第5話 騎士の友達

「さあこっちに来てくれ。……ユアル、何を見ても驚かないでくれよ」


 森の奥に案内したのは、何も隠れ潜む為ではない。

 逃走には足が必要だった。

 そうでなければいくら逃げたところですぐに追いつかれてしまう。

 だがわざわざ街に戻って馬を盗むわけにもいかない。


 というわけでやって来たのが、街外れのこの森だった。

 俺が獣道をかきわけて森の中を進んでいると――突然、目の前に巨大な獣が現れる。


「――グゥオォオ!」


 それは白色の巨大な虎だった。

 大人の頭ぐらいなら一かじりにできそうなほどに大きな虎が、俺に向かって飛びかかってくる。

 俺はそれを避けることもできず、そのまま後ろへと押し倒された。


「エ、エディンさん!?」


 ユアルが俺の方へと駆け寄る。


「……やめろ! この……やめないか!」


 俺は必死で虎を体の上からどかそうとするが、全力でのしかかってくるその巨体を簡単にどかすことはできない。


「こら、おい……マフ! わかったから、やめろ! あとで撫でてやるから、どきなさい!」


 虎は俺の上にまたがったまま、べろべろと舌で顔を舐めてくる。

 舌がおろし金のようにざらざらしており肌が痛い。


「こら! 重い! どけ! どけって!」


 ひとしきり舐めて満足したのか、力が緩まったのでなんとか引き剥がす。

 それでもそれは邪険にされたと思っていないのか、ゴロゴロと喉を鳴らしながら顔を俺の胸にすり寄せてきた。

 ……死ぬかと思った。

 俺は息を整えつつ、ユアルの方へと向き直る。


「はー、はー……。ユアル、紹介しよう。こいつは自分のことを猫だと思い込んでるソードタイガーのマフだ。これからこいつの背中に乗せてもらう」


 俺は自分より大きな体の魔物にじゃれつかれたまま、そう紹介した。

 ユアルは俺とマフの方を交互に見つつ、心配そうな表情で口を開く。


「は、はぁ。……その、大丈夫ですか?」


「ああ、問題ない」


 少し体が涎臭くなっただけだ。いつものことである。

 俺はマフの頭をぽんぽんと軽くはたきつつ、説明を続けた。


「こいつは俺以外のやつには懐かないが、俺の言うことであればなんでも聞くから安心してくれ。……おいやめろ! 俺の肩を噛もうとするな! 痛っ! お前の甘噛みは致命傷になるんだって!」


「……言うこと聞いてませんけど」


「大丈夫だ、甘えてるだけだから……たぶん。怖がる必要はない」


 マフは小さいころから俺が育てたので、人を襲うような凶暴さはないし賢い子だ。

 だが他人には懐かないので、ユアルをその背中に乗せてくれるかはわからない。

 もし嫌がったらどうしようかな……と考えていると、ユアルがその手をマフの口元へと向けた。


「……どうも、マフちゃん。よろしくお願いします」


 ユアンの言葉に、マフは人語を理解したかのようにその手を舐めた。

 親愛の証だろうか、べろべろとユアルの手を舐めるマフ。それはまるで握手のようだった。


「どうやらユアルのこと、気に入ってくれたみたいだな」


 マフはしばらくユアルの手を舐めたのち、自らその背中を向けてくれる。

 直感か何かで俺たちの意図まで察してくれたらしい。

 本当に賢い子で助かる。


「よーし良い子だ。大人しくしてろよ……。良い子だねぇー」


 俺は猫撫で声でマフの喉を撫で回しつつ、その背中にまたがる。

 マフは気持ち良さそうに目を瞑って身を任せていた。


「よし、俺に掴まって後ろに乗るんだユアル」


「は、はい!」


 ユアルは俺の腹に腕を回して、二人でマフの背中に乗り込む。

 マフの首元を軽く叩いて、南の方に向かって指差した。


「あっちだマフ。……久しぶりに全力で走っていいぞ!」


「……グォオオーッ!」


 マフは喜ぶように一つ声をあげてから、勢いよく駆けだした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る