付けたユアルが驚きの声をあげる。
「エディンさん、なんですかその帽子……」
ユアルが俺が頭に被った、わらで編まれた三角錐の帽子を指してそう呟いた。
「いやな、これはその……さきほど帽子売りの爺さんがいてな。今日は孫に良い物を食べさせたいから買ってくれないかと言うものだから、つい……」
「……そっちの手に持った大量の燻製は……?」
「あ、ああ。これは川で採れるアブラアオサケの干物でな。この辺りの特産品で美味いらしい。これを売らないと帰れないと小さな子が泣きついてきたので、全部買い取ってしまって……」
「その木彫りの人形は」
「食う物がなくて困っていると物乞いにせがまれたので、仕方なく屋台の食事をご馳走したらお礼にと……」
「……エディンさん」
ユアルが大きくため息を吐いた。
「騙されてます」
「い、いや待ってくれ。余裕がある分でほんの少し施しをしただけでだな……」
「塵も積もれば山です! エディンさんもしかして、いつもそうして散財してるんですか?」
「う……。まあその……そんなことも、ある……」
俺の言葉に、ユアルは大きくため息を吐いた。
「お財布、預かってもいいですか」
「……し、しかしだな、ユアル。いつもこんなわけでは……」
「必要な分は渡しますから」
「……はい」
俺がユアルにお金を渡すと、二、三回分の食事になりそうな分だけ返された。
「エディンさん、いつもあんなにしっかりしてるのにどうして……ってエディンさん!?」
「ん? ああ、この婆さん、荷物が重そうで……」
俺が婆さんの荷物を背負っているのを見て、ユアルは呆れたように頭を抱えた。
* * *
婆さんを家まで送ったあと、買い物を済ませて家に帰った。
ユアルが食事を作るというので、料理は任せた。
新しく買って来た調理器具を使って、ユアルは慣れた手つきでアブラアオサケの干物を焼き上げる。
「……エディンさん、いつもあんなことしてるんですか?」
彼女は夕飯の準備をしつつ、そんな質問をした。
俺は彼女から視線を逸らす。
「いや、そんなことはないんだ……。ただ、なんとなく困っているやつは放っておけないというか……」
おそらくはそれは父の教育のせいだろう。
幼い頃から、騎士は困っている人を見過ごすなと言われて育ったせいで、それが当たり前になってしまっているというか。
決して騙されやすい……というわけではない、と思う。
……たぶん。
そんな俺の前に料理を置きながら、ユアルはテーブルの対面に腰掛けた。
アブラアオサケの焼き魚に、アブラアオサケを混ぜ込んだサラダに、アブラアオサケのパスタだ。
「いやあどれも美味しそうだなぁ!」
俺が誤魔化すようにわざとらしくそう言うと、ユアルは口を尖らせた。
「……誰にでも優しいんですね、エディンさんは」
不満げな表情を浮かべながら、ユアルはそう言った。
……褒められている……わけではなさそうだ。
「流されやすいだけだよ」
俺にはサケのように、川の流れに逆らうような根性はない。
そう思ながら、俺はパスタに口を付ける。
……うん、美味い。
サケの濃厚な味わいとクリームソースが絶妙にマッチしている。
そんな俺の様子を見ながら、ユアルはぽつりと口にした。
「こうしてると、なんだか夫婦みたいですね?」
「ゴフッ!」
パスタを咳き込む。
あっ、ちょっと鼻から出たわ。
俺はひとしきり咳き込んだあと、ユアルに苦笑した。
「……なんなんだ、いきなり」
「べつにぃ……。エディンさん、流されやすいっていうんで流れを作ってみようかなと」
クスクスと笑うユアルは、自分もまた食事に手を付け始める。
……いや、待て。
俺とユアルは結構な年の差があるわけだし、俺は保護者として彼女の面倒を見ているだけでだな……。
俺はそんなことをぐるぐると頭の中で考えながら、夕飯を食べる。
とても美味しいはずのユアルの料理を食べているのに、どうしてか落ち着かないのであった。
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