第7話 その頃の暴君姫

「何をやっているの!?」


 姫の怒声が響き渡る。

 デオルキス帝国の首都カルティア。

 その玉座に座るまだ十八の若き女王は、騎士団長に向けて手元の杖を投げつけた。


「はっ、面目ありません……」


 騎士団長は苦虫を噛み潰したような顔でそう答える。

 一方で怒りを露わにするキャリーナ姫は、立ち上がって再び声をあげる。


「騎士団総出で罪人一人捕まえられないなんて、それでも帝国騎士団なの!?」


「姫様、二人でございますよ」


「黙りなさい!」


 後ろに控えていた気弱そうな初老の大臣を姫は怒鳴り付けた。

 姫は乱暴に座り直すと、騎士団長を睨み付ける。


「それで、どうして捕まえられないの。まさかエディンが幽霊のように消えてしまったとでも言うんじゃないでしょうね。いくら存在感が薄い男だからって、そんな冗談は通じないわよ」


「は。それが、その……」


 姫の言葉に騎士団長は言い淀む。

 彼は言いにくそうにしながらも、少しずつ事情の説明を始めた。


「まだ追跡隊の編成が終わっておらず……」


「あなたの首の上に付いているものは飾り? まともに考えることもできないなら、切り離してボールにでもしたらいいんじゃないかしら」


 罵倒に怯む騎士団長のことなどお構いなしに、姫は言葉を続ける。



「隊の編成なんてどうでもいいのよ、そこらへんの暇なヤツ捕まえてすぐに向かわせたらいいでしょ」


「……それが今日は南部の国境線守備隊の任の入れ替えがありまして……また西部では野盗が活発化しており、今朝討伐隊が出たばかりで……かといって各地の諸侯に対しても防備を手薄にして隙を見せるわけにも……」


「だから人手不足、と?」


「……そうです」


「それを何とかするのがあなたの仕事でしょ! 優に五百は超えるこの騎士団のうち、数人すら動かせないの!?」


 姫の言葉に、騎士団長は口を閉じる。

 姫は苛立ちを隠さぬまま、言葉を続けた。


「それにしたって編成に時間がかかりすぎよ! もし敵国が攻めて来ていたらどうするの!? 人手不足なんです、って言いながら白旗でも振る気!? なら明日から騎士団に支給する武器は白い布と木の棒だけでいいわね!」


 姫の言葉に、騎士団長は頭を下げる。


「すみません、なにぶん普段任務の割り振りを把握している担当者がおらず……」


「担当者? 誰よそいつ! こんなときに何をしてるの!? ここに連れてきなさい!」


 騎士団長は姫の言葉に「しまった」という顔をして口元を押さえる。

 その様子を見て、姫は眉をひそめた。


「……まさか」


「はい、その……エディンです。騎士たちはみなが……エディンを除き、各々の道のプロです。ですから得意不得意がある。それらを全て把握するのは困難なので……雑用のエディンにやらせておりました」


 姫は騎士団長の言葉を聞き、頭を押さえる。


「……呆れた。あんな雑用の手を借りなきゃまともに動けない騎士団なんて、国中の笑い者になれるわ」


 姫はバカにするようにため息を履き、親指の爪を噛んだ。

 騎士団長はそれが、彼女が怒りを抑えているときの仕草であることを知っている。


「とにかく。誰を使ってもいいから、すぐにエディンの追跡隊を編成しなさい」


「は、はい。もちろん今進めております。三日もあれば野盗の討伐隊も帰還するのですぐにでも……」


「三日!? 三日もあればエディンは地の果てにだって逃げおおせるでしょうね! あなたの時間感覚はエルフ並にのんびりなのかしら!?」


 姫は侮蔑の表情を向けながら、騎士団長へと命令した。


「もういいわ! 私が指示するから、分隊長たちみんなここに連れてきなさい! それすらできないっていうなら、代わりに騎士団長の後任者を連れてくるといいわ。新しい騎士団長がどんな采配をしてくれるか今から楽しみよ」


 姫は暗に「命令を実行できないならお前はクビだ」と告げる。

 それを聞いて騎士団長は顔をしかめた。


「わ、わかりました。何とかします。……ところで」


 そして今度は彼が姫に対して聞き返す。


「エディンはどのような状態で連れてくれば良いのですかな?」


 騎士団長の言葉に姫は目を細めた。

 つまりその質問は、「エディンを殺していいのか」という問いだ。

 当然、生け捕りの方が難易度は格段に上がる。


 姫と雑用という身分差があれど、幼少からともに過ごしていた二人に対して、騎士団長なりに気を利かせたつもりであろうその質問。

 姫はそれに、目を閉じて答える。


「もちろん、死体で構わないわ」


「……御意に」


 帝国の法律で反逆者は死罪である。

 騎士団長はそれを聞いて、その場を後にしようと姫に背中を向けた。


「――でも」


 姫の声がその歩みを引き留める。

 騎士団長は振り返らず、姫の言葉を待った。


「もしも生きて捕らえられるなら、もっと良いわ。わたしの前にひざまずかせて、足でも舐めさせながら命乞いさせないと気が済まないもの」


「……わかりました」


 騎士団長はそう答えつつ、そのまま歩き始める。

 内心「歪んでいるな」と思いながらも、それを姫に伝えることはなく部下たちを呼びにいくのだった。

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