第12話 廃屋にて
ゴブリンの集落のさらに奥、朽ち果てた狩猟小屋に案内されたときにはもう既に日も沈んで真っ暗になっていた。
このまま夜の中無理矢理森を抜けてレギン王国を目指すよりは、一泊して朝出発した方が早く着くだろう。
ゴブリンの集落からも離れているし、病気がうつることもないとは思う。
「こんなところでしょうか」
ホコリだらけで荒れ果てていた小屋の中、今にも千切れそうなうち捨てられたボロ布を雑巾代わりに、川から汲んできた水を使って水拭きしていたユアル。
俺たち二人は手分けしながら今晩の宿となる小屋を掃除していた。
「ああ。古くはあるが、案外きちんとした場所だな。隙間風もない」
洞窟で寝るよりも何倍もいい。
俺は草を集めた即席のベッドを作りながら、小屋の中に寝転がった。
部屋の隅にまとめられた旅人たちの遺品と思われるものを見つけ、すぐに起き上がる。
「持っていけるものは持っていこう」
ゴブリンたちが言った通り使えるものがあったら使ってもいいし、できるなら死者の家族に遺品の一つでも渡してやりたいところだ。
大きな盾だの、明らかに廃品であろう馬車の車輪だのはよけて、アクセサリーなどをメインに麻袋に詰めていく。
「おお……これは」
ガラクタの中から、一本のロングソードを取り出す。
飾り気のない鞘を抜くと、真っ直ぐなサビ一つない刀身が姿を見せた。
柄に装飾はあるが過度な飾りもない。
「良い剣だ」
俺が剣を見てそう感想を漏らすと、興味深そうにユアルが剣の刃を覗き込む。
「すごい剣なんですか?」
「さあてどうだか。俺に目利きの才能はない」
目利き以外の才能もないが、それは忘れておこう。
俺は刀を鞘にしまいつつ、自身の腰へと差す。
「面白みのない剣だ。まるで俺のように地味で、親しみが湧くな……」
「そんなことないと思いますけど……」
俺の言葉に彼女はそう言って口を尖らせた。
俺を気遣ってくれているらしい。
「なに、本当のことさ。剣も得意でなければ魔法も不得意。それでいて変に器用だから、雑用ばかり押し付けられる。着いたあだ名が”雑用騎士”に”無能のエディン”」
自嘲混じりの俺の言葉に、ユアルは眉をひそめる。
「違います。きっとエディンさんが何でもできるから、頼りにされてるんですよ」
「はは、そうだといいんだが。ただ便利に使われてただけかもしれない」
「……それなら!」
ユアルが俺の手を取り、両手で握りしめた。
「それなら、わたしがエディンさんのことを守ります! 変な仕事を押し付けられないよう、わたしが断ります! エディンさんを本当に必要にしてくれる人の話だけ通すようにします!」
ユアルは俺の目をまっすぐに見つめてそう言った。
だが言っているうちに恥ずかしくなったのか、どんどん語気が弱くなる。
「だから、その……わたしが……なんていうか……」
「……ああ。そう言ってくれるのは嬉しいよ。ありがとう」
俺が礼を言うと、彼女はゆっくりと手を離した。
「……お父さん、ずっと働きづめだったから……そうならないように、って」
ユアルはそう言って、目を伏せた。
辛いことを思い出させてしまったのかもしれない。
俺は話題を変えようと、他の物品に目を向ける。
「おっと、これはなんだ……?」
ガラクタや何やらの奥にあったのは、丸い金属製のプレートだった。
コイン……にしては少し大きい。
刻印されているのは剣に翼が生えたマーク。
アクセサリーとも思えないが、鎧か何かから外れた飾り部品とかだろうか。
俺が首を傾げていると、ユアルが声をあげる。
「それはたしか……レギン王国の冒険者組合の記章ですね。ずっと前に旅の冒険者さんに見せてもらったやつが似たような形をしてた……かも?」
「ああ、なるほど。たしかにそれならここにあってもおかしくないか」
レギンの冒険者が何かの依頼でこの魔物の領域まで来て、そのまま帰らぬ人に……と。
なら故郷に帰してやるのが人の情というものだろう。
「丁度レギンへ行くんだ。うちへ帰してやろう」
俺の言葉にユアルは頷く。
俺たちは二人で物品を整理して朝の出発に備えた。
明らかなガラクタや大きな物以外を整理して、まとめていく。
ユアルをレギンに送り届ける以外に、一つ仕事が増えたな。
それが終わると、俺とユアルはお手製のベッドにそれぞれ横になった。
もちろん俺は紳士なので、彼女の寝床とは離れて寝る。
……とりあえずユアルをレギンに連れて行き、仕事の一つでも見付けてやれば俺の仕事は終わりだろう。
それからは根無し草の旅人にでもなるか、それとも――。
騎士として生きてきたこれまでの人生を思い出しつつ、俺はレギンの冒険者記章を眺めていた。
* * *
「こっち、まっすぐ。あんぜん」
「ありがとう、ばいばい。うんこのにんげん」
「お前、”うんこのにんげん”は罵倒だぞ……!」
ゴブリンの子供たちに見送られながら、俺とユアル、そしてマフの二人と一匹は集落を後にした。
彼らに聞いたところ、ゴブリンの集落には今朝から活気が戻ってきたとのこと。
とはいえ、トイレを作ったからといって一晩で病気がよくなるわけでもない。
だがきっと、流行り病そのものよりも「いつ自分が病にかかり死ぬかもしれない」という不安があの集落に蔓延しており、それが払拭されたということなのだろう。
「エディンさんはゴブリン村を救った英雄ですね!」
マフの背中に乗って俺にしがみつきつつ、ユアルは笑ってそう言った。
俺は苦笑しつつ、それに答える。
「――ただの雑用だよ。誰にでもできることさ」
そう言いながら森の獣道を抜けて、街道に出る。
そこはもう、レギン王国の領土の中だった。
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