第19話 心のアトリエ
「どうした、大丈夫か」
俺は慌てて駆け寄る。
少なくとも俺が知る適性検査で、こんなことが起きたことはない。
ミュルニアの方を揺すると、彼女は手を震わせて俺の方へと伸ばした。
「ちょ、と、おじ、さ……」
「……お兄さんと言ってくれた方が嬉しいが」
俺はちゃっかりと訂正しつつ、彼女の体を起こす。
すると、ミュルニアはそのまま俺の方によりかかってきた。
「んっ……あ、んぅ……!」
くすぐったそうな声をあげながら、抱きつくようにして俺にしがみつくミュルニア。
な、なんなんだ?
何が起きているのかわからずふとユアルに視線を向けると、彼女は目を見開きながらこちらを凝視していた。
待て、俺も何がなんだかわかっていない。
しばらくミュルニアにギュッと抱きつかれていると、次第に彼女は力を抜いていく。
「ん……あ……気持ち、い……」
「ま、待て。俺は何もしてない。してないよな? してないと言ってくれ」
ここはギルドのエントランスだ。
こんな風に甘ったるい声をあげる若い女に抱きつかれていたら、周囲から視線が集まるのは当然のことである。
受付のお姉さんに視線で助けを求めてみるが、彼女にとっても想定外の事態らしく困惑した表情を浮かべていた。
しかしすぐに我に返ったのか、お姉さんはカウンターから出てきてこちらへと駆け寄ってくる。
「え、ええと、こんなこと今までなかったんですが……。大丈夫ですか、ミュルニアさん」
「う、んぐ……ふ……!」
顔を紅潮させ、息も荒い女性が俺の腕の中で身もだえていた。
その熱が、触れた箇所から徐々に伝わってくる。
「う……。ちょっとだけ、良くなってきた……」
ぼんやりとした表情でこちらを見つめつつ、彼女はゆっくりと座っていたイスへと腰を落とした。
俺はそっと腕を離す。
じんわりと彼女の感触と温もりが腕に残る。
ミュルニアは自信の体を抱きしめつつ、口を開いた。
「んん……。魔力酔い、かなぁ……?」
彼女自身困惑しながら、言葉を続けた。
「正直、わたしもよくわからないんだけど……。イメージで説明するなら、ユアルちゃんのアトリエに入ろうとしたら足元にトラップが仕掛けられてたような感じ。いきなり股下から槍が生えてきて、串刺しにされたような……」
「わ、わたし何もしてません……」
ユアルは泣きそうな顔でそう訴えかける。
ミュルニアはそれに頷いて、大きく息を吐いた。
「大丈夫、誰かが故意にやったとかじゃないと思うし。そういう感じじゃなかった」
ミュルニアは力無く笑う。
「上手くユアルちゃんの中に入れなくて、魔力が逆流してきた感じかな……? 正直ちょっとチビっちゃったけど……」
彼女は冗談めかしつつそう言った。
「悪いけどこれ以上ユアルちゃんのことは調べられそうにないや。下手すりゃこっちの神経が焼き切れちゃうか、もしくは癖になっちゃいそう……。もしかするとユアルちゃんの魔力容量が桁違いに高かったりするのかな?」
「まりょく……」
ユアルは困惑した表情を浮かべる。
ユアル自身は身に覚えがないようだが、もしかすると測定不可能なレベルの魔法の才能を持っているのかもしれない。
「そうか……。残念だが、無理はしないでくれ」
ユアルの適正は知っておきたいところだったが、危険があるなら頼むわけにもいかない。
俺の言葉にミュルニアは「ごめん」と謝ると、思い出したように口を開いた。
「あ、でもお兄さんのは一瞬でわかったよ。さっきお兄さんに触れて魔力を逃がしたときに」
「えっ。そんなついでみたいに!?」
どうやらさっきの俺への抱きつきは、緊急避難だったらしい。
……まあ検査されずとも、結果はわかっているのだが。
ミュルニアはにやりと笑う。
「お兄さん面白い形だね」
「……何もないんだろ、才能。俺は昔、検査してもらったことがあるんだ」
俺は騎士になるとき、神殿主導の適正検査で無能と診断されている。
わかってはいることだが、何度も宣告されるのが辛くないかと言われれば嘘になる。
俺の言葉に彼女は頷いた。
「うん、才能と呼べるようなものはないかな」
ほらな。
そう、俺には才能がない。
だから冒険者なんて――。
「――でも、まだ才能になっていない何かがあった。才能になりきれていない、下描きの絵がね」
ミュルニアの言葉が、俺の考えを止めた。
俺は思わず聞き返す。
「才能になっていない何か?」
「うん。上手く表現できないんだけど」
ミュルニアは首を傾げながら言葉を続ける。
「やる前に言ったように、うちの場合はアトリエを見せてもらうようなイメージなの。たくさんの絵が置かれていて、それが才能を示してる」
ミュルニアは指先で、空中に四角い立方体を描く。
それはまるで小屋のようだ。
「でもお兄さんはまず前提が違ってるんだよね。アトリエの中に絵があるんじゃなくて、
彼女は空中に、平面的な四角を描いた。
「大きな大きな、すっごく大きな白紙の額縁。そしてその中にアトリエがあって、中にはいくつも描きかけの絵がある。剣を振るう絵だとか、魔法を使う絵だとがあるんだけど、製作途中のまま」
ミュルニアの言葉に、俺は首を傾げる。
魔導において、術者のイメージはあくまでも術者の感覚の話だ。
だからその印象が正しく物事を指しているのかはわからない。
だけど、その風景は――。
「絵を描く才能――ってわけじゃないんだよな?」
俺の質問に、彼女は首を振って否定した。
「それだったら画家の絵があるはずだよ。うちが見たのは、今まさに才能を描き上げる途中の絵。アトリエを作る才能。……そうだなぁ、もしかするとお兄さんの才能は――」
ミュルニアは人差し指を立てる。
「”才能を創り出す才能”、かな?」
――才能を創り出す才能。
まだ話を呑み込めない俺をよそに、ミュルニアはニヤリと笑った。
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