第11話 癒やしの手
俺は村に便所を作ったあと、うんこについて伝えるべく長老のもとへと戻ってきた。
するとそこでは、長老の手を握るユアルの姿があった。
「ユアル、何してるんだ?」
「あ、エディンさん」
ユアルが振り返ると同時に、長老が上半身を起こした。
「体が暖かい……力が溢れるようだ……」
長老は握った手を差し出して、そう言った。
……いやいやいや。
「力が溢れるどころか口調まで変わってるぞ」
「そうか? わからぬが……この娘は不思議な力を持っているのかもしれぬ」
なにが「しれぬ」だよ。
どうしてカタコトゴブリンから村の知恵物の長老口調にランクアップするんだよ。
「ユアル、何かしたのか」
「い、いえ、わたしもよくわからないんですけど……長老さんが辛そうだったので、なんとなく”がんばれー”ってやってみたらできたっていうか……」
「……回復魔法か?」
上級魔法の中には、怪我を治したり解毒を行うような回復魔法もある。
病気を治せたかどうかは知らないが……もしかするとユアルは似たような魔法を使っているのかもしれない。
「もしかしてユアル、回復魔法の才能があるんじゃないか? 神殿の適正検査は受けたことあるか?」
「てきせい?」
ユアルは首を傾げる。
……まあ普通は受けたことがなくて当たり前だ。
王都の神殿では多額の寄付をすることで、神からの贈り物……と信徒が言い張っている、本人の持つスキルの適性検査を行うことができる。
たとえば炎魔法が得意なら、誰かに習わなくても自然とできたりするわけだ。
逆に言えば適正検査なんぞ受けなくても普通は自分が何が得意なのかはわかってくるものなので、庶民は特に受けないことも多い。
俺の場合は騎士になる際の義務なこともあって、神殿の適正検査を受けた。
結果は「んー? これは……適正がない……? あれ? 何も得意じゃないってこと? ウケる」と神官のお姉さんに言われて、愕然としたものだ。
それ以来俺は「どうせ努力しても仕方ないんだし、適当でいいや適当で」と波風立てないように生き続けてきた。
どうも姫様はそんな俺の態度が気に食わなかったようだが……。
俺の昔話はさておき、ユアルはそのように回復魔法の才能があるのかもしれない。
俺がそんなことを考えていると、ゴブリンの長老はこちらに視線を向けて口を開いた。
「客人よ。癒やしの力とお見受けする。誠に感謝いたす」
「い、いやぁそんなつもりはなかったんだが……っていうか本当に誰だよあんた……。さっきまでの長老と別人だろ……」
俺は困惑しながらも、村の外れに便所を作ったことと、井戸を使わず清潔を保つよう伝えた。
俺の説明に何度も頷きつつ、長老は頭を下げる。
「なるほど。さすが旅の者。深い見識をお持ちだ。村の者たちには私からも指示しておこう」
「は、はあ……」
しっかりとした長老の受け答えに気圧され、俺はそう答える。
……まあ結果として内容が伝わったならそれでいいだろう。
「それじゃあ俺たちはこれで……」
「待たれよ」
小屋を出ようとする俺に、長老が声をかけた。
「もう日も沈んでしまった。村の西に、使っていない人間が作った狩猟小屋がある。そこで夜を過ごしたらどうか。我々には使い勝手が悪く、あまり使っていないので朽ちてもいないはずだが」
長老の提案に、俺は考えを巡らせた。
使っていない場所というなら、ゴブリンたちから病がうつることもないだろう。
何より日は既に沈んでおり、この夜道を歩いて渓谷の洞窟まで戻るのもまた危険だ。
……ここはゴブリンたちを信じてみることにしよう。
「わかった。じゃあそこを使わせてもらおうかな」
俺の言葉に長老は頷く。
「バズ! ガッガ! 客人を案内しなさい」
長老がそう声をあげると、外で待機していた二人のゴブリンが返事をした。
長老は俺に視線を戻すと、言葉を続ける。
「そうだ。何も礼ができないが、狩猟小屋には人間の残していった物の中で我々には手に余るものを保管してある。我々には使い道がないものだ。好きに持っていって欲しい」
「人間の残していった物? ……殺して奪った物とかじゃあないだろうな」
ゴブリンと人間は敵対しているので、殺したり奪ったりすることにとやかく言う義理はない。
だが人から奪った物を俺が持ち帰ると、最悪俺が強奪したと思われかねない。
しかし長老は首を横に振ってそれを否定した。
「少なくともここ数年、人から奪った物はない。勝手に死んでいくからな。我々はそれを拾い、利用している」
どうやらゴブリンたちは森や渓谷に入る人間たちから、死体漁りをしているらしい。
長老は言葉を続ける。
「このあたりは他の凶暴な魔物も多いし、道は険しく、安全に通れるような道も少ない。渓谷から滑落したのであろう馬車や人間もしばしば見かける」
帝国からレギン王国へと向かうなら、普通はこんな危険な道を通らずもっと遠回りする。
……とはいえ、それだと一週間はかかってしまうのだが。
長老は眉間にしわを寄せながら、続きを語った。
「だが人間の死体を放置してアンデッドになられても困る。なので見付け次第丁重に埋葬しているのだ。我々の村の弔い方ではあるから、人に合うかはわからぬがな。そうして埋葬する対価として、遺品をもらうことにしている」
なるほど。
ゴブリンと言えど生者である以上、アンデッドは厄介な存在だ。
人間の死体が勝手に動き出されても迷惑ということだろう。
死んだ者にとっても、アンデッドとして永遠に彷徨うよりはゴブリンたちに弔われた方が嬉しいんじゃないだろうか。
俺は長老の言葉に頷いた。
「――わかった。じゃあ俺がその遺品を街まで届けるよ」
「そうか。それらを貴殿がどう使うかまでは我々は関与しない」
長老はそう言って、改めて頭を下げ感謝を述べてくれた。
……べつに流行り病が治まったわけでもないし、まだ感謝される筋合いはないのだが。
俺は長老に手を振りつつ、村の外で待っていたマフを連れて狩猟小屋へと案内されるのだった。
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