第15話 初めての冒険者ギルド
「さて、着いたぞ。持って来た遺品はそれなりの値段で買い取ってくれるはずだ」
俺はそう言って、冒険者ギルドの大きな扉をくぐる。
中には受付らしきものがいくつかと、仕事を探しているのであろう冒険者と思わしき人々が何人かたむろしていた。
冒険者ギルドは仕事の斡旋と、それにあわせて冒険者にさまざまな物を売ったり、冒険者用の保険などで利益を得ている組織だ。
ギルドに加入しなくても仕事はできるが、加入すると優先的に仕事を回してもらえたり、何かと特典は多い。
帝国のように公権力が強いと騎士団や兵士が問題を解決してくれるが、この国のように急成長している中の国では人手不足になりがちだ。
だからこういった冒険者のような戦力が求められる――というのは誰に聞いた話だったか。
俺たちが中に入ると、見知らぬ顔だからだろうか、こちらを値踏みするような目で中にいた冒険者たちの視線が集まった。
俺は彼らとは目を合わせないようにしつつ、職員らしき受付の女性に声をかけた。
「やあ、初めて来たんだが少し聞いてもいいかい」
「あ、はい。ご用件はなんでしょう?」
応対してくれたのは長い黒髪で二十代後半ほどの色気のある大人の女性だった。
ちなみにギルドの職員には未亡人が多い。
冒険者の夫に先立たれた妻に職を与えるという意味もあるからだ。
もしかしたら彼女もそんな中の一人なのかもしれない。
俺はそんなことを空想しながら、事情を説明した。
「南の渓谷を通って来たんだが、道中で魔物が溜め込んだ冒険者の遺品を手に入れてな。死体漁りでもしたのかと思われるのもいやなんで、ここで引き取ってくれないか」
「なるほど……。それであれば他よりも高く買い取りますよ」
職員の人はそう言って俺から麻袋を受け取った。
合わせて腰に差していたロングソードも渡す。
このまま使って、盗品と思われたりでもしたら問題だ。
冒険者ギルドでは通常、使わなくなった装備や戦利品、素材となりうる魔物の部位や肉などを鑑定して買い取ってくれる。
だが多少の手間をいとわないなら、然るべき専門店――たとえば装備なら武具屋、肉なら肉屋に持ち込んだ方が高く買い取ってくれるので得だ。
しかし遺品となると話は別になってくる。
冒険者ギルドとしては、亡くなった冒険者の遺品を中古として店に持ち込まれると、行方不明のまま手がかりが失われてしまうからだ。
なので他に流されないよう、多少出所が怪しかったとしても遺品とわかっているものは少し色を付けて高めに買い取ってくれるのだ。
「遺体は確認されたのですか?」
「いや、俺はしていない。だが辺境で長らく住んでるヤツがいて、そいつが全員埋葬したとのことだ。俺は運び屋みたいなもんだな」
俺の言葉に職員は頷く。
「わかりました。ではしばらくお待ち下さい。値付けが終わったらお呼びしますので」
「助かるよ」
俺は職員のお姉さんに軽く手を振ると、入り口の脇にあった掲示板の前に立った。
木のボードにはいくつかの羊皮紙が貼られ、その横の
羊皮紙の方には魔物討伐やお尋ね者など期限の長い依頼が、そして黒板の方には日雇いの仕事や至急の依頼が書かれているらしい。
「こっちの依頼は重要なものが多いんですかね?」
ユアルがたくさん貼られた羊皮紙を見ながらそう言う。
俺はその言葉に頷いた。
「そうだな。羊皮紙は値が張るし、持ち運びに便利だ。だから他の街からの依頼なんかもあるはずさ」
そして次に黒板の方へと視線を向ける。
「一方でこっちに書かれてるのは、すぐ書き換える必要があるような依頼が多いな。……もし俺が受けるとしたらこっちかな」
ユアルは俺と一緒にそこに書かれた依頼を見た後、さらに疑問を口にした。
「エディンさんは冒険者になるんですか?」
俺はその言葉を受けて、少し返答にためらった。
口元に手を当てて考えてみる。
もちろん冒険者になる選択肢は考えていた。
雑用とはいえ元騎士だ。
一応剣の訓練だってしてきたし、魔法だって初級のものであれば使える。
経験を生かすなら、冒険者という仕事はうってつけなのかもしれない。
――だけどなぁ。
「俺みたいな半端ものに、戦闘のプロである冒険者なんてできるもんかねぇ」
「できますよ、きっと!」
ユアルは間髪入れずにそう答えた。
いったい俺のどこを見たらそんな自信満々に言い切れるんだか。
ふと周りを見ると、他の冒険者たちがこちらを見つめていた。
……もしかするとユアルの言葉が何かしら気に障ったのかもしれない。
俺は難癖を付けられる前に、先手を取っておくことにした。
「とはいえユアル、見てみろ。そこらにいる先輩方を。きっといくつもの修羅場をくぐってきた強者の雰囲気だぞ。あの人たちに協力してもらえるならまだしも、初心者の俺が簡単に冒険者なんて務まるはずがない」
わざと彼らを持ち上げてプライドをくすぐるような言葉を、本人たちの耳に聞こえるように言い放った。
これで「そうだ! お前なんかじゃ無理だモヤシ野郎が! さっさと出ていきやがれ!」なんて言うヤツは、よほど情緒が不安定な精神異常者だろう。
……前の騎士団には結構いたが。
すると俺の言葉に反応して、たむろしていた冒険者の中からハゲ頭のおっさんが一人近付いてきた。
「よう、ボウズ。ここいらじゃあまり見ない顔だな」
「……旅の者です。どれも難しそうな仕事なんで、皆さんの真似事をするのは俺には無理かなぁと」
「ハハハ、たしかに俺らベテランともなれば危険な仕事もするが、そう怖がるもんじゃないさ。実力に見合った仕事を斡旋するのも、ギルドの役割だからな」
どうやら友好的な心持ちで話しかけてくれたらしい。
俺は内心、面倒事にはならなそうだと胸をなで下ろした。
ハゲ頭の冒険者はそんなこともつゆ知らず、俺に向かって言葉を続ける。
「お前さんは謙虚だな。バカなヤツは自分に見合わない仕事を受けてすぐに死んじまうから見込みがない。だがお前は違う。きちんと自分の身の丈にあった仕事を探してやがる」
彼はそう言うと、俺の肩に手を置いた。
「なに、困ったことがあったら俺に相談するといい。……借金以外のことなら相談にのってやるぞ! ガハハ!」
そう言うとハゲ頭はバンバンと俺の背中を叩いて、他の仲間のもとへと戻っていった。
一応、新人の後輩として認められてしまったらしい。
「……さすがエディンさん。おだて方がお上手ですね」
空気を読んで黙っていたユアルが、小声でそう言った。
「お前だって大したもんだよ。俺なんかをおだてても何にも出ないぞ?」
「本心ですけどぉ」
ユアルは少し不服そうに頬を膨らませると、すぐに吹き出すように笑った。
俺たちはそんな会話を冗談まじりに交わしながら、ボードに貼られた依頼書の山を眺めて時間を潰すのだった。
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