第24話 冒険チュートリアル
予定通り、俺たちは目的地である渓谷へと到着した。
レギン王国とデオルキス帝国の間を大きく引き裂いたようにして存在するアルノス渓谷は、崖下に川が流れる断崖絶壁の僻地だ。
何とか人が通れる分の道こそ確保できるものの、場所によっては一歩踏み外せば崖下に真っ逆さま……といった足場の不安定な場所もある。
なので普通の旅人なら東から大きく遠回りをして街道を行くはずだ。
ちなみに俺たちが来たときは、ゴブリンたちに案内されて西に広がる森を突っ切ってきた形だ。
森は完全に魔物の領域で、陸上型の
だから冒険者であろうと滅多に近寄らないのだった。
「それじゃあ目的の薬草なんだけど」
そう言いながら、ミュルニアが懐から一本の草を取り出す。
「これが欲しいのね。
それはてのひらほどの大きさの、青白く細長い植物だった。
茎には小指ぐらいのサイズの果実のような形の房が、ブドウや小麦のようにいくつもついている。
一見すると結構グロテスクな外見の草だった。
俺とユアルはまじまじとそれを観察する。
ミュルニアはその草を揺らしつつ、説明を続けた。
「ちょっと特殊な草で、育つのにお日様を必要としないの。だから普通の植物と違って緑色してないんだけどね。これは乾燥させたヤツだけど、自生してるやつはもうちょっとふっくらして
その植物の透き通るような青白い色は、健康に悪そうな印象を受ける。
「お日様がいらない分、生えてる場所は日陰で、しかも風通しが悪いところが多いかな。日陰、湿気、あと土壌が重要。だから持ち帰って育てることもできないし、こうして採りにくるしかないってわけ」
彼女の説明を聞きつつ、周囲を見渡す。
断崖絶壁の渓谷、しかも湿気が必要となると、崖下の川に近い方が生息条件にあっていそうだ。
……見付けるのも難しいし、もしかしたらとてもじゃないが取ることができない位置に生えたりしているかもしれない。
さすがにEランクの初心者に任せられない依頼となると、そんなに簡単な仕事ではないらしい。
「まあそうそう見つかるもんでもないから、二、三本は持ち帰りたいな~って感じ。最低一本」
「もし見つからなかったら?」
俺の質問に、ミュルニアは腕を組んで考えた。
「うーん、まあ二、三日粘って駄目なら帰ろっかな。一応護衛としての報酬は出すけど、金額はあんまり期待しないでね。逆にちゃんと見付けてもらえれば、それなりの報酬ははずむからさ」
彼女の言葉に俺は頷く。
「他に何か注意点はあるか? 刈り取るときの注意とか」
「えーと、採取するときは手袋を着用すること。毒はないけど、綺麗なもんでもないからね。あとは、できれば根ごと掘り起こしてくれた方がいいかな。日持ちするようになるし」
植物を扱うときの基本だ。
……なぜ元騎士であるはずの俺が植物の扱いに慣れているかというと、城の中庭の手入れは俺の仕事だったからだが、思い返すと悲しくなるのでやめておこう。
まあ植物の世話をしている方が、人間の相手をするより何倍も楽だったが。
過去の記憶を思い返す俺をよそに、ミュルニアは言葉を続けた。
「ああ、あと単独行動はしないこと。これは依頼者というよりはギルドの先輩としての忠告ね。この辺は強い魔物を見かけたなんて報告はないけれど……その」
ミュルニアはちらりとロロの顔を見た。
「……行方不明者が出たから、さ」
ロロは彼女の言葉に首を軽く振った。
「気にしなくてもいいから。メリッサが慢心した、ただそれだけの話。……なんでもない、よくある話じゃない」
「……でもメリちゃんもAランクだし、何かあった可能性は……」
「いくらAランクと言っても、慢心したら小石につまずいて死ぬことだってあるわ。それが人間だもの」
ロロは悲しげにそう言った。
「……もちろん、だからといって警戒を怠るようなら冒険者失格だけどね。それが小石なのかドラゴンなのかはわからないけれど、この渓谷にAランク冒険者を殺す何かがあったのは事実」
ロロは俺に向かって視線を向ける。
「いい? 多少効率が悪くても、わたしたちは四人で一つのパーティよ。できるだけ単独行動はしない、どうしてもする場合でも二人で一組のツーマンセル。たとえトイレだって、見えるところでしなさい」
「……俺は男なんだが」
「気を遣ってくれるのは嬉しいし、余裕があったら紳士な対応はお願い。でも最悪の場合は男だとか女だとかの前に、生きて帰ることだけを優先しないとダメ」
ロロはAランクの先輩として、きっぱりとそう言う。
それにユアルは頷いた。
「はい! 大丈夫です、エディンさんの裸を見る覚悟はできてます!」
「いや見なくていいから。見せないから」
俺たちのやりとりに、ロロは笑う。
「まああくまでも心構えの話だけどね。油断するなってこと」
そう言ったあと、真剣な面持ちでロロはユアルを見つめた。
「たぶんエディンは大丈夫だと思うから、ユアルに言っておくね。……最悪、わたしたちを見捨てる覚悟は持っておいて」
「……え?」
聞き返すユアルに、ロロは静かに言葉を続けた。
「今回の依頼に限らないけれど、たとえばわたしたち四人で勝てない敵が現れたとするでしょ。そうなったとき、わたしたち三人で足止めをして、あなた一人を逃がす方が生き残る確率が高いの。あなたは戦力にならないから」
事前にユアルが戦う
Eランクの見習い冒険者にはよくあることなので、それ自体は問題ではなかった。
「あなたには生き残って、凶悪な敵がここに存在することをギルドに報告する義務があるの。そうしないと、もっと多くの人が死ぬから」
ロロの言葉に、ユアルは口を閉じた。
しばらくそのまま黙ったあと、ゆっくりと頷く。
「わかりました――と言う自信は、正直ないです。そのときになってみて、皆さんを置いて逃げられるかどうかはわかりません。……でも、頑張ります」
ユアルの自信なさげな言葉に、ロロは明るく笑った。
「おっけーおっけー。むしろ自信満々に『はい! 見捨てます!』とか言われた方がいろんな意味で怖いからね」
たしかに、そんな相手とパーティを組んだらすぐに見捨てられそうだ。
ロロは笑って、ポンポンと優しくユアルの肩を叩いた。
「まあそんなことにはならないだろうし、ならないためにわたしがここにいるんだよ。Aランク冒険者が守ってあげるから、大丈夫」
「……はい! 頼りにしてます」
ロロはユアルに冒険者としての心構えを説き、そして緊張をほぐしてあげたのだろう。
……俺も見習うべき点が多いな。
そう思いつつ、俺たちはさっそく渓谷の探索を始めたのだった。
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