第17話 名前をつけてみた

 テクテクは今、もの凄い幸福感に包まれていた。


「ちぃちぃ! ちぃちぃ‼」

「きゅーん……可愛すぎる! ねえ、ティアラ見て見て! この子私の足にすりすり~って、すりすり~って!」

「わ、私もテクテクになら何時でもすりすりしてあげるわ!」


 自身の足に抱き着いて頬を擦り付けてくる小動物にテクテクは完全に心を奪われていた。そしてティアラは完全に嫉妬していた。


「ちぃちぃちぃ!」

「ん~、な~に~?」


 テクテクの声は砂糖を10倍以上甘くて優しい色をしていた。どうやらミルクを飲んで完全に回復した小動物は、命を救ってくれたテクテクに完全に懐いているようであり、そのクリクリとした瞳で何かを訴えていた。


「もしかして、名前を付けてほしいの?」

「ちぃ!」


 テクテクがそう尋ねると、小動物は片腕を突き上げて元気よく頷いた。


「う~ん、ティアラ何かいい案ある?」

「そうね、目と耳の漆黒の闇……白と黒のコントラスト……人を虜にする可愛い見た目……『ホワイトダークネス☆デス・エンジェル』なんてどうかしら」

「えっとー、悪くはないとは思うけど、長すぎるからもう少し呼びやすい名前が良いんじゃないかな?」

「それもそうね。なら、後半の『デス・エン――」

「ちぃっ」

「えっ、今、舌打ち……!?」


 ティアラのひねり出した案に対して、テクテクはやんわりと断り、小動物は真顔でティアラを見つめた。小動物とティアラの心の距離が広がった瞬間であった。 

 このままでは微妙な名前になるかもしれないと危惧したテクテクは、頭をフル回転させて小動物の名前を考えた。


「あ、そうだ! 安直だけどちぃちゃんってどうかな?」

「ちぃ! ちぃ!」

「気に入ってくれた? それならよか――きゃっ」


 小動物がその名を受け入れた瞬間、全身に閃光走った。思わずテクテクとティアラは目をつむったが、再び目を開けても特に変わった様子は何処にも見られなかった。


「今のはなんだったんだろう……?」

「デス・エンジェルが光ったようにみえたけど……」


 2人は揃って小首をかしげた。


「取りあえず、お昼ご飯にしよっか」

「ええ、そうね」

「ちぃ!」


 疑問は一旦脇へと追いやり、当初の予定通りテクテクたちは昼食の準備を始める。花畑の真ん中にレジャーシートを敷き、そこにテクテクお手製のサンドイッチを広げた。


「これ、テクテクが全部作ったの?」

「うん! といっても、パンに具材を挟むだけで料理っていえるようなのじゃないけど」


 謙遜するテクテクに対し、ティアラはこれでもかといわんばかりに両頬をパンパンにするまでサンドイッチを詰め込んだ。


「おひしぃ! おふぃしいわよ……モグモグモグモグ……ふぅ、最高よテクテク‼」

「も、もう。そんなに急いで食べると喉詰まっちゃうよ?」


 お世辞と分かっていても褒められて悪い気はしないテクテクは、その頬を朱に染めつつ自身もサンドイッチを口へ運んだ。

 勿論、ティアラはお世辞ではなく心の底から思っていることを言っていた。テクテクが作ったものであれば、例えそこら辺の雑草のサラダであっても美味しいと。幸か不幸か、それが本人へ伝わることは無かった。


「ちぃちゃんはこっちよりもミルクの方が良いかな?」

「ちぃ!」


 ちぃちゃんがサンドイッチにさほど興味を示していなかった為、テクテクは持参していた残りのミルクを手渡すことにした。すると、ちぃちゃんは両手でがっしりと瓶を把持し、コクコクと小さな喉を鳴らした。


「おいちぃ! おいちぃ!!」

「それはよかっ――――!? って、ちぃちゃんが喋った!」

 

 初めて鳴き声以外の声が発せられたことに、テクテクは驚愕した。ちぃちゃんは、ぷはぁと瓶から口を離し、さらに言葉を綴った。


「なまえありがとちぃ! ちぃとテクテク、つながったちぃ!」

「えっと、つまり……」

「なるほどね。テクテクがちぃちゃんに名付けしたことによって、テクテクとちぃちゃんとの間に契約が成立され、契約者であるテクテクの扱う言語を使用することが出来るようになったというわけね。さっき一瞬発光したのが契約完了のサインだったという感じかしら?」

