第21話 お掃除してみた
昼下がり、ポカポカ陽気に抗えるはずもなく、テクテクとミノちゃんは仲良くお昼寝をしていた。正確には、ミノちゃんを枕にして至福の時を過ごしていた。ちぃちゃんは、セイヨウと一緒に遊んでいるため、久々に2人きりの時間だ。
見知らぬ人がこの光景を見たら、地上に舞い降りた天使かと勘違いしてしまうかもしれない。
「あら、天使がいますね」
否、知り合いであっても天使だと思い込んでしまうだろう。
「ん~、あれ? シャルルお姉ちゃんどうしたの~?」
「いえ、久々に外で一仕事して疲れましたので、私の天使様でもみて癒されようと思いまして」
「天使様……?」
テクテクはこの時、悪魔がいるのだから、天使なんて存在がいてもおかしくないよなと考えていた。出来ればそんな存在を一目見て見たいなと、あわよくば仲良くなって友達になれないかなと寝ぼけた頭でぽやぽやと妄想に耽っていた。
「そうだ! 折角だし、おやつでも食べていく? その、天使さんもよければ一緒に」
「ええ、それは良いですね。それでは是非ご一緒させてもらいましょう」
「それで、天使さんは直ぐ近くにいるの?」
好奇心を完全に抑えられないテクテク。シャルルがこの場に来たということは、もしかしたらその天使とやらもこの近くに潜んでいるのではないかと、そわそわ周囲を見渡していた。
そんなテクテクを微笑ましそうに眺めながら、シャルルはキーゼルバッハ部位を魔力で強化していた。気を抜けば、鼻血で死にかねないと本気で考えていた。
「わたしにとっての天使と言ったらテクテクのことですよ」
「……ほぇっ?」
まさか、自分自身が天使だと思われているとは露ほども思い至らないのが、テクテクが天使と思われる謂れだろう。
「それで、シャルルお姉ちゃんってどんなお仕事してきたの?」
「シャル姉が外で仕事って珍しいよね。だって普段はただのひきこも゛っいだだだ」
「ティアラ? なにか言いましたか?」
テクテクがおやつの準備をしていると、その匂いにつられたのか何処からともなくティアラが現れ、3人で仲良くお茶会をすることとなった。
「シャ、シャル姉! 足、足が潰れるっ!! ねえ、聞いてる? シャル姉~!!」
……とても仲良くお茶会をしていた。
「そうですね、簡単に言うとゴミ掃除ですかね。今まではそんなに気にしていなかったのですけど、最近になって邪魔になってきましたので」
「シャル姉が掃除!? 槍でも降――」
「本当に降らしましょうか?」
「いえ、なんでもないです」
「ふふふっ」
相変わらず学習能力のないティアラと強烈な圧を放つシャルルとのやり取りを、本当に仲がいいなとテクテクはクッキーを齧りながら見守っていた。
「くそ、どういうことだ!」
数日後、朝早くから領主館に怒鳴り声が響き渡っていた。
「グラファス様、落ち着いて下さい」
「これが落ち着いていられるか! 裏ギルドの奴ら、俺を裏切ったんだぞ‼ しかも、先に支払った報酬も全て持ち逃げ、あれだけいた構成員が誰一人何処に行ったのかも分からない。これでは制裁も出来ないではないか!」
裏ギルドは巨大な組織だ。グラファスが治めるトパズゲン領の至る所に拠点があり、構成員の数は数千にものぼる。それが、ある日を境に人も物も忽然と姿を消したのだ。
依頼をこなさず、報酬だけ持ち逃げ。しかも、何の痕跡も無く、その後の足取りも全くつかめない。グラファスが怒るのも無理はない。
「あ奴らは所詮ただの捨て駒、居なくなった所で大した痛手でもないでしょう」
「なら、この怒りはどうしたらいい!」
「それはこの執事めにお任せくださいませ」
セバスがそういうや否や、執務室に3名の男が入ってきた。そのうちの1人は手に大きな布袋を抱えていた。
「セバス、こいつらは?」
「ご紹介が遅れました。こやつらは昔からの私の部下で、あの裏ギルドの人間どもよりも遥かに優秀な人材で御座います」
「優秀な人材だと?」
グラファスは訝しげに3人を観察した。セバスに部下がいるなんて聞いたことも無い。それに、いくらセバスの部下といっても素性の知らない人物だ。そう簡単に信頼できるはずも無かった――が、男が布から床に落としたソレを見て、あっという間に不信感は何処かへ去っていった。
「如何でしょう? 部下がとらえた裏切り者の首です」
