第29話 遺跡の地下庭園

「ここはたぶん、最近発見された遺跡の深部なんだと思う」


 石造りの廊下を見回しながら、ロロはそう言った。


「見つかった入り口は崖下の川のふもとにあってね。おそらく先月ぐらいにあった地震で、地表に入り口が出て来てしまったの」


 どうやらさきほどの洞窟は、地震で崩落した影響で遺跡深部へのショートカットルートになってしまったのかもしれない。

 遺跡の壁にある魔力の燭台が、辺りに生えた冷蘭草を照らした。


「だけど渓谷は街に近いとはいえ魔物の領域だし、川のふもとまで険しい道を下っていくことになるから、大規模な調査ができなくてね。それなら自分が行ってやろう……って感じでメリッサが一人で探索に乗り出したのよ」


 冒険者のほとんどは一攫千金を狙っている。

 もし彼女が一人で冒険を成功させていたら、この冷蘭草を持ち帰って巨万の富が得られたということだろう。


 ふと見れば、街の魔物園ほどの広さの冷蘭草の畑の中で、ミュルニアが座り込んでいた。


「ここ、人工的に作られた場所だね。古代文明は魔導による冷蘭草の培養に成功してたんだ……」


 ミュルニアは真剣な表情で冷蘭草の様子を観察する。


「……でもさっき採ったに比べるとどれも元気がないな。このままじゃ枯れちゃう。きっと、地震の影響で生育環境が変わっちゃったのかも。これじゃあ培養法を解析することは難しそうだ」


 ミュルニアがガッカリしたような表情でそう言った。

 魔導技術についてはわからないが、天井が崩れているんだから畑が壊れてしまっていてもおかしくないということだろう。

 俺はミュルニアに尋ねる。


「ならどうする?」


「……もちろん、枯れる前に全部収穫するよ!」


 ミュルニアはその場に立ち上がった。


「どうせこのまま放っておいたら枯れちゃうんだから、全部掘り起こそう! みんな、協力して!!」


 俺は彼女の言葉に頷いて、収穫に取りかかった。



 * * *



 ロロに周囲の警戒を任せて、俺とユアル、そしてミュルニアは片っ端から冷蘭草を採っていく。

 茎に傷を付けないよう、根から慎重に掘り起こしていった。


「冒険者になってまで農作業をするなんてな……」


 俺は芋掘りに駆り出されたときのことを思い返して、少し憂鬱になった。

 俺の言葉に、ミュルニアは訝しげな顔をする。


「なにお兄さん、農家だったの? お兄さん、本当なんでもできるね」


「いや、違う。農家じゃない。……農家ではないんだが、もしかしたら似たようなものだったのかもしれない……」


 農作業の技術に長けた騎士、か……。

 たしか属州の管理を命ぜられた兵士なんかは、田畑を耕しながら警備に当たったりもするらしい。

 おかしいな、俺はずっと帝国にいたんだけど……。


 俺はまた辛い過去を思い返しつつも、テキパキと作業を進める。

 一度慣れてしまえば、冷蘭草を掘り返すのは簡単だった。


「ところでミュルニアさん、この草ってどんなお薬になるんですか?」


 横で掘り起こした冷蘭草を束にまとめながら、ユアルはそう尋ねた。

 ミュルニアもまた作業と並行しつつ、彼女の疑問に答える。


冷蘭草アイスオーキッドは名前の通り、体を冷やす効果があるんだよね。主に塗り薬の原料になって、熱冷ましや痛み止め、あとは防腐剤なんかにも使われるよ。他にも錬金術の冷媒として使われることもあって、需要が大きいからどうしても高くなっちゃうんだよねぇ」


 ユアルはミュルニアの言葉に「へぇ~!」と感心の声をあげた。

 ミュルニアは自慢げに言葉を続けた。


「ここは古代の冷蘭草の栽培園だったのかもね。近くに水もあるし、地下庭園の建設には都合が良かったのかも」


「なるほど……。遺跡といえば財宝というイメージでしたけど、こんな形のお宝もあるんですね」


 ユアルはそう言って、興味深そうに冷蘭草を収穫した。


 薬学は錬金術と、錬金術は魔術とそれぞれが密接に関わっている。

 ……ユアルも興味があるようなら、そっちの勉強をしてみるのも良いかもしれないな。


 俺がまるで親のようにそんなことを考えていると、突然ロロが剣を抜いた。


「――気配がする」


 俺たちはロロの言葉にすぐに立ち上がって、臨戦態勢を取る。

 気配なんてものは一流の戦士にしかわからないが、俺の目の前にいる銀髪の少女はその一流の戦士だった。


「くるよ。注意して」


 彼女は剣士の目で、地下庭園の奥に繋がる通路を見つめる。

 闇の中から、ローブ姿の人影が姿を現した。


「……アンデッド」


 ロロが言葉にする。

 それは一目でアンデッドとわかる、骸骨の姿だった。

 骨の体に貴金属の装飾品。おそらくそれらは魔術のアミュレットだろう。

 青黒い古びたローブに、これまたしゃれこうべをあしらった趣味の悪い杖。


不死貴族リッチ……!」


 隣でミュルニアが声をあげた。

 リッチとは、死霊魔術に身を捧げその身すらも不死者とした狂気の魔術師のことだ。

 そのほとんどは生前の人格を失い、ただ生者を襲うだけの化物となる。

 目の前のリッチは――。


「――――!」


 言葉としては認識できない歪んだ声。

 それと共に、リッチは地面を杖先で叩いた。

 その行動を見たミュルニアが叫ぶ。


「敵意あり! 気を付けて、襲ってくるよ!」


 同時に周囲の土が盛り上がった。

 土魔法……!?


「みんな、まとまれ!」


 俺の言葉にユアルとミュルニアが従って、ロロのもとへ集合する。

 四人が背中合わせになるような形で、周囲の土の隆起に対峙した。


「……おいおい、嘘だろ勘弁してくれ」


 いくつもの盛り上がった土の中から、それが姿を現す。

 そこに現れたのは、皮膚を剥がしたような褐色の肌に、獲物を狩る大きな牙と爪を持ったアンデッドの姿。


「ギャ、ガ、アァ……!」


改造屍獣マッドグール……!」


 無数のマッドグールたちが、地面の下から起き上がって目覚めの声をあげる。

 その姿を見たミュルニアが、震える声で口を開いた。


「そっかこれ、冷蘭草の庭園じゃないんだ……」


 庭園の下から、次々とマッドグールが生えてきた。


「改造したグールを地面に埋めて、その上に冷蘭草を植える。地面の奥深くは冷蘭草の魔力の影響で冷やされ続け、アンデッドであるグールは冷蘭草が生え続ける限り半永久的に腐食せず保存される」


 ミュルニアが叫ぶ。


「この庭園は、グールの保存庫だったんだ……!」

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