第27話 暗闇の獣
アンデッドの一種とされる、死体を喰らう魔界の獣だ。
大きさは人間程度で、全身の皮膚を剥いだような姿に角がある。
知性は基本的に低いが、こちらを油断させようと人を装って話しかけてくる程度の知能はあるらしい。
グールは両手をだらりと下に伸ばすと、こちらへと視線を向けてくる。
長く伸びた爪を見せびらかすようにして、前傾姿勢となった。
どうやらやる気らしい。
グールは単純な強さでいけば、ゴブリンなんかと違って一般人では歯が立たない程度の戦闘力を持つ。
気が抜ける相手ではない。
俺は相手に剣を構えつつ、ミュルニアに声をかける。
「……援護頼めるか」
「時間稼ぎよろしく!」
ミュルニアの言葉に合わせたかのように、グールが飛びかかってくる。
右腕を振りかぶった爪の一撃。
俺は同時にこちらからも踏み込み、威力が最大になる前に横薙ぎに切り払う。
――重い!
金属音が鳴り響き、グールの爪が弾かれる。
同時に、逆側から左腕の爪が襲いかかった。
二撃目をガードしても、力負けする――!
そう思った俺は、突き出した
「――
肘の先から火花が噴出し、グールの目を塞ぐ。
さすがに目を焼くまではいかないだろうが、目潰しぐらいにはなるはずだ。
視界を奪われたグールは距離感を失い、その腕は空を切った。
「オラァ!」
俺は蹴りを入れて相手の体勢を崩しつつ、距離を取る。
――これぞ俺流剣技、喧嘩殺法!
よく街のチンピラの仲裁を任せられたからこそ編み出した、騎士道精神なんて関係ないめちゃくちゃな戦い方だ。
ちなみに騎士たちの前でやると「品がない」とかバカにされるぞ! 悲しい!
とはいえ、強力な筋力を持つグール相手に真正面から戦えるほど俺は強くない。
剣で防ぐのも、一撃を受け流すのが限界だろう。
なら足りない分は、なんとか騙し騙し誤魔化すしかない……!
そんな俺の戦い方を見て、ミュルニアは後ろから呆れたような声をあげた。
「肘先からの魔法に、初級魔術とはいえ無詠唱!? どんな器用な魔動神経してんの……!?」
「器用なぐらいしかできないから、ずっと練習してたんだよ! それより援護は!? 長くは持たないぞ!」
「パーぺき!」
ミュルニアは一言そう言うと、短杖を大きく振った。
カシャリ、と先端が飛び出して杖が伸びる。
杖の先に宿ったままの光が、空中に魔法陣を描いた。
「――
魔法陣から青白い光が溢れる。
しかしすぐに光は収まり、魔法陣は消えた。
辺りに何も変化は起こらない。
「なるほど、
ミュルニアの声と共に、またもグールが襲いかかってくる。
上段からの振り下ろしの爪を、刀身で支えるように受け止めた。
「忠告は感謝するが……!」
一瞬だけグールの爪を押し返したあと、後ろへと跳ぶ。
グールは勢い余って、そのまま地面に爪を突き立てた。
「何かバーンと倒せるような魔法はないのか!?」
「いやー、うち補助っていうか解析専門だからね。弱点は炎とかかなぁ。死蝋がよく燃えそうだよ。でもたぶんあいつ改造されてて、めちゃくちゃ硬いみたいだから気を付けて」
「うーん! どうしようもないな! 逃げるか!」
俺はそう言うと、懐から煙玉を取り出した。
まだグールは地面に爪が刺さったまま体勢を崩している。柔らかい地面で良かった!
魔術で火を付けて、グールめがけて煙玉を投げつける。
「……撤収ー!」
煙が立ちこめると同時に、俺はミュルニアの手を引いて走り出した。
* * *
「いぇーい! 逃げろ逃げろー!」
緊張感のないミュルニアと共に、洞窟の入り口へと向かって走る。
幸い、奥深くまで探索していたわけではない。
俺たちはすぐに煙立ちこめる洞窟を駆け抜けて、入り口に出た。
洞窟の外には太陽の光が降り注いでいる。
「ゴール!」
そう言って喜ぶミュルニアを、俺は問答無用で蹴り倒す。
「ひぎゃんっ!?」
ちょっと可哀想に思いつつも、同時に俺は振り返りながら剣を振るった。
キン、と硬い金属音が辺りに響く。
「グ、ギャ、ゲァ……」
後ろから追ってきたグールの爪を受け止める。
……しつこいヤツだ!
なんとか剣で防いだものの、このままでは押さえきれないのがわかる。
「太陽の光を浴びたら灰になるぐらいの愛嬌を見せてくれてもいいんだぞ……!」
アンデッドのくせに、日光なんて気にせずに襲いかかってくるグール。
俺は爪の攻撃を剣を支えつつ、次の手を探す。
この状況では目潰ししたところで押し切られてしまう――!
そうして俺が考えを巡らせていると、唐突に頭上の日光が遮られた。
太陽に雲がかかった――のではない。
そこには太陽を背にして、空から迫り来る影があった。
「――下がって!」
俺はその言葉に合わせて、無理矢理後ろに跳ぶ。
グールは体勢の崩れた俺にトドメを刺そうと、爪を振るった。
――しかし、それがグールの失敗だった。
次の瞬間、グールの脳天、喉、心臓を一度に貫くようにして、剣が突き立てられる。
宙から飛来したのは、銀髪の剣士。
「――ロロ!」
彼女はそのまま剣を引き抜き、瞬時に勢いをつけグールを斬り裂く。
首、腹、両足。
一瞬でそれぞれがバラバラになったグールの体は、地面に転がった。
俺は地面に尻餅をついたまま、安堵のため息をつく。
「……助かったよ。危ないところだった」
ロロは俺に手を差し出しつつ、優しく笑う。
「いい判断だったわ。煙が上がったから、慌てて来たの」
俺は彼女の手をとって立ち上がる。
横でミュルニアが「いたーい」と今更ながらに声をあげて、俺は笑って彼女を起こした。
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