第21話 二人の夜

 ユアルと入れ替わるようにして、俺は大浴場へと向かった。

 きちんとした着替えこそないものの、湯で体を洗えるだけでもだいぶ違う。

 ……明日あたりには着替えも買いそろえておかないとな。


 俺は宿の受付の前を通って、脱衣所へと入る。


 宿とは言っても、この『白銀の星亭』は酒場や銭湯も兼ねた施設らしく、宿泊客以外も利用するらしい。

 ギルドのお姉さんから教えてもらったが、風呂自体は彼女もよく利用するとのこと。


 とはいえ少し時間が遅い為か、他に客がいそうな雰囲気はなかった。

 俺はさっそく服を脱いで、浴場に足を踏み入れる。


 そこは石造りの露天風呂だった。

 ちょっとした池ぐらいの大きさの風呂は、ユアルが興奮したのにも頷ける広さだ。

 ここまで広い風呂となると、大きな街でも一つあるかどうかだろう。


「……ん?」


 ふと、前方の風呂の中。

 立ちこめる湯気の中に人影を見付けた。

 ……先客か?


 そこでふと俺は足を止める。

 ――まさかここは……混浴じゃないよな?


 詳しくは確認していない。

 だがこんなデカイ風呂が男女別に二つもあるだろうか?


 ……俺はいま全裸だ。

 もしそこにいる人影が女性なら、この状態を見られて悲鳴を挙げられたりする可能性はないか……?


 ……いやいや、落ち着け落ち着け。

 仮に混浴だとしても、俺は何もやましいことをしているわけじゃない。

 そうだ、俺は正々堂々としているべきだ……!


 俺はそう思うと、腰に手を当てて仁王立ちのポーズを取る。

 ――さあ、いつでもかかってこい!


 緊張のまま俺は歩みを進める。

 湯気の中に見える人影が、どんどん鮮明になっていく。


 ……まさか、女か……!? 女なのか――!?


 そういえば受付のお姉さんもよく利用すると言っていた。

 受付のお姉さん、胸が大きかったな。

 だが偶然バッタリ出会うなんて、そんなことはあるはず――。


 ――ハッ!?

 湯気の合間からちらっと見えた、あの大きな胸はまさか――!



「おうっ? 昼間のボウズじゃねぇか! お前ここに泊まってんのか?」


 そこにあったのは、昼間にギルドで出会ったハゲ頭の冒険者の大胸筋だった――。



 * * *



 風呂からあがった俺は、湯に浸かって疲れが取れた反面、何か心の中が空虚な気持ちに満たされていた。


 ……何もおかしなことはない。

 俺はギルドの先輩冒険者と裸の付き合いをしただけだ……。


 騎士団のときのように邪険にされたわけでもないし、長話に付き合わされたわけでもない。

 適当に入って、適当にそれぞれ風呂を楽しんで、適当に別れを告げた……。

 それなのにどうしてだろう、このさびしさは。


 ちなみに風呂の中央には湯を区切るように普通にしきりがあって、男女は別れていた。

 当たり前のことだった。




 そんな感情に支配されていたので、つい部屋の扉を開けるまで彼女がいることに失念していた。


 扉を開けると、ベッドの上のユアルの姿が目に入った。

 当然だが、上着を脱いでおり薄着だ。

 それは女性特有の、丸みを帯びた体のラインがしっかりとわかるような下着姿だった。


 思わず息を呑んだ。

 ……いや、これはべつに、緊張しているとかそういうわけでは、断じてない。

 ただそう、ユアルが女の子だということを……しかもかなり美人の類いであることをつい忘れていて、驚いてしまっただけだった。


 俺は一つ深呼吸をしつつ、寝ているユアルに声をかける。


「もう寝たかい」


 返事はない。

 俺は少し体を強ばらせながら、上着を脱いだ。

 俺も寝る為の軽装となる。


 改めて部屋の中を確認する。

 そこにあるのは硬いイスぐらいで、ベッド以外で寝床にできそうな場所はなかった。

 他に寝る場所はないので、寝るならベッドの上で寝るしかない。


 ……まあさすがに、彼女自身が許容しているのだからそこまで遠慮する必要はないか。


 それにもし俺が床にでも寝てようものなら、朝起きたら彼女を悲しませるだろう。

 まるで「お前が同じ部屋にしたせいで俺は床に寝ることになったんだぞ」という当てつけみたいじゃないか。


 ……だから、これは決して、やましい気持ちがあるわけではなくて、仕方ないことなんだ。


 ひたすら心の中で言い訳しつつ、そっとベッドに腰掛ける。

 当然だが、手の届く範囲にユアルは寝ている。

 無防備な姿の少女がそこにはいた。


 ――ダメだダメだ! 気にするんじゃない!

 そうだ、意識をしてしまうからいけないんだ。

 さっさと寝てしまおう。


 俺は枕もとに備え付けてあった魔導ランプの表面を撫でる。

 人体の指先の魔力に反応し、そのほのかな光が消えた。


 そして暗闇が部屋を支配する。

 俺は体を横にして、目を閉じた。


 お互いに背中合わせの体勢だ。

 体が触れ合っているわけでもない。

 だが息遣いは聞こえる。


 ……意識を切り替えよう。

 そうだ。

 今後ろにいるのはハゲ頭のオッサンだ。

 さっきのオッサンが寝ていると思い込むぞ。


 オッサンが後ろに寝ていようが何とも思わない。

 むしろちょっとテンションが下がるはずだ。

 うん、ちょっと悲しくなってきたな。

 よし、このまま寝て――。


「んぅ……」


「ぉわっ!?」


 寝返りを打ったオッサンの手が――じゃなかった、ユアルの手が俺の背中に触れた。

 そのままギュッと抱きついて来るような感触を感じる。

 ち、ちがう、これはオッサン……オッサン……でもオッサンはこんなにやわらかくない……。


 心臓が高鳴りを続ける中、ユアルの言葉が聞こえた。


「――お父さん……」


 ……寝言か。


 昼間も、ユアルは弱音を吐かずにずっと気丈に振る舞っていた。

 それだけでなく、ずっと俺を励ましていたようにも思える。

 でもまだ彼女も十六歳。

 どこか無理をしているのかもしれない。


「……俺がもっとしっかりしなきゃな」


 俺はため息をつきつつ、そうつぶやいた。

 少女の一人ぐらい守ってあげられるようになろう。

 これでも俺は一応、元騎士なんだから。


 そうして俺は改めて眠りにつく。

 明日から頑張ろう――。






 ――いや、眠れんて。


 結局、俺はその日遅くまで寝付けなかった。

 ずっと女っ気のない騎士団にいた俺に、女の子と密着して熟睡できる才能などないのだった……。

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