第22話 負けてみた

 夜の帳が降りた頃、虫の音に紛れてふたつの足音がテクテクの家へと近付いていた。


「まさか、こんな所に結界が貼られているとは思いもしませんでしたね」

「そりゃあ普通の人間に見つからねーはずだわ」



 大柄な人間よりも一回りでかい2人は、そんな軽口を叩きながら小高い丘へ足を踏み入れた。


「あら、貴方たちこんな時間に何の用かしら?」

「「!?」」


 つい先ほどまで全く何もなかった空間に、突如として1つの気配が現れた。自分たちがそのような存在を見過ごしているなど予想だにしていなかった2人は驚愕した。

 2人が警戒しながら振り返ると、そこにはおかしな格好をした1人の少女が佇んでいた。


「お前、何者だ?」


 男が尋ねると、少女は右手で左目を隠し、左手でスカートをはためかせながら不気味な声を上げた。


「クックック、我が名はティアラ。闇の眷属であり、テクテクの大親友よ。訳あって、テクテクのストー……じゃなくて、見守りをしていたとこよ」


 そして、少女もといティアラは、左手でチョキを作り2人を指さし、小首をかしげる。


「で、もう一度聞くけど、貴方たちはこんな夜更けにこんな場所で何の用かしら?」

「そんな馬鹿正直に話す侵入者がいると思いますか?」


 先ほどは突然出現したティアラに驚いてしまっていた2人だが、念入りに周囲を警戒した結果、この少女以外の気配はなかった。また、少女の立ち振る舞いを見ても、ただの頭のおかしい少女であり既に警戒するに値しない存在として認識しており、先ほどのは何かの勘違いだろうと冷静さを取り戻していた。


「まあ、でも特別に教えてあげましょう。なんてことはないです。この先に住むテクテクという少女に少し付き合ってもらおうと思っただけですよ。大人しければそんなに痛い目にも会いません。抵抗するようであれば、命以外の保証はありませんけどね」

「まあ、テクテクという少女以外の人間の命の保証はないけどな。たまたま俺たちに出会ったのが運の尽きだったな」


 2人は腰にぶら下げていた剣を取り出し、ティアラへと刃先を向けた。


「ふ~ん、テクテクを誘拐……ね」


 ティアラはそんな2人に対して不敵な笑みを浮かべたまま何時もの様にのんきに答えた。


「じゃぁ、消えろ」


 そして、一瞬で2人の眼前に迫ると、男たちの胸を軽くトンと押した。


「ぐはっ」

「おぅぇ」


 傍から見たら、軽く触れている程度であったが、実際に受けた2人は10メートル以上もの距離を吹き飛び、その衝撃は軽く数トンをこ超えていた。

 

「『影竜の咆哮スキアードラコーン・ヴイト』私がテクテクを傷つける奴を許すわけないでしょ?」


 ティアラは赤い瞳に殺意を乗せて、2人が飛んで行った先を睨み、そのままゆっくりと2人を捕まえるために近づいていった。


 そして、数歩歩いたところで、その足を止めた。


「嘘……でしょ?」


 普通の人間であれば、あのような衝撃を受けたら骨の数本や内臓も大ダメージを受けて、動くこともままならないだろう。 

 しかし、ティアラの視線の先には腕や足の骨が変な方向に曲がっているにもかかわらず、平然と立ち上がる2人の姿があった。


「いやいや、人間にしてはなかなかやりますねぇ」

「いって~な~」


 満身創痍であるにもかかわらず、2人の表情には怒りこそあるものの、苦悶表情は一切ない。


「あの攻撃を受けてまだ立ち上がれるの!?」


 あまりの衝撃に、ティアラの口調は素に戻っていた。その問いに対し似て男たちは何のことはないと返答する。


「まあ、普通の人間なら無理でしょうね」


 そう言うと、男たちの周囲に闇が集まり、次第にその姿かたちを異形の者へと変貌していった。その大きさは元の人間であった時よりも1.5倍ほど大きく、両手両足には鋭い爪、そして、頭からはそれぞれ額や側頭部から鋭利な角が生えており、その姿は怪物と呼んで相違なかった。


「も、モンスター?」


「あんな下等な存在と一緒にされては困りますねぇ」


 ティアラがその変貌に驚愕していると、目の前から片方の男の姿が消え、耳元からささやく声が聞こえてきた。


「スッ影竜の咆哮スキアードラコーン・ヴイト


 咄嗟に背後に向かって先程と同じように攻撃を繰り出すティアラであったが、男の手のひらで軽々と受け止められた。


「そんな軽い攻撃きかないですねぇ」


 そして、そのままティアラを拳ごと持ち上げ、その腹部に自身の膝をめり込ませた。その勢いで、体がくの時に折曲がり、今度はティアラがもう片方の男のところまで放物線を描いて10メートルほど吹き飛んだ。

