第2話 暴君姫君と反逆の騎士

「おいエディンのやつはいないのか! あの雑用はどこにいる!」


 酒の席で絡まれ、劇場の前で黒髪の少女と出会った翌日。

 俺がいつも通り朝から仕事していると、ずいぶんと遅れてやってきた騎士団長が俺を探しているのを見付けた。

 俺はタイミング良く城の雨漏り修理の為に屋根の上にいたので、一方的に騎士団長が俺を探していることに気付くことができたのだった。


 こういう場合、素直に見つかった方がいい場合とよくない場合がある。

 今回はその怒鳴り方的に後者な気がしたので、息を潜めて様子を伺うことにした。

 そこにまた別の騎士がやってきて、騎士団長へと質問する。


「どうしたんですか団長」


 すると騎士団長はそのイカつい顔をしかめてもっとイカつくして、腕を組んだ。


「あのわがまま姫がまた癇癪かんしゃくを起こしてな。またエディンのやつに子守りを任せようと思ったのだが。……先王が事故で亡くなってからというもの、姫がわがままを言うのはもう何度目だか」


「ははは。団長、あの小娘も今や女王陛下ですぞ。口に気を付けなくては」


「ああそうだったな。まったく、世も末だ」


 わがまま姫。

 先日この国の王位に就いた、キャリーナ・エルワルド女王陛下のことだ。

 昔からわがまま姫として知られており、俺は十五で騎士になって早々まだ八つかそこらだった彼女のお守りを押し付けられた。

 いつも思いつきで行動し、気に食わないことがあったら暴れまわり、先王はそれを際限なく甘やかして、そして随分とわがままに育っていったのだった。


 もう十年もの長い付き合いになる姫が、どうやらまた何かやらかしているらしい。

 経験上、彼女に関わってロクなことにはならない。


 俺は急遽騎士団の備品購入という用事を思い出すことにして、こっそりと城から抜け出すのだった。




 しばらく街の各所に顔を出して雑用をこなし、商店に発注をかけていた備品を受け取る。

 そうして時間を潰したあと、そろそろほとぼりも冷めたかと思い城へと戻った。


 だがどうやら俺の考えは甘かったらしい。

 城の中は物々しい雰囲気が満ちており、せわしなく歩き回る兵士たちからはただならぬ雰囲気が感じられた。


 俺は一人の兵士――兵士に成り立ての、素直な若い兵士だ――に声を掛けて、備品と称して買って来た大きな麻袋の中からオレンジを取り出して渡す。


「差し入れだ。何かあったのか?」


 俺も最底辺の騎士とはいえ、一応騎士の一人だ。

 一兵卒である彼は畏まって礼をすると、すんなり答えてくれた。


「はっ、ありがとうございます……それが、急遽処刑が行われるとのことで」


「……処刑? 誰が? どこで?」


「中庭らしいのですが、詳しい事は……」


「わかった、ありがとう」


 俺は彼に礼を伝えると、足早に中庭に向かった。




 中庭へと辿り着くと、騎士団のメンバーや貴族など城の中の多くの人々が集まっていた。

 何かの事件……というよりは、見世物でも見物に来ているかのようだった。

 歩きながら周りの話し声に耳を傾ける。


「昨日劇場で姫様の機嫌を損ねたヤツが処刑されるそうだ」


「あれぐらいで本当に殺すのか?」


 どうやらただごとではないらしい。

 俺は人々の波を掻き分けて、中庭の中央を覗き込む。

 するとそこには、見知った顔があった。



「――何してるの!? 早く処刑しなさい!」


 金色の髪をたのびかせたわがまま姫、キャリーナが声をあげた。

 姫の前には、一人の中年の男と黒髪の少女がひざまずいている。

 それが処刑を言い渡された相手なのだろう。

 しかし処刑を指示された処刑人は、姫の言葉に困惑しているようだった。


「は……。しかし、その……裁判もなく……?」


 戸惑う処刑人に、姫は怒りの表情を見せた。


「わたしを誰かわかっていないの!? この国の女王よ! わたしが法律なの! 違う!?」


「は、はい……。ですが……その……」


 処刑人は捉えられた中年の男と少女をチラリと見た。


「絵を描いただけで……処刑するのですか?」


 処刑人が姫に尋ねる。

 罪人の命を奪うのは処刑人の仕事だ。

 いくら命令であっても、間違いで人を殺したとあっては処刑人も寝覚めが悪いだろう。


 しかし姫は処刑人をバカにするように鼻で笑った。


「絵を描いただけ? この帝国の風紀を乱したのだから、この男が罪を償うのは当たり前でしょう!」


 姫はひざまずいた中年の男に歩み寄ると、その顔を蹴り飛ばした。


「神聖な劇場にあんな卑猥な絵を飾るだなんて! 気が狂ってるわ! 汚らわしい!」


 姫の言葉に、今まさに処刑されようとしている男はその声を絞り出す。


「申し訳、ありません……わたしの絵の腕が、未熟で……」


「言い訳しないで!」


 姫はもう一度、男の頭を蹴り飛ばした。


「わたしに逆らうということは、帝国に逆らうということだとわかっていないようね」


 姫はそう言うと処刑人が持つ剣を奪い取った。

 そして処刑人が止める間もなく、一息で男に向かって振り下ろす。

 剣は易々と男の背中に突き刺さり、悲鳴と共に鮮血を吹き出させた。


「――お父さん!」


 隣の少女が声をあげる。

 ……その黒髪の少女の顔には見覚えがあった。

 昨日の晩、劇場の前で出会った子だった。

 倒れた男にすがりつく少女の姿を見て、姫は笑う。


「反逆罪は一族郎党皆殺しよ。帝国に――わたしに逆らうとどうなるのか、見せしめにしてあげる」


 そう言って姫は剣を引き抜き、振り上げた。

 その刃が、黒髪の少女の首に向かって振り下ろされる。


 ――1、無残にも少女は首を刎ねられてしまう。

 ――2、直前で姫は改心して少女の父の命を奪ってしまったことを悔い涙を流す。

 ――3、無敵の勇者様が颯爽と現れて、少女を救ってあげる。


 ……できれば、2番が良かったんだけどなぁ。


 金属音が中庭に響いた。


「……エディン、あなた……!」


 姫が驚きの声をあげた。

 俺は剣技が得意ではないが、素人の振るう剣を弾くぐらいはできる。


 少女の父は既に事切れているだろう。

 だが少女の命は、寸でのところで救うことができたようだった。


 剣を弾かれて、剣技の心得がない姫は数歩あとずさった。

 俺は少女を庇うように剣を構えつつ、口を開く。


「――姫様、ちょいとやり過ぎじゃないですかね」


 間に割って入った俺の言葉に、姫は怒りの表情を浮かべた。


「雑用風情が! 自分が何をしているかわかっているの?」


「……わかんないんで、教えてもらってもいいですか?」


 俺はいつも通りへらへら笑いながら、姫に対峙する。

 ――無敵の勇者様とはいかないものの、どこにでもいる平凡な騎士様がやってきましたよ、と。

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