第23話 虎上の道のり
街から渓谷までは半刻ほど。
今回は採取依頼とのことだし、荷運びが必要になる場面もあるかもしれない。
そう思った俺は、マフも連れていくことにした。
昨日から檻の外には出ていないだろうし、運動不足になっても良くない。
魔物園に迎えにいくと、マフは面倒くさそうにしてしぶしぶ檻から出た。
……こいつ、たった一日で性根が家猫に堕落しやがった……!
そうして俺たちは街を出て、冒険に出発することにする。
「やあ、待たせた。悪いな」
俺とユアルはマフを連れながら、少し遅れて街の門の前へと到着した。
俺たちが行くと、先に準備を済ませて待っていたロロとミュルニアがぎょっとした目でこちらを見る。
「それは……もしやソードタイガー……?」
ロロの言葉に俺は頷く。
「紹介するよ。マフだ。人にはあまり懐きにくいが、襲うようなことはないと思う」
俺が説明する横で、マフはユアルにゴロゴロと甘えていた。
……俺が元の飼い主なんですけど!?
ついユアルに対して嫉妬してしまう。
まあ飼い主とは言ったものの放任主義なので、マフにとってみれば俺は昔なじみの友人みたいなポジションなのかもしれないが。
俺の紹介に、ミュルニアが呆れたように口を開けた。
「あのソードタイガーを手懐けたの……? 群れなら災害指定級の魔物じゃん……」
「単体なら脅威でもなんでもないよ」
俺はそう言って、マフの背中に乗って見せる。
「乗るか? たぶん乗せてくれるとは思うが」
「冗談……! ムリムリムリムリ!」
ミュルニアはブンブンと首を横に振る。
信じられないものを見るような目だった。
「マフちゃんは大人しいですよ」
ユアルはなんでもないようにそう説明するが、普通はミュルニアの反応が正常だろう。
べつに強制するものでもないし、マフの背中にユアルも乗せてさっそく渓谷へと出発しようとする。
「――待って」
しかしその横にいたロロが、こちらをその鋭い眼光で睨み付けた。
「……乗って、みたい」
ロロは少し恥ずかしそうに、おずおずと小さく手を挙げていた。
* * *
「乗り心地、けっこう良いんだね……」
ロロとユアルをマフの背中に乗せて、俺たち四人と一匹は渓谷を目指し歩いていた。
マフも今はゆっくりと歩いているので、振り落とされるようなこともない。
ロロもマフの乗り心地が気に入ったようだった。
一方ミュルニアはおそるおそる距離を空けて着いてきている。
こっちは動物がそんなに得意ではないらしい。
彼女は魔導師なので俺やロロと違って体力がないと思うのだが、頑なに乗ろうとはしなかった。
「ねえ、エディン」
馬上ならぬ虎上から、ロロが俺の名前を呼ぶ。
「なんですか」
「敬語はいらないわ。そうでなくても同じ依頼をこなす以上、ランクなんて飾りよ。そんなこと気にしてたら戦場で死んじゃうわ」
「……了解。それじゃあ……なんだい、ロロ」
俺の言葉に「よろしい」と言ったロロは、改めて言葉を続ける。
「一緒に来たのは、話す機会が欲しかったからもあるの。……渓谷でのこと」
ロロは言葉を選ぶようにしつつ、ゆっくりと尋ねた。
「その……メリッサのこと。べ、べつにメリッサのことを気にしているとかそういうわけじゃないんだけどね」
彼女は取り繕いながら言葉を続ける。
「……メリッサは手練れよ。わたしと同じく、Aランクの冒険者だった。……普段なら渓谷で死ぬようなヤツじゃない」
そう言って語る彼女の表情は、どこか寂しげに見えた。
故人を思い返しているのだろう。
「それに、渓谷に人が住んでいるとも思えない。あなたを疑っているわけじゃないけど、メリッサがどうして死んだのか……いったい何があったのか、真実が知りたかったの」
彼女はそう言って俺に視線を向ける。
……べつに嘘をついてまで隠し通す必要は無いか。
俺は彼女に、正直に話すことにする。
「……ゴブリンからもらったんだ。渓谷には温和で臆病な、争い事を避けるゴブリンたちが暮らしている。彼らが拾ったものの中に、彼女の死体があったんだと思う」
「ゴブリン……」
「ああ。誓っていうが、俺の目から見て彼らが嘘をついているようには見えなかった。ゴブリンに襲われたわけじゃないと思うぞ」
「……大丈夫わかってる。ゴブリンなんかに殺されるヤツじゃなかったもの」
ロロはつぶやくようにそう言った。
……口では悪く言っているが、やっぱり仲が良かったんだろうな。
俺は彼女を安心させるべく、知ってることを話した。
「ゴブリンたちは死体がアンデッドにならないよう、丁寧に埋葬したと言っていた。異教の――ゴブリンたちのやり方かもしれないが、それでも化けて出てくるようなことはないだろうさ」
「そう――そうね。それは良かった」
ロロは自分を納得させるようにそう言った。
「そのうち、お礼を言いに行かなきゃ」
彼女は少し寂しそうに笑う。
俺はそれに頷いた。
「……機会があったら、ゴブリンたちの集落に案内するさ。場所は覚えているし」
「ええ、お願いします」
そんな会話を交わしつつ、俺たちは渓谷へと向かうのだった。
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