「ふふ、ふふふ、お前たちよくやった。後で褒美をとらせよう」
ゴトリと床に転がったそれは、糸目の男の首だった。
「ざまあないな! 俺を、裏切ったから、こうなるんだ。俺を、裏切る奴は、誰であろうが、絶対に、許さん。また、裏切られて、たまるものか!!!」
物言わぬそれに向かってグラファスは手元にあったステッキを何度も振り下ろす。
「ふーふー……うっ……」
「おっと、グラファス様大丈夫ですか? 興奮のし過ぎは体に毒ですぞ」
アドレナリンが分泌しすぎたのだろうか、胸を押さえたままグラファスは椅子へ座り、ソレに背を向けた。
「もうよい、それを片付けておけ。それで、裏ギルドに依頼したことはセバスたちがなんとかしてくれると思っていいんだな」
「ええ、お任せください。いくぞお前たち」
「「「はっ」」」
誰もいなくなった部屋で、グラファスはゆっくり深呼吸をした。先ほどの行為で溜飲が下がったのか、次第に興奮は冷めていった。そして彼は思う、いくらなんでもやりすぎたのではないかと。前までの自分であればあそこまでの仕打ちを出来たか、いくら頭に来たからといって死者を冒涜するようなことを平然と自分はやってのけていたのかと。
そして、自分の部下であるセバスはそのような行為を見ても眉1つ動かさない。普通に考えれば領主に忠実な執事の鏡だと思う処だが、少なくとも自分が小さかった頃、父親が領主だった頃はそのような行為はこのトパズゲン領では行われていなかった。そう、グラファスの父親が領主をし、その補佐を母親がしていたあの時代には……そこまで思い至った所で、グラファスは1つの疑問が浮かび上がってきた。
「まて、そうだ。補佐は昔母上がやっていたんだ。その頃執事なんて……」
「グラファス様」
そこまで思い至った時に、背後から声がかけられた。
「セバス……か?」
「ええ、そうですよ。貴方の父君の代からお仕えしているセバスですよ」
「ああ、そうだよな。いや、昔からお前には世話になるな」
「いえ、それが私の仕事ですので。それではこれで」
「ああ」
今度こそセバスは執務室を後にした。
「やれやれ、危ない所でしたね。坊ちゃんは素質はあるのですが、抵抗力が他の人よりも高いようですね」
はぁと深いため息をつきながら、赤く光る眼を隠すことなく廊下を闊歩していた。
「それにしても、裏ギルドの人間は何処に消えたのでしょうか」
裏ギルドの人間はセバスの力をもってしても見つけることはできなかった。その財宝も、足取りも、本当に何ひとつ見つからない。構成員の1人も捕まえることはできなかった。先ほど用意した生首も、ただの作りものだ。ただ、グラファスの目にはそう見えるようにしていたに過ぎない。
セバスとしては、流石に構成員全員が逃げたとは考えていなかった。大方、標的を守る何者かの仕業だろうと。敵は果たして何十人、いや、何百人いるのか。
「少しは楽しめるといいのですが」
その面白おかしく笑う姿は、既に人の原型を留めていなかった。
「シャル姉、本当にこれ貰っても……?」
「ええ、臨時収入が入りましたので、偶には弟子でも労ってあげようと思いまして」
シャルルから手渡された革のグローブをティアラはまじまじと眺めていた。黒を基調としたそれに埋め込まれた様々な宝石。厨二心をくすぐるそれは、ティアラの心を一瞬で奪っていた。
「う~ん、カッコいいわ! 『ふっ、我にこれつけさせるとはな。だが、果たして貴様は、このグローブの力を何個まで引き出すことができるかな?』」
「つけましたね? それでは早速修行と行きますよ」
「えっ?」
「私がただ贈り物をしただけだと思いましたか? 久々に稽古をつけてあげますよ」
「いやぁぁぁぁぁぁぁ!」
森に向かってシャルルに足を引きずられるティアラ。グローブの記念すべき最初の仕事は、せめてもの抵抗にと掴んだ雑草を引き抜くことだった。
そしてティアラは知らなかった。いや、知らなくて正解だったかもしれない。知っていたら恐ろしくて気軽に使用できなかっただろう。このグローブが、1000人規模の組織を運営するのに必要な金額に匹敵する値段であると。
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