第13話 入国審査
そうして俺たちがレギン王国の商業都市・リューセンにやってきたのは昼過ぎのことだった。
リューセンは交易をメインにして栄えた商業都市で、各地から物が集まる川辺の街だ。
商人や旅人が多く、当然俺たちも問題なく門を入れてもらえて――。
「逆に聞くが、どうして素通りできると思ったんだ」
「ですよねぇ……」
俺たちは門を守護する警備兵に止められ、詰め所で取り調べを受けていた。
「で、お前らは何もんだ? この街へはなぜ来た? あの魔物はなんだ?」
机を挟んで座った兵士は矢継ぎ早に質問しながら、詰め所の前に待機させてあるマフを見る。
ソードタイガーは全長大人の背丈二人分にもなる外見が凶暴な魔物だ。
習性は猫に近く、その中ではマフは大人しい性格なので人を襲うことはない。
……とはいえ、それは多くの人にとっては恐ろしく見えることだろう。
そんな魔物を連れているのだから、怪しく思われても仕方ない。
それをわかりつつもマフと一緒に通ろうと思ったのは、間違って冒険者などに討伐されたりしないようにと危惧してのことだった。
まあマフを街の中に入れられないようなら、帝国のときと同じようにひっそりと街の外に隠れていてもらうことにしよう。
俺はそう考えながら、兵士の質問に受け答えをした。
「俺たちはカルティアから来た旅人だ。デオルキス帝国の」
「帝国の首都から? へぇ、そんなところからわざわざ」
兵士は驚いた表情を浮かべる。
迂回すれば馬でも一週間はかかる距離だ。
俺は兵士の言葉に相槌を打ちつつ言葉を続ける。
「帝国は最近国王が死んで今の女王に代替わりしてからというものの、どうにも生きづらくってね。それでアイツと一緒に出て来たってわけさ」
そう言って俺は外で待つマフを指さす。
「兄さんも乗ってみるかい? 楽しいぞ。ああ見えて大人しいんだ」
俺の言葉に、兵士はギョッと見開いた。
「い、いや、遠慮しておく。触り心地はたしかに良さそうだが、な。……噂ではたしかに帝国は娯楽の規制が強化されていると聞いたな。お前たちは旅芸人か何かか?」
お、なるほど。
その案に乗っかってみるか。
「さすが兄さん、多くの旅人を見てるだけあるねぇ。お察しの通り俺らは芸人さ。”旅”芸人になったのは帝国を出てからだけどね」
そう言って懐の荷物を出して、机の上に並べた。
携帯食や煙玉、キャンプセットなどの旅芸人として持ってておかしくないものが並ぶ。
「あとこれ拾いものなんだが、こいつはここに預けてもいいもんかい? 来る途中に落ちてたんだが、どうやら冒険者の物らしい」
そう言って別にしていた麻袋の中身を取り出し、冒険者の記章を取り出す。
何か突っ込んだ質問をされる前に話題を変え、ゴブリンたちから預かったものを兵士へと見せた。
思惑通り彼は興味をそちらに移して、中身を検分する。
「ふむ……。記章は登録番号が振られているからな。これなら冒険者ギルドに直接持っていってもらった方がありがたい」
なるほど、記章は持ち主がわかるようになっているのか。
記章を使って冒険者を騙ろうものなら、登録番号を照会されて犯罪者扱いされるところだ。
兵士は一通り中身をチェックし終えると、荷物を俺に返した。
「さて、旅芸人というならしばらくここに住むのか? 何か知り合いや働くあてはあるか?」
兵士は俺の目を見てそう尋ねた。
嘘を見抜いてやろうというその眼光に疑われないよう、俺は正直に首を横に振る。
「いいや、正直言って伝手はない。ただ少しばかり滞在費はあるから、その間に仕事を探すさ。雑用かなんかは探せばあるだろう」
普段忙しくてあまり金を使う暇もなかったものだから、俺の財布には一週間ほど宿を借りるぐらいの金はあった。
兵士は俺の言葉に目を閉じ、考えるように何度か頷く。
「……わかった。食うのに困ったら冒険者ギルドへ行けば何かの仕事は斡旋してくれるだろうから、間違っても盗みや強盗なんてするなよ」
どうやら納得してくれたようだ。
この街は交易都市なので人通りも多い。
そこまで俺たちみたいなやつらに時間を使ってもいられないのだろう。
兵士は立ち上がると、壁にかけていたロープを取って机に置く。
「あとはあの魔物を街中に入れるというなら、必ず首輪を付けて引っ張ること。これが最低限の条件だ。無闇に大通りに連れ出したりするなよ」
そう言ったあと、彼は少し考えてから言葉を続けた。
「……とはいえ街の中でその大きさの獣を飼うのは難しいだろう。だから街の東側にある魔物園――他の街で言うところの見世物小屋だな。そこに行ってみるといい。良くしてくれるはずだ」
「へえ、見世物小屋。そんなものがあるのか」
俺の言葉に、彼は頷く。
「ああ。そこの支配人は……いや、詳しくは行ってみるといい。きっと驚くぞ」
彼はそう言うと、イタズラを仕掛けた子供のような笑みを浮かべた。
よくわからないが、悪い奴ではなさそうだし信じてみよう。
「ありがとう。あとで行ってみるよ。……街へ入れてもらえなかったらどうしたものかと思った」
俺の言葉に、兵士はおどけたように笑った。
「街の外に放し飼いでもされようものなら、そっちの方が恐ろしいしな。ならきちんと管理してもらった方がまだマシだ。街のみんなもいろいろあって魔物には慣れている。……ただし、人を襲ったら容赦しないから、それは肝に銘じておけよ」
釘を刺す彼の言葉に俺は頷く。
どうやらこの街は、帝国よりも魔物に寛容らしい。
あと娯楽に対してもだ。
旅芸人と言ってみたことが、良い方向に働いたのかもしれない。
みんな娯楽に飢えているのだろう。
ロープを受け取ろうとすると、兵士は笑顔で俺の手をそっと掴む。
「おっと、そいつの代金は銀貨一枚だ」
「……金を取るのかい」
「金がないってんなら話は別だが、少しはあるんだろ? それにお前ならきっとこの街でも稼いでいけるさ。要領が良さそうなのは、話していればわかる。お前は交渉事が得意だろう?」
「どうだかね。才能はないと思うけど。まあ褒め言葉として受け取っておくよ」
俺はそう言って懐から銀貨を一枚出すと、情報料込みで彼に渡した。
ロープの値段としてはやや高いが、しばらくはこの街にいるだろうし敵を作らないに越したことはない。
「毎度あり。……良い滞在を!」
笑顔の彼に手を振りつつ、俺たちは商業都市リューセンへと入る。
「……エディンさん、あんなにペラペラ嘘がつけるなんてすごいですね。詐欺師になれそう」
「そんな才能はいらないよ」
褒めてるんだか貶してるんだかわからないユアルの言葉にため息をつきつつ、俺たちは門を後にするのだった。
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