暴君姫に愛想を尽かした雑用騎士、新天地では万能過ぎてSランク冒険者となる

滝口流

第1話 無能と呼ばれた雑用騎士

「これだから無能のエディンは!」


 酒の席でちびちびと飲んでいたら、そんな言葉と共に笑い声があがった。

 好き好んで騎士団の同僚たちと飲む趣味はないが、適当に飲み食いしたあとで先に帰って勘定を押し付ける為に呼ばれもしないのにしれっと参加している。

 どうやら話は俺の剣術の話題に移ったらしく、そんな彼らに俺は曖昧に笑ってみせた。

 騎士たちは俺のそんな様子を見てバカにしつつ、口々に小言を言っていく。


「努力する気もねぇんじゃ、万年雑用のままだぜ。少しは鍛錬しろっての」


「おいおい、そりゃエディンに酷ってもんだぜ。こいつは神殿の適正判定で”無能”判定されたんだからよ。いくら鍛錬したところで無駄さ。いつも通りお姫様のお守りでもしてるのがお似合いだよ」


 またしても笑いがあがって、俺は愛想笑いを返す。

 下手に言い返したところで機嫌を損ねるだけだし、適当に流しておくのが一番だと身に染みてわかっていた。

 当然、そんな俺の事なかれ主義の態度を気に食わずに難癖を付けてくるやつもいる。


「へっ、男なら言い返してみやがれってんだ。ヘラヘラしやがって。てめぇムカつくんだよ」


「――いやぁ、本当のことですから、言い返せないですよ」


 中年の騎士はその言葉に腹を立てたのか、俺の胸ぐらを掴む。


「お前みたいなやつが騎士団にいることが納得できねぇって言ってんだ。俺のように実力も無しに、コネだけで入りやがって。しまいにゃわがままお姫様のご機嫌取ってお情けで置いてもらってよぉ」


「ラッドさん、酔ってますよ落ち着いて。団員同士の喧嘩は御法度ですし。俺の言葉が気に障ったなら謝りますから」


「――ケッ、腰抜けが。お姫様とままごとでもしてろってんだ」


 ラッドがそう言って手を離し、俺は地面に投げ出される。

 あーあー、服が伸びちまうよ。

 俺は立ち上がり、視線が集まってるのを感じて笑ってみせた。


「……変な空気にしてすみません。明日の朝の掃除があるので俺はこれで帰ります」


 それだけ言って、俺はそそくさと店を出た。




 元々騎士であった父に勧められ、帝国騎士団に入って十年が経った。

 父はなんでも昔、先王の命の危機を救ったとかで騎士に取り上げられたらしい。

 だが俺には剣や魔法の才能がなく、訓練しても初級の技術を覚えられる程度、よくて中級程度の実力を付けるのが精一杯だった。


 だからこの騎士団に入ってから今までずっと雑用係だ。

 先輩はもちろん、後輩にも舐められている……と言うと辛く聞こえるかもしれないが、雑用だけなので前線に立たされるようなことはない。

 争い事は好きではないので、これはこれで性に合った仕事なのかもしれない。


 そんなことを思いながら夜道を歩いていると、明かりで照らされた看板が目に入った。

 大通りにあるその建物は、この国で一番の娯楽施設だった。

 カルティア劇場。

 俺の安月給ではおいそれと入れるところではないのだが、今日はどうしてか輝いて見えた。

 理由は、そこにあった看板だ。


「なになに……『新鋭若手女優、感動の公演!』……うーんこれは」


 看板には金髪の若い女性の絵が描かれていた。

 その絵の女性は、胸元大きく空いたドレスを着て、出るところが出た美しいプロポーションがハッキリと描写されている。


「えっちだ……」


 俺としては最上級の褒め言葉を投げかける。

 さぞかし名のある画家が描いた看板なのだろう。

 芸術には詳しくないが、良い絵だと思った。

 それにしてもえっちだ。


 そうして俺がマジマジと絵を見ていると、声をかけられた。


「あ、あのっ」


 振り返ると、そこには年の頃十五、六ぐらいの少女がいた。

 長い黒髪に、ひらひらとした布飾りがいくつも付いた魔術師か巫女を思わせる服装。

 前髪の間から覗く瞳はじっとこちらを見つめている。


「ありがとうございますっ!」


 彼女は一つ礼を言うと、俺が返事をする間もなく踵を返して駆けていった。

 ……なんだ?

 よくわからないが、可愛らしい少女に感謝されて嬉しくないこともない。

 俺はほろ酔い気分も相まって、足取り軽く帰路へと着くのだった。

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