第18話 技能適性検査
羊皮紙の書類にサインして、ギルドの登録と二人分の技能検査を申し込む。
少し迷ったが、本名をそのまま書いた。
さすがに帝国にバレるようなことはないと思う。
ちなみにギルド所属の冒険者となれば、検査料金は格安に抑えられるようだ。
「会費は月額になりますが、本当に困窮したときは融資もしております。利子は少ない分、審査が厳しめになりますが、どうしようもなくなる前にご相談を。返せなくなっても大丈夫です。高ランク冒険者が取り立てに行くので、今まで踏み倒せた人間は一人もいませんよ」
いったいその話のどこに大丈夫な要素があるんだ……?
高ランク冒険者ともなればドラゴンのような伝説級のモンスターも倒せると聞く。
そんな冒険者相手に借金を踏み倒そうなどとすれば、いったいどうなるかは考えなくともわかる。
……そんなことにならないよう、気を付けるようにしよう。
俺が内心無計画な借金はしないよう肝に銘じている前で、受付のお姉さんは笑顔で言葉を続ける。
「とはいえ冒険に危険は付きものです。なのでもしものときの為に、各種冒険者保険への加入もお勧めですよ」
生命保険に傷病保険、装備保険なんかもあるらしい。
もちろんお金はかかるが、何かあったときの安心を買えるとなると一考の余地はありそうだった。
俺はユアルと一緒に受付のお姉さんからギルドの仕組みを聞きつつ、適性検査の手配が整うのを待った。
適性検査が終われば、俺も晴れてギルドの冒険者というわけだ。
お姉さんの話では、検査担当の魔導師がもうすぐギルドに来るとのこと。
俺たちの方は特に用事があるわけでもないので、お姉さんにギルドの話を聞いて待つことにしたのだった。
「冒険者はランクで区別されます。入ってすぐはEランクですね」
冒険者ランクは仕事をこなしていくことで上がっていくらしい。
ランクが上がれば高難易度・高報酬の仕事が斡旋されるというわけだ。
Eランクこそほぼ初心者しかいないが、その後どんなに頑張ってもDランクやCランク止まりの冒険者もいる。
「何よりも重要なのはランクではなく、死なないこと」――という言葉で、お姉さんは説明を締めた。
成果を焦って命を危険に晒すなという話だろう。
そんな話を聞いていると、ギルド正面の入り口を通って一人の女性が入ってくる。
古い魔女が使うような三角帽子とローブに身を包んだ、全身で「わたし魔導師です!」と表現しているような女の子だった。
彼女の姿を見て、受付のお姉さんは声をかける。
「あ、ミュルニアさん! ちょうどよかった、新しいお客さんですよ」
「お?」
ミュルニアと呼ばれた二十歳ほどの女性は、帽子のつばを持ち上げ顔を見せた。
金髪の巻き毛に愛らしい瞳。やや童顔の容姿は、魔導師風のローブとミスマッチだった。
「なになに? 新人? 可愛いじゃん」
彼女はそう言うと、俺の横にいたユアルに近寄る。
ぶつかりそうになるほど体を近付けると、肌が触れそうなほどの至近距離でユアルの目を覗き込んだ。
ユアルは慌てて体をのけぞる。
「あ、あ、あの!? 近いです!」
「若いねぇ、お嬢ちゃんいくつぅ?」
「え、えと、十六になりますけどっ!」
「そっかぁ。うちの方が二つお姉さんだね。お姉様って呼んでもいいよ? へへへぇ」
「あの、困りますっ……!」
二人並ぶと身長はユアルの方が高いようだが、どうやらミュルニアの方が年上らしい。
そんな二人のやりとりに受付のお姉さんは苦笑する。
「ミュルニアさん、こちらがユアルさんで、そっちがエディンさん。ユアルさんはまだ冒険者になるかどうかはわからないんですが、お二人の技能鑑定をお願いします」
「ほうほう、こっちのおじさんと二人?」
ミュルニアは今度はこっちに近付き、目を覗き込んでくる。
どうやら彼女は他人との距離感が近いらしい。近眼なのだろうか。
「……エディンだ。よろしく。それとまだ俺は二十五だ」
「ふぅん。よろしく」
そう言って俺に対しては簡素に済ませる彼女。
……好き嫌いがはっきりしているやつだな。
