第16話 散策してみた

 墓参り2日目、テクテクとティアラは森の中の散策を行っていた。ミノちゃんはログハウスでお留守番だ。

 

「ちょっとドキドキするわ」

「そう? 普通の森と変わらないと思うんだけど」

「やっぱり、テクテクは知らないわよね。実はね……」


 テクテクは知る由もないが、この森は世間では幻魔の大森林と言われていた。森の中では方向感覚が狂わされ、テクテクの住んでいる付近まではなんとかたどり着くことが出来るが、それ以上は進んでも気が付いたら森の入口へと戻されるため誰一人として森の深部までたどり着ける者はいないといわれていた。また、運よく奥の方に勧めたとしても、凶悪で攻撃の通じない魔物が行く手を阻み、命からがら逃げだしたという冒険者のエピソードもある。

 最初は数多の冒険者たちがこの森に挑戦したが、誰一人として突破することが出来たものはおらず、この森の先に何があるのかは未だに明らかになっていなかった。

 昔に一度だけ大軍を仕向けた領主が存在したが、軍隊は壊滅、その領主は天からの禍によって命を落としたとされており、今ではこの森へ侵入するのは命知らず以外のタブーとされていた。


「へ~、そうなんだ。あ、この先の湖が綺麗なんだよ!」

「流石テクテクだわ……まあ、でも確かに噂ほど変わった様子もないわね」


 今の状況が世間にとってどれだけの衝撃を与えることになるのか、そのことを全く理解していないテクテクに対して、あのティアラでさえも苦笑をせざる終えなかった。正直、ティアラも噂は当てにならないのではないかと、この時はまだ楽観視していた。

 そしてすぐに後悔することとなった。


「じゃーん、ここが私のおすすめスポットその1『グリ湖』だよ」


 開けた空間に出ると、そこにはエメラルドグリーンの幻想的な湖が広がっていた。その周囲に草木は1本も生えておらず、それがさらにこの湖の綺麗さを際立させていた。

 

「どう? すごいでしょ。この場所はミノちゃんが教えてくれたんだ!」

「ええ、本当にすごいわ。油断したらあの湖に魂を持っていかれそうだわ」

「あはは、悪魔でなければ大丈夫だよ」


 どや顔で自慢するテクテクとは対照的に、ティアラは内心冷や汗を大量に流していた。もし、このことをシャルルに知られたら、この墓参りに誘わなかった自分の頭は潰れたトマトになるかもしれないと。そのため、テクテクの最後の発言に気が付くことが出来なかった。


「それじゃあ、ちょっと早いけどここでご飯にする?」

「テクテクの手作りサンドイッチの出番ね!」


 しかし、そんな精神状態であっても、自分に都合の良い発言だけは聞き逃すことはなかった。

 2人が和気藹々とジャーシートを広げてお昼の準備を進めていると、湖を挟んだ向こう側からガサリと草木をかき分ける音と共に、低い唸り声が聞こえてきた。


「グルルルル」

「あれは……魔物?」


 ティアラは座りかけていた体を起こし、テクテクを守らんと臨戦態勢を整える。魔力も持つティアラは、数こそ多くないが自身の魔法で魔物を討伐した経験があった。しかし、目の前の生き物は、彼女が今まで見てきた魔物のどれにも似つかなかった。4足歩行のその生き物は、どれが顔なのか、何処に口があるのか、余りにも現実離れした異形の存在。果たして自身が敵う生物であるのか、それから放たれる今まで感じたことのない圧も相まって、ティアラは恐怖を感じ体の震えを止めることが出来なかった。


「ティアラ、大丈夫だよ」


 そんなティアラの震えを止めたのは、テクテクであった。テクテクの握ってくれた手から全身に温かな何かが流れ込み、安らぎと温かさでその震えは完全に停止した。


「見てて」

「テクテク?」


 そういうテクテクの表情は、どこか悲しそうであった。


「グルァァ!」

「リュゥゥゥゥゥ‼」


 その生物がこちらに迫らんと湖に近づいた瞬間、湖の中から緑色の触手が飛び出し、その生物を絡めとる。


「えっ……」


 そして、そのまま湖の中に引きずり込み、水に触れた瞬間その生物は消滅した。

 その後、水面の揺らぎは直ぐに落ち着き、先ほどまでと同じような静かで幻想的な光景だけがそこにはあった。


「さ、今度こそご飯にしよっか」

「ちょっと色々と待って!?」


 どうやら少し粗相をしてしまったらしいティアラは、泣きそうな顔でテクテクに説明を求めた。


 こんな所では落ち着いてご飯が食べられないと、ティアラに泣きつかれたテクテクは、次のおすすめスポットへ案内することにした。その道中、先ほどのことについてゆっくり語り始めた。


