第4話 元雑用騎士と画家の娘
「あ、あのっ、なんて言ったらいいのか……その……ありがとうございます」
川に繋がる下水の出口から出た俺たちはそのまま地上へと顔を出した。
暗闇の下水からいきなり日の下へと出たことで目が痛かったが、しばらくして太陽の光に目が慣れたところで少女に話しかけられた。
俺は礼を言った彼女の言葉に、首を横に振って答える。
「……いや、すまなかった。お父さんを助けられなくて。もう少し早く駆けつけられたら、止められていたかもしれない」
人混みをかきわけて止めに入るには、あと十秒足りなかった。
謝罪する俺に、彼女は大げさに首を横に振って否定する。
「いいえ! そんなこと……そんなことないです。謝らないでください。きっとわたしが今ここにいるのは、父とあなたがいてくれたおかげなんです」
少女は俺の手をとって、祈るようにそう言った。
父を亡くしたばかりの彼女は辛いだろうに、俺なんかの為に気を遣ってくれるだなんて。
俺はその心遣いに答えるべく、頷いてみせる。
「わかった。……辛いかもしれないけど、先を急ごう。俺たちはこの国に追われる身になってしまったからね」
そう言うと、彼女もまたコクンと頷いた。
あまりの素直さに、同じ年頃なはずのわがまま姫の顔が脳裏をよぎった。
「……聞き分けが良くて助かるよ。よほどお父上の教育が良かったんだろう」
「そ、そんなことないです……」
彼女は照れるように謙遜した。
俺は彼女の手を引いて、森の中へ向かって歩きだす。
「……わたしは父と母に拾われて育てられたんです。母は早くに亡くなってしまったけれど、ずっと父が育ててくれて……」
どうやら複雑な家庭で育ったらしい。
さきほど助けられなかった彼女の父親のことを思い出す。
「そういえば、キミのお父さんは画家だったのかい?」
中庭で聞いた話によれば、劇場の絵を描いたのが彼女の父親という話だった。
俺の質問に、少女は頷く。
「はい。どうにか仕事を得る為にいろんな画法を試していて……でも最近は娯楽の規制が激しくて」
「……先王が亡くなってから、姫が実権を握るようになってしまってなぁ。あの子は潔癖だから」
元々王宮に出入りする貴族たちの品性がよろしくなかったり、政略結婚の為の道具として扱われそうになっていたせいで、姫の性格はあんな風になってしまった。
彼女はとにかく清く潔白なことが正しく、自分を正義の使徒だと本気で信じている。
だから自分が正しくないと思ったことを前にすると、悪魔よりも残酷になれてしまうのだ。
「お父さんの絵は素晴らしかったよ。……その、俺は芸術に詳しくないので、上手く褒めることができないのだけど……」
俺の言葉に、少女はクスリと笑った。
「『えっちだ……』ですよね」
「ああっ!? あのときの言葉、聞いてたのかいっ!?」
あの夜、劇場の前で思わず呟いてしまった言葉を聞かれていたらしい。
少女は笑いながら言葉を続ける。
「はい。父さんは『より多くの人々の感情を揺り動かすものこそが素晴らしい芸術だ』と言ってましたから、きっと喜ぶと思います」
「は、はは……そう言ってくれると助かるよ」
「『えっちだ……』。とてもいい言葉だと思いますよ。お兄さんの感情が溢れてて」
「そこをそんなに褒められても……困るな」
「『えっちだ……』わたしも今日から使っていこうかな」
「……ははーん、さては俺をからかってるなキミ」
俺の言葉に、彼女はクスクスと笑う。
……まだ内心では父を亡くした傷は癒えていないだろうに、場を和ませようとしてくれているのかもしれない。
俺は目的地までの道を先導しながら、彼女に尋ねた。
「そういえばいつまでも”キミ”というわけにもいかないな。俺はエディン。さっきまで騎士の端くれをやってたんだが、見ての通り今は無職だ。キミの名前は?」
俺の質問に彼女は答える。
「わたしはユアルと言います。よろしくお願いします、エディンお兄さん」
彼女の言葉に「ああ、よろしく」と返しつつ、俺は内心「おじさんと呼ばれなくてよかった……」と思いながら歩みを進めるのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます