第30話 ただの雑用ですまない

「この庭園は、グールの保存庫だったんだ……!」


 ミュルニアが震えながらそう言った。

 周囲をグールに取り囲まれる中、最初に動いたのはロロだった。


「――二人とも、ユアルをお願い!」


 ロロがそう言って、地面を蹴る。

 一息で手近なグールへと接敵し、一閃。

 一瞬のうちにその首を落とす。


「わたしはあの大物を――ぐっ!」


 言いかけ、ロロはとっさに手近なグールを突き刺した。

 筋肉の腱を切断して動きを封じた後、その影へと隠れる。

 同時に手のひらサイズの炎が飛来し、盾にしたグールを消し炭にした。


「魔法か……! 厄介ね」


 グールたちを統率するリッチからの援護魔法だ。

 そしてそうしている間にも増え続けるグールが行く手を阻む。

 いくらロロが手練れとはいえ、グールたちの壁を乗り越えてリッチに迫るのは難しいのだろう。


 さらにこっちも油断はしてられない。


「……ぐおっ!?」


 飛びかかってきたグールの爪を剣で防ぐ。

 反撃に転じたいところだが、下手に斬りかかろうものなら別のグールによって横やりを入れられかねない。

 俺は爪を刃で支えながら、踏みしめた両足に魔力を込めて解き放った。


「――水溶地倒アクアスネア!」


 左右の足から、別々の初級魔術が一度に発動した。

 俺が勝手に圧縮魔術と呼んでいる手法だが、これにより地面に水を染みこませ、相手の足元を泥にする魔術だ。

 ちなみに土属性の中級魔法には全く同じ効果の泥地転倒ランドスネアがあるので、普通の魔術師は覚える意味がないぞ!


 そんな生活の知恵ともいえる魔術でグールの体勢を崩し、蹴り飛ばす。

 深追いはせず、防戦に徹して後ろのユアルとミュルニアの守りに入った。


 そんな俺の戦いぶりを見て、ミュルニアが声を漏らす。


「すっご……なに今の。足から出てたし、二種の魔法の同時発動?」


「万年初級魔術しか使えない落ちこぼれが仕方なく編み出した大道芸だよ」


「いやいや、さっきからすごいよ……。帰ったら、もっと見せてね」


 それまで震えていたミュルニアが、笑みを取り戻す。

 簡単な会話だったが、今の会話で緊張が解れたらしい。


「……さて。それはいいが、どうするミュルニア。このグールに取り囲まれた状況を、一発で逆転できる素敵なアイデアとか便利な魔法とかはないのか?」


「そうだなぁ。うちの魔法は分析特化だしなー。お兄さんが秘めたる力に覚醒するとかどう?」


「残念だけど俺はただの無才の一般人だよ。お前はどうだ?」


「うちができるのはこれぐらいかな~」


 そう言いながら、ミュルニアは手先から数本の氷のつららを生み出す。


刺突氷アイシクルエッジ!」


 放たれた氷柱がグールに突き刺さり、相手を後退させた。

 手傷は負わせられるが、致命傷にはなりえないだろう。

 ユアルは戦えないだろうし、俺がグールからの攻撃を防いでミュルニアが反撃をする……いやダメか、それだとジリ貧だ。

 グールの数は膨大だし、むしろ少しずつ増えているようにも感じる。


 ふと見れば、ユアルは俺の後ろで祈るように手を結んでいた。

 恐怖に怯えているのだろうか……と一瞬思うも、その様子に違和感を覚える。


「……ユアル?」


 話しかけるも返事はない。

 その顔に表情はなく、どこか虚ろな目をしていた。

 ユアルにもう一度声をかけようとしたとき、別の方向から声がかかる。


「――斬ってエディン!」


 声の方を振り向くと、リッチがこちらへ火球を放とうとしている瞬間だった。

 ――火炎魔法が来る!


 当然、魔法を剣で切り裂くことなどできない。

 いや、もしかしたら達人であるロロにはできるのかもしれないが、俺には無理だ。

 しかしロロはそんな俺の困惑をいち早く読み取ったのか、もう一度叫んだ。


「信じて!」


 ロロの声と共に火球が放たれる。

 中級魔法のファイアボール。

 当たりどころが悪ければ死んでしまう、殺傷力を持った火炎の球。

 俺が避ければユアルかミュルニアに当たってしまう位置だ。


 ――一瞬でそう考えて。


「――くそっ!」


 ロロの言葉を信じ、半ばヤケになって剣を振り下ろした。

 ――剣を接触させて爆心地をズラすことで、少なくともユアルやミュルニアの被害は抑えられるかもしれない……!

 そう思って振り下ろした剣の切っ先は炎に呑み込まれ、そして火炎球は爆発を――。


「――な、なんだこれ!? 気持ち悪っ!」


 火炎球は、爆発しなかった。

 代わりに火炎球が割れ、その残り火が剣に纏わり付く。

 まるで松明に灯る炎のように、剣は燃え上がった。


「――ギャッガアァ!」


 間髪入れず、グールが俺に斬りかかってくる。

 思わず炎の剣でそれを切り返した。

 剣は爪に弾かれる――こともなく、断ち切る。

 まるで熱したナイフでバターを斬ったかのように、グールの体が爪ごと切断された。

 剣の炎がグールの体に燃え移り、そして消える。


 ――何が起こった!?


 もちろん俺には、魔法を剣に宿すような高度な能力はない。

 ……となれば。


「この剣、もしかして魔法剣なのか……!?」


「言ってなかったっけ!?」


 俺の言葉に、ロロが驚きの声をあげた。

 言ってねぇよ! そういうのは先に言っといて!?


 俺が持つ剣は、ロロのライバル冒険者であるメリッサという女性が使っていたものだ。

 ――その性能は詳しくわからないが、今確認している時間はない!

 この状況――もしかすると、打開できるか!


「それならロロ、選手交代だ! ユアルとミュルニアを頼む! ミュルニアは俺の援護を!」


「――了解!」


「りょーかーい!」


 俺が指示すると、すぐにロロはこちらのフォローに入ってグールを切り倒す。

 彼女の腕前があれば、グールの群れであっても遅れを取ることはないだろう。

 入れ替わりに、俺がリッチの方へと向かった。


 リッチは俺の存在を認識したのか、その手に火炎球を宿す。

 ――正直まだ怖いところはあるが。

 試し切りなどといった贅沢は言ってられない。


 リッチが再び炎を放った。


「――ったぁ!」


 そうして撃ち放たれた火炎魔法を、俺はもう一度切り伏せる。

 剣に炎が宿り、燃え上がった。


「――アイシクルエーッジ!」


 後ろから飛来した氷のつららが、俺に襲いかかろうとしていたグールの脇腹を貫いた。

 俺はそれに合わせて、体勢を崩したグールに炎の剣で斬りかかる。

 ミュルニアとの連携プレイの前に、あえなくグールは炎上し消し炭となった。

 ――よし、いける!


「……お前の相手は、どうやら俺らしい」


 剣を構えてリッチへと対峙した。

 そしてヤツに向かって俺は言い放つ。


「――剣聖でも賢者でもなく……ただの雑用で、すまない」


 アンデッドを束ねるその不死の貴族リッチは、忌々しげにこちらを睨み付けた気がした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る