「あれは、魔物じゃなくて悪魔なんだ。私も詳しく知っているわけじゃないけど、様々な悪意が集まって生み出された生物。その生命が尽きるまで他者を害し破壊し続けるだけの存在。魔物と違ってどうやっても相容れぬ存在なんだ」

「そんな存在今まで聞いたことないわ」

「そういえば、おじいちゃんもこの森の中でしか見ることはないって言ってたっけ」


 それは、例え王族であっても全く知らない内容であった。


「それじゃあ、あの湖の中から出てきたものはなんなの?」

「あれは、守り神みたいなものかなぁ。あの湖には周囲の悪魔を誘惑する作用があるらしくて、誘われた悪魔をさっきみたいに捕食してるんだ。その鳴き声から私とおじいちゃんは竜様ってよんでるの」

「因みに、あの湖って……」

「あ、私はどうもないんだけど、おじいちゃん曰く普通の人間であれば触れない方がいいって言ってたね」

「それを先ず最初に教えといてくれないかしら!?」


 シャルルにお土産にどうかしらと少しでも考えていたティアラは、行動に移さなくてよかったと心の底から安堵していた。


「テクテクってやっぱり大物だわ」


 今まで聞いた内容は、明らかにティアラの中だけで抱えきれる話では到底なかった。かといって、安易に他の人に話せる内容でもない。そのため、彼女は一先ず記憶の奥底に封印することにした。

 

 そうこう話しているうちに、次の目的地へと到着した。


「じゃじゃーん、ここが私のおすすめスポットその2、『虹色の一輪花』だよ」


 そこは赤・橙・黄・緑・青・藍・菫と様々な色の花の群生地であった。そして、その名前の通り、中央に7色が混じった一際大きな一輪の花が咲いていた。


「わぁ、この場所も綺麗ね」

 

 やはり、ティアラが聞いたこともなければ見たこともない花だった。


「ここは、さっきの湖と違って逆に悪魔を遠ざけるんだ。だから、この場所にいる限り襲われる心配もないよ」

「そうなんだ……。ねえ、テクテク、ひとつ気になっていたんだけど、さっきの湖とか、ここに来る道中とかに襲われる心配はないの?」


 さっきは、竜様という守り神がいたから大丈夫だったかもしれないが、仮にそれ以外の場所で襲われる可能性もあるのにも関わらず、テクテクが心配する様子がなかったことがティアラは気になっていた。テクテクの性格からして、友達を危険な目に合わすことがあるはずがないからだ。


「悪魔は私の半径10メートル以内に入った瞬間消滅するから、私と一緒にいる限り問題ないんだ。なんでも、私の魔力と悪魔は相性が悪いらしいの」

「ふ~ん、ま、それもそうかもしれないわね」


 大天使であるテクテクと悪意の塊であるとされる悪魔。確かにテクテクに近づいた瞬間消滅してしまうのも仕方がないと、ティアラは納得した。


「それじゃあ、今度こそここでお昼に――」

「ちぃ……」


 お昼にしようかとテクテクが提案しようとした時、奥の方、正確には虹色の花の所からか細い声が耳に届いた。テクテクが声のする方に目を凝らすと、そこには小さく丸まった何かが見えた。


「!?」

「あ、ちょっとテクテク待って!」


 それが今にも死にそうな生物と視認した瞬間、テクテクは急いでそれに駆け寄る。


「大丈夫? 今ミルクをあげるからもうちょっと頑張って!」

「ち、ちぃ……」


 正直ミルクが人間以外にも作用するかは分からなかったが、テクテクが取れる手といえばこれしかない。どうせならば回復魔法でも覚えることが出来ていたらと後悔しつつも、持ってきていたお皿にミルクを注ぎ、その生物の前へ置いた。

 すると、その生物はゆっくりではあるが顔を動かし、ミルクをひと舐めした。そのままこくりと小さなのどを鳴らす。その小さな体にはそれでも充分であったのだろう。二口目からは先ほどよりもしっかりとしっかりと体を起こし、ミルクを舐める。そうして、まだ死ぬわけにはいかないと言わんばかりに懸命に次々とミルクを舐めた。


「ちぃ! ちぃちぃ!」

「ああ、よかったぁぁぁぁ」


 そうして小さき生物は一命をとりとめた。







 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る