第16話 残されたもの

「お客さーん」


 呼ばれて俺たちは受付へと戻る。

 カウンターの上には、俺が持ち込んだ物品が並べられていた。


「いくつかの品は登録された冒険者や行方不明の交易商の方のものと認められました。不審な点もなく、捜索依頼が出されてものについては謝礼金込みで引き取らせていただきます」


「ありがとう」


 彼女は半分ほどの品を分別する。


「そして残りの品は持ち主が不明です。こちら差し支えなければそのままお引き取りしますが」


「それでいいよ」


 俺は職員のお姉さんの言葉に頷いた。

 別の店で売ることもできるが、冒険者ギルドよりも信用できる店なんてこの街に来たばかりの俺には存在しない。

 ギルドの評判にも繋がるので、そうそう安く買い叩かれることはないはずだ。


「ああ、それと一つ、こちらの剣は――」


 お姉さんがそう言いかけたとき、俺の後ろから声がかかった。


「待って」


 凛と透き通る声の女性の声が響いた。

 振り向くと、そこには二十歳そこらの銀髪の女性がいた。

 軽装鎧と腰に差した剣を見るに、剣士だろうか。


 彼女は受付の前に立つと、俺と職員のお姉さんの顔を交互に見ながら言葉を続けた。


「メリッサの遺品が見つかったって、本当?」


「あ、はい……これです」


 職員のお姉さんは俺が持って来た冒険者記章を手に取ると、彼女へと渡す。

 銀髪の剣士はそれを受け取ると、伏し目がちにそれを見つめた。


「そう……。あのバカ」


 小さくそう呟くと、彼女は顔を上げてこちらを見つめる。

 長い睫毛が印象的な、美しい女性だった。


「あなたがこれを?」


「ああ。といっても届けただけだが……」


「死んだ状況は?」


「聞いてない。渓谷周辺でモンスターに襲われたか、それとも滑落したか。見付けたやつによれば、死体は丁寧に埋葬したそうだ」


「……そう」


 彼女は俺の言葉を聞いて、目を閉じる。

 どうやら彼女は死者の知り合いだったらしい。

 彼女はまるで黙祷するかのようにしばらく黙った後、口を開いた。


「……ありがとう。感謝するわ。わたしはロロ。冒険者よ。ここらでは見ない顔ね」


 彼女が手を差し出してきたので、俺も握手に応じる。


「旅人だ。俺はエディン。こっちは連れのユアル。残念な結果を持ち帰ってしまったようですまない」


 俺の言葉にロロと名乗った女剣士は首を横に振る。


「いいえ。メリッサを探しに行かなくて良くなっただけでマシよ。……あのバカ女、最後まで迷惑かけて」


 悪態をつく彼女の表情は、どこか寂しそうだった。

 仲の良い相手だったのだろう。


 ロロはユアルとも握手したあと、遺品の中にあった剣を取り、少しだけ鞘から抜いて刀身を見せた。

 それは廃屋からここに来るまでの間、俺が腰に差していた剣だった。


「この剣、メリッサのものなの。もしこんなことになったら、わたしが買い取るつもりだったけど」


 それはなんの変哲もないロングソードに見える。

 彼女は鞘に剣をしまうと、俺に向かって突き出した。


「あなた、この剣使わない?」


「……いいのかい? 持ち主の子の形見なんだろう?」


「いいの。それにあなた、頻繁に剣の訓練をしているでしょう」


 俺は図星を突かれてドキリとする。


「体付きと手についた跡を見ればわかるわ。この剣もあなたみたいな人に使われた方が剣として嬉しいでしょう」


 どうやら握手をしたときに、訓練していたことがバレてしまったらしい。


 ……俺に剣の才能はない。だが、そう簡単に騎士を諦められるようなものでもなかった。

 だから人に見られないよう、密かに訓練は続けていた。

 それを見抜かれたことで、内心少しだけ恥ずかしさがこみ上げた。


 彼女は俺のそんな気持ちに気付いた素振りも見せず、言葉を続ける。


「剣はね、使ってもらわないと死ぬわ。それじゃあ美術品だもの。でもメリッサの剣は少し特殊だからわたしには合わないし、かといって市場に流せばどこの誰が使うことになるかもわからない。ならあなたに持っていてもらった方が合理的じゃない?」


「……俺も誰とも知らぬ馬の骨だよ」


「あら、そうかしら」


 彼女はイタズラっ子のような上目遣いで、こちらの目を覗き込む。


「メリッサが冒険に出かけたのは、南の渓谷に見つかった遺跡の調査の為よ。女の子を連れて渓谷を通って来たということは、あなたもそこそこ腕が立つはず。それに遺品をわざわざギルドまで届けに来てくれたわけだし、変な人ではないでしょうし」


 実は帝国から追われる身なのだが、彼女の目には俺たちは変な人には見えないようだ。

 たしかに身を守る武器は欲しかったし、何よりその剣のデザインが俺好みではあった。

 ……ただ一つ気になるところがないでもないが。


「……この剣が特殊ってのはどういうことだい?」


「まあ使ってればそのうちわかるわ。少なくともわたしみたいな前衛しかできない人間向きの武器ではないの。わたしには剣しかない分、この剣は手に余る」


 彼女はそう言って、剣を突き出す。

 俺は少し迷ったが、断る理由もなかったのでそれを受け取った。


「……普通のロングソードかと思ってたんだがな」


「あなた見る目がないのね。華美な装飾など、実用的じゃないでしょ」


 どうやらこの美人さんは、根っからストイックな戦士らしかった。


「それじゃあわたしはこれで。……ありがとう、メリッサを帰還させてくれて」


 遺品だけでも戻って来られたのは、冒険者にとってはまだマシな方の死に様だったのかもしれない。


「こちらこそ。預かったからには、大切に扱うよ」


「ええ、そうしてくれると助かるわ」


 銀髪の剣士はそう言って、ギルドの建物をあとにした。

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