第28話 崩落した穴

「エディンさん、大丈夫ですかー!?」


 ユアルが走ってやってくる。

 どうやらマフには待機してもらっているらしい。


「なんとかな。駆けつけてくれたロロのおかげだ」


 俺はミュルニアを起こしながら、ロロとユアルに経緯を説明する。


「洞窟の中にお目当ての冷蘭草があったんだが、こいつが一緒についてきてな」


 俺はそう言いながら、グールの顔を確認した。

 生皮を剥いだような顔は、太陽の下だとさらに気色悪い。


 ミュルニアはそれをステッキでつつきながら、目を細めた。


「グールって元々魔界から召喚して使役するものなんだよね。インプの死霊術士ネクロマンサー版みたいな? まあたまに、召喚者がいなくても迷い込んじゃったりするんだけど……」


 説明しながら、死体のあちこちを検分する。


「ただしグールはインプと違って魔力や生け贄で強化もできないから、掛け合わせて改造したりするんだよね。アンデッドの特性を持ってるから、他の死体のパーツを切り離して繋ぎ合わせたりするの。そうして強化したのが、こいつみたいなマッドグール」


 彼女は杖の先でグールの腕を転がした。


「この指、バジリスクの爪を移植してあるみたい。グールの毒性が強められてるね」


 ミュルニアの言葉に、ロロが目を細めて意見を言う。


「メリッサはもしかして毒を受けたんじゃ……」


 彼女は口元に手を当てて言葉を続けた。


「だとすると、遺跡の外で倒れてゴブリンたちに見付けられたというのも納得できる。毒を受けてから倒れるまで、時間差があった」


 グールに毒を受けた為なんとか帰還しようとしたものの、途中で力尽きたということか。

 ロロは少し考えたのち、話を続けた。


「……もう少しだけ、この奥を探索させて。もし洞窟の先が遺跡に繋がってるようなら、このグールがメリッサを殺した犯人と見て間違いないかもしれない」


 ロロの言葉にミュルニアが頷く。


「うちは問題ないよ。冷蘭草の生育環境的に、洞窟の中にはもっと生えててもおかしくないし。たくさん採れたらそれだけ儲かるしね」


「……そんな高価なものなのか」


「流通に載らないし、需要があるからねぇ。宿った魔力で冷気を作る植物なんだ」


 ミュルニアは俺の質問にそう答えて、洞窟に視線を向けた。


「マッドグールは人工的に作られたものだから、遺跡の門番やトラップとして配置されててもおかしくないと思う。危険なモンスターだし、外に出て来る前に退治しちゃうってのも治安的に賛成~」


