第17話 冒険者の心得
俺は女剣士の彼女を見送ったあと、受付のお姉さんへと向き直る。
「……ま、そういうわけでこの剣は俺が譲り受けようかな。それで大丈夫かい」
「え、ええ。大丈夫ですよ。メリッサさんは遺品を渡す家族もいませんし、一番仲が良かったのはロロさんでしたから……と本人たちに言ったら怒られるかもしれませんが」
お姉さんはそう言って苦笑する。
おそらく仲間というよりは、ライバルのような間柄なのだろう。
他の物品も引き取ってもらい、代金プラス捜索料という名目でいくらかの金を受け取る。
騎士の給料一月分ぐらいにはなったか。
これだけあれば、この街にはしばらく滞在できることだろう。
受付のお姉さんはコインの入った袋を差し出しつつ、笑顔で口を開く。
「そうだ。エディンさんでしたか、ついでに冒険者として登録していきませんか?」
「冒険者か……。でも冒険者なんて俺に務まるかどうか」
俺は悩みつつ、金貨袋を受け取る。
他に仕事のあてがあるわけではないし、元々目的地がある旅というわけでもない。
ユアルの安全と生活を確保できれば、その後は気ままに暮らしていければそれでいい。
……そう考えると、冒険者というのも悪くない選択肢なのだろうか。
弱気な俺の言葉に、受付のお姉さんは首を振った。
「いいえいいえ、きっとエディンさんなら大丈夫です。何せロロさんが認めた方ですしね」
「さっきのロロって子は偉い人なのかい?」
「偉い……というわけではありませんが」
お姉さんは苦笑する。
「ロロさんはAランク冒険者ですからね。少なくとも一対一の剣技であれば、この街でロロさんに敵う人はそんなにいないと思います。そんなあの人が剣士としてあなたを認めたというなら、この街では一流の剣士と名乗っても差し支えありませんよ」
「それは俺が差し支えるな……。そんな大層な腕前は持ってない」
俺には剣の才能がない。
騎士だったときも剣士として最前線で戦ったことなどもない。
足を引っ張らないよう訓練にも参加したことはないし、裏方に徹していた。
一流の剣士なんて、名前負けもいいところだ。
お姉さんはそんな俺の言葉に、クスリと笑う。
「またまたぁ。謙遜ですか? ロロさんはそんなに誰でも認める人じゃあないですよ」
お姉さんはそう言うと、何かを思いついたようにポンと手を叩いた。
「あ、そうだ。それなら技能検査でも受けてみます? 適正が全てではないですけど、どんなことが向いているか分かっていた方がより生還しやすくなりますし」
彼女の言う事はもっともなことだ。
だが俺は騎士になるとき神殿の検査は受けているんだが……。
俺の反応が良くないと思ったのか、彼女は俺の後ろにいたユアルへと視線を移す。
「彼女さんもご一緒にどうです? エディンさんを助けられるかもしれませんよ」
お姉さんに言われて、ユアルは頬を両手で押さえる。
「か、か、彼女なんてっ! そんなっ! 困りますっ! まだわたしたちはそういう関係じゃあ!」
「落ち着け落ち着け」
慌てるユアルをなだめる。
お姉さんはクスクスと笑っており、どうやらユアルをからかっているようだった。
……まあ冒険者になるかどうかはともかく、ユアルの才能を確認しておくことはいいかもしれない。
俺はユアルに尋ねる。
「ユアル、これから何かしたいこととかあるかい」
「何かしたい……って、な、ナニをですか!? エディンさんとですか!? デートとかですか!?」
「……いったん深呼吸してみようか」
どうやらなだめられていなかったらしい。
俺は苦笑しつつ、言葉を続けた。
「そうじゃなくて……なりたいものとかだよ。お父さんと同じように画家になりたいとか、こんな仕事をしてみたいとか、ユアルにはないのか?」
「なりたいもの……」
ユアルはそうつぶやいて考え込む。
……なりたいものを選べる人間なんてそんなにいるものじゃない。
農家の子として生まれたなら、一生村から出ずに家業を手伝い、親から土地を引き継ぎ、そしてそのまま死んでいく――なんて人生だって珍しくない。
王様だって王家に産まれたから王様になったのであって、自分で王様になりたくてなったわけではないはずだ。
だから帝国に追われることになった俺たちではあるが、そんな端から見れば不幸な出来事だって、前向きに捉えれば新しく人生の行く先を自分で選ぶことができるチャンスなのかもしれない。
「わたしは……」
しばらく考えたのち、ユアルは口を開いた。
「わたしはエディンさんやマフちゃんに、恩返しがしたいな……って思います」
ユアルは少し気恥ずかしそうに言った。
「わたしがここにいられるのはエディンさんとマフちゃんのおかげなので。……きっとお父さんも、それを喜んでくれます」
ユアルはそう言って俺を見つめた。
それは……困ったな。
彼女には俺なんかに構わず、真っ当な生活をさせてやりたいと思ったんだが。
昔の俺ならまだしも、今や俺は住所不定の無職である。
「……そうは言っても、俺はべつに困っていることもないし」
住所不定無職の肩書きは返上したいところだが、それはさておき食うものがなく困窮しているわけでもない。
大きな街だし、雑用仕事の一つや二つはあるだろう。
だがユアルは首を横に振って、納得していない表情を浮かべた。
「なら、前に言った通りわたしがエディンさんを一流の冒険者にします」
昨晩、ゴブリンの集落の廃屋でした話を思い出す。
……そんな話だったか?
首を傾げる俺をよそに、彼女は話を続ける。
「エディンさんが認められないなんておかしいです! エディンさんはいいところがたくさんある、凄い人なんですから!」
「……俺は一流なんてガラじゃないよ。せいぜい三流、いいとこ二流が限界だ」
「そんなことないですって!」
ユアルは俺の手を取る。
「一緒に、冒険者になりましょう!」
……いったいこの子はどこからそんなに自信が湧いてくるんだろうか。
俺の何を知ってるんだ、と思わなくはない。
――だけれど。
「……ユアルと一緒に冒険者をやるかどうかはさておき」
彼女の言葉は、少しだけ俺の心の芯を暖めてくれた気がした。
「冒険者、やってみようか」
「……はい!」
俺の手を握ったまま、ユアルは頷く。
そんな俺たちの横で「こほん」と受付のお姉さんが咳払いをした。
「お熱いのはいいんですけど、適正検査の手配を進めてもいいですか?」
お姉さんが半笑いでそう言うと、ユアルは慌てて俺の手を離した。
「お、お、おねがいします!」
「……お願いします」
俺は苦笑しつつ、検査の受付を済ませるのだった。
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