第18話 対面してみた
「へー、そんなことがあったのね」
墓参りから戻ってきたその日、テクテクは留守番していたセイヨウに事の顛末を説明し、新たな同居人を紹介した。
「あたいはセイヨウ。この家に大分前から住んでいるもの凄い存在よ。さぁ敬いなさい!」
「よろしくちぃ!」
「え、あんた、あたいのこと見えてるの?」
どうせ姿なんて見えないだろうと、何故か偉そうに振舞っていたセイヨウであったが、その姿が見られていると知って少し焦りを覚えた。セイヨウは最近気がついたが、自分の容姿を客観的に見ると明らかに可愛い分類、つまり自身の偉そうな態度とのギャップが大きく、簡単に言えば先輩というか、大人びた雰囲気が皆無であった。
「せんぱぃちぃ、お世話になるちぃ!」
「せんぱぃ……あんた、小さいわりに根性のあるやつね‼ ほら、この家の色々なところを数時間で案内してあげるわよ!」
セイヨウはとてもチョロかった。どうやら、先輩呼びがよほど気に入ったようであり、ちぃちゃんに対して完全に心を開いていた。
上機嫌でセイヨウはちいちゃんの背中に飛び乗った。そして、そのまま倉庫へと向かった。
「えっと、セイヨウちゃん、私の家紹介するのに5分もかからないと思うよ? というか、そもそも何で倉庫へと向かっているの……?」
本当はテクテクも気が付いていた。セイヨウの趣味で日々倉庫の地下が増築されているということに。
時を同じくして、ティアラもとある人物へ報告していた。
「へー、そんなことがあったのですね」
「うん、あのね? シャル姉には大変申し訳ないとは思うのだけど、できれば手を放して欲しいなーなんて……」
ティアラは現在、危惧していた通りの潰れたトマトになるか否かの瀬戸際に立たされていた。
「それで、勿論草の1本でも持って帰ってきてくれているのですよね?」
「えっと、余りに色々なことがあったから忘れて――ちょっとシャル姉? 指に力がぁぁぁぁぁぁ!」
シャルルの腕の血管ははち切れんばかりに浮き上がっている。その相貌は般若といっても過言ではない。怖さで言ったら悪魔どもとも良い勝負になるのであろう。
「次は忘れないようにしてくださいね」
笑みを浮かべているのにその恐怖は増大するばかり。今回に限っては、ティアラは別段悪いことをしたわけでもなく、シャルルの対応は理不尽極まりなかった。しかし、それでもシャルルの問いかけに対してこう答えざる終えなかった。
「イエッサー!」
1週間後、シャルルとティアラはテクテクのもとへ訪ねていた。今日はシャルルとちぃちゃんの初対面だ。
「ちぃー」
「じー」
向かい合うシャルルとちぃちゃん、それを傍からテクテクとティアラは見守っていた。
「ねえテクテク、あの2人いつまでああしているのかしら?」
「初対面なのに仲良くなるの早いよね! 流石シャルルお姉ちゃん!!」
「あれ? 可笑しいのは私だけ!?」
シャルルとちぃちゃんの2人が対面してから10分が経過していた。その間、微動だにしない2人。ティアラの感覚が一般的ではあるのだが、残念ながらこの場に味方は存在しなかった。
それから更に5分が経過したところでようやく変化が訪れた。お互いにすっと手を差し出し、がっちりと握手を交わす。
「うん、ちいちゃんは素晴らしですね。貴方みたいな生き物を見たのは初めてですよ。毛並みといい、その体から発せられるオーラといい、只者ではないですね」
「シャルルも凄いちぃ! よろしくちぃ!」
「ええ、こちらこそよろしくお願いします」
あの数分間で、きっと何か通じるものがあったのであろう。あっという間に仲良くなっていた。
「それにしてもシャルねぇに懐く生物とか珍しいわね」
「そうなの? シャルルお姉ちゃんは誰にも好かれても不思議じゃないと思うけど」
「それはシャル姉の怖い所をテクテクが知らないだけよ。だってシャル姉テクテクの前では猫かぶって……」
「私が何ですか?」
ティアラの目の前には、気が付かないうちに笑顔のシャルルが立っていた。
「ななな、なんでもないわよ! ただ、シャル姉って生物にも好かれて流石だなって!!」
「そうですかそうですか」