「そうちぃ!」


 テクテクはちぃちゃんが言っていることを直ぐには理解することが出来なかったが、ティアラが代弁するかのように、正確にその内容を捉えていた。


「ティアラ良くわかったね」

「ふふふ、我々の世界ではよくあることよ」

「私、時々ティアラが何を言っているのかわからないよ」

「えっ……」


 そして、地味にティアラはダメージを負っていた。


 昼食を食べ終わった後、手早く片づけを済ませこの後どうするかテクテクとティアラは相談した。そして、テクテクは少し考えるようにちぃちゃんをみた。


「ずっとテクテクといっしょちぃ!」


 ちぃちゃんはテクテクが口を開くよりも前に、自分の意思を示した。自分はもう戻るところがないから一緒に連れて行ってくれと。


「うん、これからよろしくねちぃちゃん!」

「よろちぃく!」


 テクテクは満面の笑みで手を広げちぃちゃんを迎え入れた。それに答えるようにちぃちゃんはその胸へと飛び込んだ。


「ちぃちゃん、私もよろしくね」

「ちぃっ」

「普通に接したのに!?」


 そして、ティアラとちぃちゃんの心の距離が縮まるのはまだまだ時間がかかりそうであった。


 それから暫くテクテクのおすすめスポット巡りをし、楽しい心のアルバムを増やしつつ、ティアラは後程シャルルに頭を潰されないように、少しでも多くの情報を頭の中へと詰め込んだ。

 そうして、心身共にへとへとになった彼女たちは、日が完全に暮れる前にログハウスへと引き返した。



 場所は変わって、とある館の一室。執務机を挟んで数人の男どもが話し合いをしていた。


「くそっ! あいつら、しぶとく生き延びやがって!」

「しかも、今回はきっちり税として納めていた作物を奪い返しに来やがった!」

「奴ら今回は珍しく礼儀正しくしてきたが、そんなので今までの横柄な態度が許されると思っているのか」


 口々にとある町の住民たちをののしる彼ら。そんな彼らの興奮冷めやらぬ議論を一人の男が制した。


「諸君、まあ落ち着きたまえ」

「しかし――」

「私は落ち着けと言ったはずだが?」

「――も、申し訳ありません!」


 執務室の主である彼が鋭い眼光を向けると、彼らは一様に押し黙った。


「黄玉町の奴らが生きてようが死んでようが、どんな態度をとろうがどうでも良い。それよりも問題はこのポーションだ」


 そう言って、男は緑と黄の2色のポーションを取り出した。すると、それまで黙って主の傍で控えていた男が初めて口を開いた。


「彼らは『治療回復ポーション』と『満腹ポーション』と言っていましたかな。効果は半信半疑でしたが、スラムの者共に使用しました所その効果は本物で、今のところは副作用も出現していない様子ですな」

「流石、セバスは仕事が早いな」


 セバスから手渡された書類に目を通しながら、男は話を続けた。


「このポーションがあれば、未開の地は勿論、仮に戦争になったとしてもこのポーションを抱えている方が圧倒的に有利だ。このポーションの情報に比べたら奴らへ返した税など微々たるものだ」

「戦争ですか!?」

「落ち着け、仮の話だ。ここで一番の問題はこのポーションの製法は奴らしか知らないという点だ。私のお抱え錬金術師でも製法はおろか、使用されている素材も見当がつかなかったようだ」

「それならば、奴らの使者を締め上げて情報を吐かせれば……」

「戯け」


 無能な部下を持つのは苦労すると、男は深いため息をついた。男の言葉を引き継ぐかのようにセバスが口を開いた。


「こんな極秘情報を黄玉町の住民全員が知っている訳がなく、この情報を握っているのはごく一部。そして、下手に住民を締め上げて失敗すれば他領へ情報を流される恐れもある。つまり、奴らに感づかれないように探る必要性があるということですな」

「その通りだ」

「なるほど、それでは我らがその秘密を暴いて見せましょうぞ」

「いやいや、我らこそが!」

「何を言っている、情報収集ならわれの右に出るものは……」

 

 再び彼らはざわめき始めた。ここで手柄を挙げれば昇進も間違いない。己の欲望に忠実な彼らはいかにして同胞を出し抜くか頭の中で計算していた。


「その必要はない」


 しかし、そんな彼らの見え透いた考えを男が一刀両断した。


「その必要がないとは……」

「この件は裏ギルドへ依頼する」

「う、裏ギルドですか……」


 裏ギルド、それは決して表に出せない汚れた仕事を引き受ける集団だ。勿論、彼らは善意でやっているわけではない。領主に便宜を図ってもらい、多少のことに目をつむってもらう代わりに引き受けているに過ぎない。彼らには善悪もなく、己の楽しみを優先する無法者の集団だ。その代わり仕事をするその腕は一級品だ。その意見に異を唱える者はいなかった。


 男は部下たちを退出させた後、何もない空間に向かって声をかけた。


「話を聞いていたな。仕事の依頼だ」

「へへ、流石領主様。よくあっしが潜んでる場所がわかりやしたね」


 言葉と同時に、扉の右側の空間が揺らいだかと思えばへらへらした一人の青年が姿を現した。


「無駄話はいい」

「おお、怖い怖い。了解でやんす、引き受けやした。報酬はいつも通りでお願いでやんす」


 青年はおどけた口調で肩をすくめると、やれやれと肩をすくめて執務室を後にした。


「彼らを信用しているんで?」

「は、まさか。ただ、奴らの使い勝手は悪くない。使えるものを使っているにすぎん。それに……」

「それに、なんですかな?」

「ふん、分かっているだろうに」


 男は口角を挙げ、不敵な笑みを浮かべた。


「使えなくなったら消すだけのこと」

「ふはは、流石。それでこそグラファス様ですな」


 こうして、テクテクの預かり知らぬ所で物語は大きく動こうとしていた。

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