 着地と同時に飛び散る血液と吐瀉物、今まで味わったことのない衝撃に、ティアラは抵抗する術がなかった。


 自身の足元まで飛んできたティアラを、男はためらう様子もなくその足で頭を踏みつけた。その力はまるで万力で占められているかのような強さであり、ティアラが両腕に力をどれだけ入れてもビクともしなかった。


「いや~、久々に人前でこの力を解放したぜ。やっぱり、圧倒的な力で矮小な人間を蹂躙するのは楽しいねぇ」


 男はティアラの頭を粉砕せんと、更にその足に力を込め、周囲にパーンと大きな破裂音が鳴り響いた。


「くはは、なんとも面白れぇ人間だ」


 男の足元に散らばった破片、それはただの木くずだった。


影人形スキアーコーキラ


 ティアラの小さなつぶやきが男の背後から発せられた。『闇人形』それは、本体は闇に紛れ、無機物に闇を纏わして相手に誤認させる幻術だ。しかし、相手に見られていないときに発動するならまだしも、相手に見られている状態で見破られずに入れ替わるのは相当な技術を要する。


「なるほど、蹴り飛ばされた途中で咄嗟に身代わりと入れ替わったって訳か。面白いぜお前」


 その人間離れした魔法センスに、その男も思わず感心した。


「ふん、逃げるなら今のうちよ。今ならまだ見逃してあげるわ」


 そう言って気丈にふるまって見せるものの、ティアラの足取りは覚束なく、まるで生まれたての小鹿のようだ。どう考えても、ここから逆転できるようには到底思えない。


「どうやらもう終わりそうなので、私は先にターゲットの元へ向かいますね。あなたもさっさとそれを処理してくるのですよ」


 男たちも、そう考えたのだろう。ひとしきり大笑いすると片方はティアラに背を向けて、テクテクの住む家屋へと足を進めていった。


「さて、確かに思ったよりも時間をくっちまったし、そろそろ終わりにするか」


 残った男は、逃げる体力の残っていないティアラの眼前に立ち、その鋭い両腕を大きく振りかぶりティアラの胸へと向けて突き出した。

 肉を断つ音、周囲に飛び散る鮮血、迸る咆哮


「ガァァァァァ」


 それは男から発せられた音だった。


「はぁ、はぁ……『闇剣スコターディスパティ』」


 ティアラの両腕から延びる、黒い刀身。男の両腕を切断すると同時に、それは儚く散った。


「そんな……バカな……」

「ふん、油断するからよ」


 ティアラの目の前で腕をなくした男が力なく膝をつく。その肩の切断面からは、鮮血がだらだら流れ続けている。


「まさか……まさか……」

「ふん、早く止血しないと貴方死んでしまうわよ」


 先ほどまで自分が殺されそうだったにも拘らず、相手を気遣うティアラ。彼女の知らないうちにテクテクの影響を受けていたのかもしれない。

 お互い満身創痍、ティアラの一撃は正真正銘持てる力を振り絞った最後の賭けだった。そして、その賭けに勝利したティアラは、テクテク印のポーションを取り出し、飲み干――――そうとしたが、できなかった。


「えっ……?」


 液体を口から入れるはずが、次々と口からあふれ出る別の液体。それは鉄の香る真っ赤な液体だった。


「まさか、本当に最後まであがいてくれるとは楽しかったぜ。あんな隙の見せた大ぶりな攻撃を俺が本気でするわけないだろう。それ以前に、俺たちがただの魔法でやられるわけもない」


 いつの間にか、腕が元通りになっている男。その背後からは先ほどまではなかった長い尻尾が伸びており、ティアラの胸を背後から貫いていた。


 とめどなく流れ続ける鮮血、ティアラの瞳は徐々に光を失いつつあり、ポーションを持っていた手は力なく垂れ下がり、ついにはそのテクテク印のポーションを手放した。


「いや~、本当に楽しかったぜ。お前がこれだけ楽しかったんだから、きっとお友達のテクテクという奴も楽しめそうだ。これは楽しみだな」


 そう言って、男は地面に転がったポーションを踏みつけた。


「生まれてきたことを後悔させる位、テクテクという奴で遊んでやりてぇなぁ」


 その時、ティアラの指がピクリと反応した。

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