見事な手のひら返しとは正にこのことか、既の所でティアラは死を回避した。危なかったと冷や汗を拭きつつふと下に視線をやると、いつの間にかちぃちゃんもこちらへとやってきていた。
これは話題を変えるチャンスとティアラは屈み、ちぃちゃんに片腕を差し出す。
「改めてこれからよろしくね」
「ちぃっ‼」
「なんで私だけ!?」
前回と変わらず、敵意むき出しのちぃちゃん。ティアラの受難はまだまだ続くのであった。
「はは、ティアラとちぃちゃんも仲がいいね~」
そして、最近の影が薄くなってきているテクテクはというと、そんなやり取りを見てのほほんとポジティブな思考を炸裂させていた。
「グラファス様、裏ギルドから報告が届きました」
「ほう、思ったよりも早かったな。それで?」
執務室から町並みを眺めていたグラファスにセバスが話しかける。報告書を片手にセバスは言葉を続けた。
「ここ数か月で黄玉町での変化を調べた結果、気になる点が2つあったそうです。まず1つは、洪水で大被害を受けた割にかかわらず街の復興が早すぎるという点。そして2つ目は、新たに2名が町民となっている点です」
「ふむ、新たな町民が2人か……。片方が復興に関する能力を持った人物で、もう片方がポーションを作成したのか。あるいは、2人で両方成し遂げたのか……」
グラファスは窓の外から視線を外さず、会話を続ける。
「して、その2人の詳しい詳細は?」
「1人目の名前はシャルルという成人済の女性、昼夜問わず家に引きこもっており、その姿は実際には確認できていないそうです。そして、もう一人はテクテクという少女です。こちらは本人どころか、家も見つからなかったらしいです」
「名前しか分かっていないのか」
シャルルはあの性格上、家から出ることは殆どない。そして、テクテクは丁度墓参りに出ており、幸いにも裏ギルドの人間に出くわすことはなかった。調査する側からしたら、間が悪かったとしか言いようがない。
「それにしても、家が見つからないとはどういうことだ?」
「分かりません。なんでも家があるとされている丘に向かったらしいのですが、そこには何もなかったそうで……」
「場所が違ったのではないか?」
「そんなへまをするとも思えませんが、もしかしたら町民の方が勘違いしているということもあるかもしれませんね」
「つまりは洗脳の類か?」
「あるいはそれに準ずる道具があるのか……」
実際に、丘へ向かった裏ギルドの人間にはテクテクの家が見えてもなければ触れもしなかった。しかし、それを知るすべのない2人は正解を導けるわけもない。
「そして、裏ギルドから時間をかけてゆっくり探るか、強硬手段を用いて迅速に探るかどっちの方針がいいかグラファス様に伺いを立てています」
「ふん、奴らにしてはまた律儀なことで。報告を聞いている限り、怪しいのはその新しくやってきた女2人、それならば強硬手段に出る方が早いだろう。軟弱な女子供など、ちょっと痛い目にあわえれば直ぐに折れる。大人の男でさえあの様だ」
グラファスの視線の先では、反領主派の人間が家族もろとも無実の罪を被せられ磔にされているところだ。大黒柱であるはずの男は、家族を守るためにプライドをかなぐり捨てて今までの行いを悔い、助けてもらえるように領主軍に懇願していた。
「しかし、仮に芯の強い女であった場合は吐かないかもしれませんぞ?」
「なーに、そのような人物であった場合は、我々が颯爽と助けてやれば良いだけの話だろう?」
グラファスは不敵に微笑みつつ、男の叫びを肴にワインを味わう。
「流石、グラファス様で御座います。それでは私は仕事に戻りますので失礼いたします」
「ああ、報告ご苦労」
セバスは一礼し、執務室を後にした。
「くっくっく」
誰もいない廊下で不気味な声が木霊する。
「坊ちゃんも良い感じに染まってきましたね」
コツコツと靴音を鳴らしながらセバスは外の窓を見上げる。
暖かな日の光がセバスを照らし、その廊下へ影を落とす。
そのシルエットには巨大な角と牙が存在していた。
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