第14話 魔物園の支配人
俺たちは門番に言われた通り、リューセンの東にある見世物小屋に向かった。
道中、マフを連れた姿は人目を引きはしたものの、通行人たちは遠巻きに見るばかりでこちらに関わろうとする様子はなかった。
物珍しさこそあるようだが、特に大事件というわけではないようだ。
――それもそのはず、噂の見世物小屋には多種多様な動物や魔物がいたのだった。
「わ、エディンさん! 奥のあれ! あの檻の中の生き物はなんでしょう! スライム!? それにしては硬そう!」
「こらこらはしゃぐな、騒ぐな、興奮するな。迷惑になるだろう」
表通りから一本裏道に入った路地の一角。
年期の入った建物を改築したような古めかしい雰囲気の大きな屋敷と、貴族の家かと思うほどの広い庭。
そこに小屋と言うにはあまりにも立派過ぎる見世物小屋があった。
鉄柵で閉じられた頑丈な門には年老いた警備員がおり、要件を伝えると奥の屋敷へ支配人を呼びに行ってくれる。
門の外から見る限りでも、そこには多くの見たことのない生き物が見え、それを見たユアルは小さな子供のように喜んでいた。
しばらく待っていると、呼びにいった老人とともに身なりの良い中年男性が姿を見せる。
彼は名をオルランド・ロッセルと名乗った。
「ようこそロッセル魔物園へ。用件は伺ってますぞ。ささ、まずは中へどうぞどうぞ!」
チョビヒゲの背の低い紳士は、そう言って俺とユアルとマフを中へ招き入れてくれる。
困惑する俺たちに、彼は庭を案内してくれた。
庭にはいくつもの檻があり、大小様々な生き物が中にいる。
小さなふてぶてしい顔をした犬から、極彩色の喋る鳥、スライムのような半透明のカニなど、見たこともない生き物がいっぱいだった。
もし中に精霊や
こんな珍しい生き物たちが街の中にいるなら、さきほどマフを連れて通りを歩いたときに騒ぎにならなかったのも納得がいく。
マフのような獣が街を闊歩することも、この街の住民たちには日常茶飯事なのかもしれなかった。
「みんな檻の中なのにイキイキしてますね!」
ユアルが目を輝かせながらそう言うと、支配人のロッセルは胸を張った。
「そうでしょうとも! 彼らは友人です。一匹一匹……いえ、一人一人、心を込めてお世話をしていますよ!」
どうやら彼は動物たちを自慢したくてしょうがなかったらしい。
彼は誇らしげに言葉を続ける。
「趣味が高じまして、毎晩ショーを行っているのです。入場料も安くしているし彼らにも観客にも危険な演目はないので、子供連れで見に来てくれる方も多いんですよ。一方的に管理するのではなく、彼らもまた住人として自分たちの分の食い扶持を稼ぐ。これぞ理想の共生という形でしょう!」
彼はヒゲを撫でながら、演説のようにそう言った。
俺は軽く手を叩きつつ「わーすごーい」と棒読みで称える。
それに気を良くしたのか、彼は満足げに頷いた。
「それで、そちらの子を預かって欲しいとのことですかな?」
「ああ、はい。名前はマフと言いまして。温厚な子なんです。しばらく滞在中に預かってもらえないかと」
なにぶんまだこの街に来たばかりで、街の周囲の地形や安全な場所・危険な場所、人通りが多い場所といった土地勘がない。
それがわかれば放し飼いしてもいいし、どこか拠点を確保できるなら番犬のように敷地内で飼うこともできるだろう。
だが当分はできそうにないので、目の届くところに置いて、間違って冒険者や警備兵に退治されないようにしたかった。
オルランド氏はマフを恐れず、その毛皮を撫でる。
「なるほど、たしかに大人しい子ですな!」
マフはそれに対し、黙って撫でさせていた。
マフも別段嫌がってはいないようだ。
元々のんびり屋だし、檻の中でも餌がもらえるなら喜んで食っちゃ寝していることだろう。
オルランド氏は檻の中でお客さんに見られることと餌代を払うことを条件に、マフを預かってくれると快諾してくれた。
「夜のショーにも出てくれるなら、無料で預かっても良いですぞ」
「……うーん、マフが慣れてきてから考えましょう」
俺はそう言ってマフを撫でると、まるでそれに答えるかのようにマフは「ゴガァア」と鳴いた。
「よーし良い子だ。……はっ!?」
俺はとあることに気付き、声をあげる。
「……もしショーに出て、マフが大スターになってしまったらどうしよう……俺はマフの幸せを考えるならどうしたらいいんだ……!?」
「……エディンさん、意外と親バカなんですね」
一人悩む俺に向かって、ユアルは呆れた顔でそう言った。
* * *
俺とユアルはマフを預けたあと、街の中心部へと向かった。
「それにしてもマフちゃん、わたしたちよりも先にお仕事が決まっちゃいましたね」
「ああ、違いない。先を越されたな」
ユアルの言葉に、冗談めかして俺はそう返した。
うかうかしていたら、マフに養ってもらうことになるかもしれない。
「……これは俺たちもマフに負けないよう、早く仕事を探さなきゃな。冒険者ギルドで何か仕事がないか聞いてみよう。下水掃除でもあればいいんだが」
俺の言葉にユアルは片眉をひそめて怪訝そうな顔をする。
「……下水掃除、好きなんですか?」
「まさか。でも”ドラゴンを討伐しろ!”なんて仕事よりはよっぽど気楽でいい。もしかすると領主様直々に下水掃除員としてヘッドハンティングされるかもしれないぞ。そうすればずっと下水にいるだけで食えなくなることもない。将来安泰だ」
俺の言葉にユアルはクスクスと笑う。
……半分本気なんだがな。
何せ帝国の騎士でいて良かったことといえば、「安定した収入がある」ことだったし。
ユアルはそんな俺の背中に優しく手を当てた。
「エディンさんはすごい人なんですから、とびっきり高く売り込みましょう!」
「ははは、そりゃいい。伝説の下水業者、目指しちゃうか」
俺たちはそんな冗談を言い合いながら、冒険者ギルドの前に辿り着く。
それはちょっとした酒場よりも立派な、二階建ての建物だった。
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