「ちゃっちゃとやっちゃいますか」
ミュルニアは俺から離れると、手招きしてエントランスにあった商談スペースのような場所へと行き、イスへと座る。
そして俺たちに対面のイスへと座るよう促した。
「説明はいる?」
「あー……俺はだいたいわかってるが」
「んー。じゃあ説明しながら、ユアルちゃんからやろっか」
ミュルニアの言葉に従って、ユアルがイスへと座る。
ミュルニアは懐から一枚の布を取り出すと、それを机の上に広げた。
「えー、魔導検査、適正検査、スキル鑑定、技能鑑定……まあ世間一般ではいろんな呼び方があるけど、やってることはどこも一緒なんだよね。全部同じ鑑定魔法。鑑定魔法は何かってーと、魔力循環の来歴から品物の因縁やら何やらを導き出すっていう……まあ細かい説明はどうでもいいか」
ミュルニアはそんなことを喋りながら、準備を進めていく。
たぶん準備中の時間が手持ち無沙汰なので、暇つぶしに説明しているのだろう。
「人が魔法を使うときってのは、神様だかなんだかの力を借りるとかで一時的に異界へ繋がる――とされている。それが本当かどうかは知らないけど、繋がった痕跡ってやつは残るわけね。で、この魔法はその人間の深いところで繋がった痕跡……その人を構成する”根源”となるものを探ろうっていうコンセプトの魔法なのよ。元々魔導師が得意な属性を見付けるための魔法だったのね」
「は、はあ……」
説明を受けているユアルは首を傾げた。
魔法陣の描かれた黒い敷布の上にいくつかの宝石を並べながら、ミュルニアは笑みを浮かべる。
「ま、ちゃんと理解する必要はないよ。世間話程度に聞いといて」
彼女はそう言いながら、ユアルの手を取った。
「んで、そうやって探っていくうちに、剣術だとか建築だとか……魔法の属性以外の何かも見えることがわかった。それで見えた能力に従ってやってみると、どの人も上手くできた。そんな経緯があって、この魔法が”適正検査”として利用されるわけになったってわけね」
「ほほう……」
ユアルがわかってるようなわかってないような顔で相槌を打った。
ミュルニアはユアルの手の甲に、文字を描く。
「ま、なんでこんな説明をしたかというと、この魔法はその人の中を覗き見するような魔法なのよ。だからほらプライバシーっていうかさ。『そういうとこ見られる魔法ですよ』って了解もらっておかないと、後々面倒になっちゃダメってことで説明したのね」
「は、はい……。えーと、わたしは見られても大丈夫……だと思います」
「本当? 好きな人とか知られても怒らない?」
「えっ!? わかっちゃうんですか!?」
「わかんなーい」
ミュルニアはケラケラと笑いながら、ユアルの手を握っていない方の手を口元に当てた。
目を閉じて、ゆっくりと息を吐く。
「……人によって印象は変わるけど、うちの場合は画家のアトリエのイメージ。アトリエってわかる? 工房のことね。芸術家の製作現場」
ミュルニアは静かにそう呟いた。
おそらく父親が画家だったユアルには、馴染み深いものではないだろうか。
「人の心の中のアトリエには、いくつか絵が飾ってあるの。そこではすごい炎の魔法を使ってる光景だったり、剣の打ち合いをしている光景だったり、いろんな風景が見える。それがその人の才能」
おそらくはそうした会話自体が、彼女にとっての精神統一の手法なのだろう。
からかわれて顔を赤くしたユアルとは対称的に、彼女の呼吸は落ち着いていた。
「さて、それじゃあいくよ」
ミュルニアが目を開いて、真剣な表情でユアルを見つめた。
そして彼女は再び目を閉じる。
「
二人が繋いだ手から、青白い魔力光が溢れた。
こうして術者は対象の才能を読み取り、静かにそれを告げる――。
「――ぴぎゃっ!?」
――ことにはならなかった。
悲鳴を上げたのは、ミュルニアだ。
彼女は座ったままびくんと体を震わせると、そのまま机の上に突っ伏した。
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