 たしかにこんなやつが外に出て、旅人を襲ったり人里まで降りてきたら大変だ。


「ギルド所属の冒険者は、有事の際に兵隊の真似事をするとは教えられたが……まだ領主から指示があったわけじゃないぞ」


 ギルドが認可されたり補助を受ける代わりに、何かあったときは傭兵業を優先的に行うよう規定が定められている。

 用は非正規の軍事力というわけだ。


 とはいえ、普段から国に雇われているわけではない。

 国の治安の為に命を賭ける義理はないはずだ。

 だがそんな問いかけに、ロロは頷いた。


「うん、でもそれを待っているわけにもいかないし……それに、きっとメリッサなら行ったと思うんだ。あの子、バカなのに正義感強かったから」


 ロロは何かを思い返すようにそう言った。


「……だから、みんなはここで待ってても大丈夫。一時間待っても帰ってこなかったら、ギルドに戻って報告してくれればいいから」


 そんなロロの言葉に、ミュルニアが手を上げた。


「いや、うちは行くよ! ハイリターンを得るにはリスクが必要だからね! 冷蘭草の群生地でもあったら、一財産築けるし!」


 俺は彼女の元気な言葉に苦笑する。


「……わかった。そういうことなら俺も行こう。……と言っても役に立つかはわからないが」


「わ、わたしも! わたしは荷物持ちぐらいしかできませんけど……」


 もしかしたら俺やユアルがいても邪魔になるかもしれない。

 だがロロは俺たちの言葉を聞いて、その顔に笑みを浮かべた。


「ありがとう。……わたし一人だと正直心細いところはあったから。三人ともついてきてくれるなら、本当に心強いよ」


 彼女の返事を受けて、俺たち四人は洞窟の中を進むことに決める。

 改めて、四人パーティでの冒険が始まるのだった。



 * * *



「こっちの道に行こう。足跡が残ってる」


 俺は元来た道に石灰で印を付けつつ、洞窟の分かれ道を指さしてそう言った。

 ロロがしゃがみ、足元のえぐれた土を見る。


「これかな? よくわかるね、エディン」


「……そういうのは慣れてるんだ」


 騎士のころ、窃盗犯や畑を荒らす動物なんかを追う機会が多かったために培った見識だ。

 冷蘭草の生育に適するらしい柔らかな地面なのが幸いした。


 俺たちは慎重に警戒しつつも、着実に歩みを進めていた。

 最初のグール以来、魔物どころか動物一匹遭遇していない。


 杖に魔法の明かりを灯したミュルニアが、道行く先を照らしながらロロに向かって話しかける。


「お兄さんが来てくれて良かったね。うちらだけなら迷ってたかも。横道いっぱいあるし」


「正直助かっちゃった。剣以外は自信ないから、わたし」


「うんうん。初心者とは思えない活躍だね、お兄さん」


 俺は先頭で二人の話を聞きながら、歩き続ける。

 少し振り返ってみれば、なぜかユアルが自慢げな笑みを浮かべているが、俺は構わず前を向いた。



 単純に魔物の襲撃を警戒するなら一番前はロロが歩いた方が安全なのだろうが、探索となると何が起こるかわからない。

 それなら手広く対応できて、万が一戦闘不能になったとしても大きな戦力ダウンに繋がらない俺が先行するのが一番理に適っているだろう。


 そうして洞窟の中を進んでいると、少しだけ周囲の温度が下がった気がした。

 俺は指に唾を付けて、顔の前に立てる。

 ……風だ。

 どこかに繋がっているのかもしれない。


「静かに」


 俺は後ろの三人に声をかけながら、洞窟の曲がり角を覗き込む。

 そこにはちょっとした建物ぐらいはすっぽり入りそうな大きな空間が広がっていた。

 動く物体がないのを確認して、俺はその広間に足を踏み入れる。


「……気を付けろ、地面に穴が空いてる」


 俺はそう忠告しながら、足元に広がった大きな穴を見下ろした。


「これ、下は遺跡か?」


 何らかの衝撃で崩落したのか、地面の一部が崩れて穴が空いており、その下にわずかな明かりが見えた。

 おそらくは魔力による光だろう。

 そしてその光が照らす床は石畳のようになっており、人の手が入った後がある。

 それを見たロロが声をあげる。


「うん、きっとそう。……やっぱり繋がってたんだ」


 そう言って彼女は、崩れた穴に近付く。


「……ちょっと行ってみる」


「待て、俺も行こう」


 穴の深さはそう高くはない。

 建物の二階から飛び降りるよりも浅いだろう。

 瓦礫も散乱しているし、ロープを使うまでもなく降りられそうだった。


 ロロは俺の言葉に頷いて、一息で飛び降りた。

 一方の俺は足を滑らせないよう、瓦礫を伝いながらゆっくりと降り、周囲に危険がないかを確認する。

 そして下に降りたとき、その光景に目を奪われた。


「……おーい、どうしたの? なんかあった?」


 頭上からミュルニアが声をかけてきた。

 俺はその景色から視線を逸らさずに、彼女に返事をする。


「来てくれ」


 俺の言葉に穴の上にいたミュルニアとユアルは顔を見合わせたあと、二人で一緒に穴を降りた。


「……うっわ」


 ミュルニアがその光景に声をあげる。

 俺は彼女の方に振り返りつつ、尋ねた。


「……これ、全部冷蘭草か?」


「――うん、間違いない。これだけあったら、一年は遊んで暮らせそう……」


 そこは一面の青白い草が並んだ、地下庭園だった。

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