第3話 わがまま姫と決別を

「あなたたち何してるの!? はやくこの恩知らずな反逆者を捕らえなさい!」


 姫の言葉に周囲の騎士たちが顔を見合わせる。

 どうやら団員たちも、姫はやり過ぎだと思っているらしい。

 とはいえ、騎士なのでそれに逆らうこともできないのだろう。


 ――反逆者、か。

 父さんは先王に恩があるとも言っていたし、俺だってできれば姫様を、そしてこの国を良き方向に導きたかったものだ。

 幼い頃からこき使われたが、姫とのいい思い出も……思い出……何か……えっと……いやないな……。

 城を抜け出す手伝いをさせられ責任を押し付けられたり……魔物の巣に放り込まれたり……うん……まあ……過去のことを考えるのはよそう。


 とにかく、もうこの国に俺の居場所はないということだろう。

 丁度良い機会だ。

 特に名残惜しさも感じないし、騎士団の連中も俺なんかいない方が清々するはずだ。


 俺は自身の剣を中庭の地面に突き立てる。

 それを見て、姫は片眉をひそめていぶかしげな顔をした。

 俺は笑みを浮かべたまま、姫に向かって口を開く。


「この剣を返上します」


「……あなた、その行為の意味をわかって言ってる?」


「もちろん」


 騎士はその剣を王に捧げ忠誠を誓う。

 つまり剣を返すということは、騎士をやめ忠誠を取り消すということだ。

 姫はその顔に怒りの形相を浮かべた。


「ふざけないで! あなたみたいな雑用の木っ端騎士が、そんなことする権利があると思ってるの!? あなたはいつも通り、わたしの言うことを聞いておけばいいのよ!」


「と言われましても、今しがた姫様に言われたことなので。俺は反逆者らしいから、このまま騎士ではいられないでしょう」


 肩をすくめる俺に、姫は怒りにぷるぷると肩をふるわせた。

 姫にとって、自分の思い通りにならないことはあってはいけないのだろう。

 ――だが、だからこそ言っておかなくては。


「俺は姫様、あなたと――そしてこの国から、縁を切らせていただきます」


「そんな……! 今まで一度だってわたしに逆らわなかったくせに……! エディンのくせに……!」


 大方わがままな姫なことだから、殺すと脅せばまた俺のことを奴隷のように従わせられるとでも思ったのだろう。

 幼いころから面倒を見てきたのだから、考えていることはだいたいわかる。

 だから俺が本気であることを見せて、自分の言葉に責任をとってもらわなくては。

 ……なんだかんだ言いつつ、俺はまだこの姫様に改心してもらって立派な女王として国を治めて欲しいと思っているようだった。


「――もういい! こんなやついらない! あなたたち何してるの! 早く捕まえて!」


 だが俺の思いも叶わず、姫はそういってわめき立てる。

 少し迷いつつも、騎士団の者たちは剣を抜き始めた。

 女王の命令は絶対だ。

 いくら己の良心から迷いが生じたところで、しばらくすれば騎士たちは俺を捕らえようとするだろう。

 それぐらいは少女を助けた時点で、覚悟の上だ。


 ……とはいっても、このまま殺されるつもりはない。


「さて、それじゃあ雑用係としての最後のお仕事でもしますか」


 俺は騎士団の備品として購入した物資の入った麻袋から、いくつかの手のひらサイズの黒い球を取り出す。


「こちらお届けの品でーす」


 そう言いながら、黒い球を頭上に放り投げた。

 空中に投げられた五つの黒い球は、周囲の者たちの視線を集める。

 騎士団長が声をあげた。


「――煙玉だ!」


 正解。

 サーベルウルフの糞を主原料に作られた煙玉。

 俺は初級の魔法を詠唱した。


「――小火花リトルスパーク!」


 ほぼ無詠唱で使える炎の初級魔法。

 魔術の才能が無い俺に使えるのは初級魔法だけだが、煙玉を炸裂させるのはその程度の火で十分なのだ。

 一つで周囲数メートルを瞬時に覆う煙が吹き出す煙幕を、五個同時に炸裂させる。

 

 俺が指を鳴らすと同時に火花が散り、空中の煙玉に引火した。

 途端、中庭全体に灰色の煙が溢れていく。


「な、なによこれ……! 逃げる気!? エディンを逃がさないで! 逃がしたら許さないわよ!」


 姫の怒号が響き渡る。

 ……とはいえ、俺の予想では騎士団長は姫の言うことを鵜呑みにはしないはずだ。


「――ま、待て! 同士討ちになる! 入り口を固めろ!」


 姫と違って兵法の心得がある騎士団長なら、当然そんな指示を出すだろう。

 視界の悪い中で戦うなんて、自殺行為もいいところだ。


 俺はそれを見越して、処刑されかけていた少女を抱えながら噴水横の茂みに飛び込む。

 ここには長年中庭の掃除を命じられている雑用の俺しか知らない、下水へ繋がる抜け道があるのだった。


「少しだけ静かにしててくれよ」


 俺は抱えた少女に小さな声でそう告げると、鉄の蓋を開けて下水路へと繋がる穴へと体を滑り込ませる。

 蓋を閉じれば、その上に生えた苔によってなかなか見つかることはない。

 煙が晴れたあとで探しても、軽く三十分は見つからないだろう。

 そして三十分もあれば、街の外に逃げ出すのは簡単なことだった。


「……いやはや、つくづく俺は雑用しすぎてて自分が騎士なのか自信がなくなるね。おっと、もう元騎士なんだった」


 真っ暗闇の脇に少女を抱えながら、俺は下水掃除のときに覚えた頭の中の地図に従って外へ向かい走り出すのだった。

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