第19話 つかの間の休息を噛みしめてみた

 テクテクは、今日も朝早くからミノちゃんのミルクを絞っていた。


「このくらいでいいかな? ミノちゃんいつもありがとう」

「モ~」


 テクテクは額の汗をぬぐいつつ、搾りたてのミルクを荷車へ乗せていった。その後、次は倉庫へと向かっていった。

 倉庫の中は以前と異なり、地下室増築に伴い棚などが殆ど撤去されていた。その代わりに、今はこの倉庫の主となっている巨大な機械が鎮座していた。


「そろそろバターも出来たかな?」


 機械の傍まで行くと、既に専用の容器に入ったバターが箱詰めされて置かれていた。

 バター製造機、これは、バター作りの大変さを知ったシャルルが、テクテクの為にと三日三晩徹夜して完成させた機械だ。機械といってもただの機械ではない。風の魔石や水の魔石といった希少なアイテムを使用した魔道具であった。

 バター作りの際に余った液体を効率よく入手するためだと言って、テクテクはプレゼントされたが、それが建前だということは鈍感なテクテクでも理解できていた。その優しい心遣いに、テクテクの中でシャルルへの好感度が爆上がりしていたのは言うまでもない。


「セイヨウちゃ~ん、今日の分のバターが出来たよ!」


 テクテクがバターを手に持って虚空に向かって叫ぶと、何処からともなくセイヨウが現れ、カプリと差し出されたバターへと噛り付いた。


「んま~い! やっぱり出来立ては違うわね! 今日も最高においしいわね!」

「ふふん、そりゃぁミノちゃんのミルクだからね!」


 ミルクやバターのことを褒められるたびに、テクテクは自分のことのように喜び、鼻を高くしてミノちゃんの自慢をするのであった。



 

 その日も町長へミルクとバターの納品を終えたテクテクは、すっかり軽くなった荷車を押して、シャルルの家へと向かうことにした。


「テクテクさん、おはようございます。これ、うちの畑でとれた新鮮な野菜なので是非貰ってください!」

「わっ、凄く瑞々しいですね! いつも美味しいお野菜ありがとうございます!」


「おや、テクテクちゃん今日も元気いっぱいね。これ、おかず作りすぎちゃったから良かったら後で食べてね」

「昨日頂いた煮物も美味しかったです! 今日は佃煮ですか、家に帰るのが待ち遠しいですね!」


「テクテクお姉ちゃん、これ花冠作ったの! お姉ちゃんにきっと似合うと思って……。わぁ、やっぱりすごく可愛い! まるでお姫様みたい‼」

「ふふ、ありがとう。それじゃぁお姉ちゃんからはこのキラキラした指輪をプレゼントするわ」

「わー、凄くキレー! これ本当に貰っていいの!? ありがとう‼」


 テクテクが町の中を歩いていると、町民たちから次々声を掛けられた。今では毎朝恒例となった日常風景た。

 男性陣は敬語、女性陣は砕けた話し方、そして子供たちは無邪気にテクテクと接する。町の人々からの頂き物は、最初は悪い気がして遠慮していたテクテクであったが、町の人たちが本当に嬉しそうにするものなので、断ることは逆に悪いと思うようになり、今では素直に受け取ることにしていた。その代わり、1日に納品するミルクの量を増量し、値段は無料。バターのみお金を頂くようにしていた。そして、子供達には時々、倉庫にしまってるものの中からテクテクが使用しないものを時々プレゼントしていた。


「ずーっとこんな日が続けばいいなぁ」


 最初はあんなに離れていた距離が、今では密着するくらいに縮まり、町民たちと完全に打ち解けていた。その光景は正にテクテクが夢見ていたものであり、彼女の人生の中で最も幸せな日々を送っていた。

 

「ああ、今日もテクテクさんは黄金に輝いてお美しかった……」

「なんだかテクテクちゃんの眩しい笑顔を見ているとこっちまで元気になってくるよ」

「お姉ちゃんお日様みたいにキラキラ輝いてて綺麗だたなぁ」


 テクテクが去ったあとも、町民たちはその後姿が見えなくなるまで眺めていた。



 町のはずれにあるシャルル宅では、シャルルが外の椅子に座って優雅に本を読んでいた。シャルルの姿を視認したテクテクは元気一杯に声をかけた。


「シャル姉、おはよ~」

「おはようございます」


 本当は小躍りしてテクテクに飛びつきたいシャルルであったが、テクテクが自身のことを頼れるお姉さんと認識していることを知っていたため、威厳を保つためにも平静を装い挨拶を返した。


「これ、いつものやつね。今日は沢山作ったからいつもより多くなっちゃった」

「いつもいつもありがとうございます」


 テクテクから瓶を受け取りつつ、シャルルは背後に見える荷物の山に目をやった。


「毎度のことながら凄い量ですね」

「あはは―、悪いとは思うんだけど、断るのも悪くて」


 困り顔で頬を掻くテクテクに対し、シャルルはポンポンと右手で彼女の頭を撫でた。


「別にいいと思いますよ。それだけテクテクが好かれている証拠ですし、姉として私も鼻高々ですよ」

「えへへー、ありがとう。私、シャル姉に頭撫でてもらうの好きだな!」

「……テクテク、そのうち襲われても文句言えないですよ?」

「へぇっ?」


 その余りの可憐さに、シャルルは思わず家の中に持ち帰りしたい衝動に駆られた。当の本人が自身の可愛さを理解していないのがまた質が悪い。しかし、そこもまた可愛いく愛しいとシャルルは考えていた。

 この日、テクテクに言い寄る悪い虫は、絶対に近づけさせまいと改めて決意するシャルルであった。



 テクテクが自宅へ戻ると、そこでは一人と一匹が対峙していた。


「ここは通さないちぃ‼」

「ふっ、まさか守護獣が障害として立ちはだかるなんてね。しかし、私は負けるわけにはいかないわ。何故ならその先にどうしても行かなければならないからよ!」

「変態を治してから出直してこいちぃ」

「どうしても通してくれないのね。こうなったら私も本気を出さざる終えないわ。唸れ、封印されし右手! 神を宿し左手‼」

「消えたちぃ! 一体何処に行ったちぃって、やめろ、離すちぃ! いつの間に後ろに回り込んだんだちぃ‼」

「こちょこちょの刑よ!」

「ちぃっ! これは屈辱ちぃ‼」


 そんな光景を見ながらテクテクは惰眠を貪っているミノちゃんの傍らに腰を下ろした。


「あの二人、いつの間にか物凄く仲良くなったんだね~」

「モ~」


 ちぃちゃんとティアラのやり取りは、傍から見たら仲睦まじい光景にしか見えなかった。二人のやりとりを子守唄にし、テクテクはミノちゃんのお腹を枕にしてスヤスヤと寝息を立てながら夢の世界へと旅立った。


「さあ、そろそろ私と仲良くなる気になったかしら?」

「ちぃっ‼」



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