第13話 新しいポーション作ってみた
走れば数刻で着くはずの道のりを、時間をかけて進む羽目になったティアラたちが街に黄玉町へとたどり着いたのは2日後のことであった。
その間、運転しているティアラの背後からは、人間の喉から発せられているとは到底思えないような不気味な笑い声が響いていた。
「おや、そんなところで寝たら風邪ひきますよ?」
「シャル姉のせいじゃない!?」
シャルルが運転席へ戻ってくると、ティアラは精魂尽き果てたという様子でぐったりしていた。魔力は使えば使うほど疲労は蓄積され、枯渇すれば気絶することもあり得るものだ。2日間運転し続けたティアラの魔力は枯渇寸前であった。もはやいつものキャラを作る気力も残っていない。
「やれやれ、仕方がないですね。こちらを飲んで下さい」
「えっ……おえっ、にがぁ」
シャルルは懐から青緑色の液体の入った試験官を取り出すと、そのまま問答無用でティアラの口の中へ突っ込んだ。鼻にツーンとつく嫌な臭い、その味は魚の内臓と青汁を足して割ったようなことで有名な魔力を回復させるためのポーションだ。
「シャル姉、これはヤバイわ。魔力の回復は微々たるものだし、胃と精神への負担が半端ないわ……」
「まあ、ポーションってそういうものですからね」
様々な薬草や植物を調合して作成されるものが、一般的に使用されているポーションである。種類としては、肉体的疲労を軽減する『回復ポーション』、魔力を回復させる『マジックポーション』、傷を癒す『治癒ポーション』、病気を癒す『万能ポーション』の4種類だ。用途はそれぞれ異なり、また、品質によって効果の差が大きい。しかし、どれにも共通していることが一つだけある。それは激マズということだけだ。
今まで味を改良しようとした錬金術師は沢山いたが、ポーションの効果が落ちる物しか作成することは叶わず、実用的ではないため今では殆ど改良しようと試みる者はいなかった。
そんな激マズポーションを強制的に飲まされたティアラは、当然涙目を浮かべている。そんなティアラに対して、シャルルはクイっと人差し指で存在しないメガネを持ち上げる。
「しかし! そんな今までの常識を覆すポーションがここに存在しているのです」
そう高らかに宣言して、シャルルは1本の試験官を掲げた。その液体は薄ピンク色をしており、どこか優しい印象をうける。今までの禍々しい色とは完全に異なっていた。
「では……えいっ」
「ちょっ、んくっ……ぷはぁ」
案の定、ティアラは先ほどと同じようにポーションを突っ込まれたが、その後の反応は先ほどと違っていた。
「美味しいわ‼ なにこれ? 体の疲れが確かに取れているからポーションには違いないけどもしかして……」
「そう、ティアラの考えている通りでです。これはあなたから頂いた液体を使用して作ったポーションですよ! しかも、このポーションは回復ポーションと治癒ポーションの2つの効能を合わせ持っているのです!」
ポーションは単独の効能しか持たないというのがこの世界の常識であった。実際に、他のポーションを混ぜれば2つの効能をもったポーションが作られるのではないかと挑戦した者もいたが、結果を言うと、何かが作用しているのか効果自体は消失するという失敗に終わっていた。
しかし、今その常識が尽く覆されることになった。
「安直ですが、名づけて『治療回復ポーション』といったところでしょうか」
「これは凄いわ! これなら欲しがる人も多いはず」
「ええ、その通りですね。今まで用途に分けられたポーションはその分嵩張ってしまいましたが、これならば1つでどちらにでも対応できるので持ち運びが楽になります。それに、原価は以前のポーションと変わらないのに効果は以前の物よりも高いです。なにより、美味しい‼」
美味しくて効果の良いポーション、欲しがる人がいない訳が無かった。値段も以前のポーションと同額とくれば、どちらの需要が高いかは火を見るよりも明らかだろう。
「そして、こっちは常識が覆るどころではありません、革命です!」
そう言いながらシャルルはもう一つの試験官を取り出した。それは小麦色に輝く液体が入っていた。
「さあ、飲んでみてください」
「う、うん」
シャルルから手渡された液体を、ティアラは恐る恐る受け取り、意を決してグビッと口の中へ流し込んだ。
「こ、これは……やっぱり美味しいわ! さっきのはミルクの風味があってお腹に優しい味だったけど、こっちはミルクの風味ではなくどちらかと言えばレモン? 柑橘系の爽やかな味だわ。それに、この1本でさっきまでの空腹が嘘のようになくなったわ‼」
「そう、そうなのですよ! 今まで4種類しかなかったポーションの歴史が変わるのです。これは5種類目のポーション、『満腹ポーション』です。これがあれば、今まで遠征や、迷宮に籠る際に大量の食糧が必要で荷物も嵩張っていましたが、これ1本でそれが一気に解消されるのです。勿論、ちゃんとした料理には敵わないかもしれませんが、携帯食と比べれば明らかにこちらの方が優れています‼」
「くっくっく、流石盟友の聖獣だわ‼ これさえあれば世界を支配だってできるわ‼」
今この時、ポーションの歴史が動き出した瞬間であった。シャルルは興奮が抑えられず、冷静沈着なキャラをかなぐり捨てて早口でまくし立てる。ティアラも、ポーションのお陰で心身回復し、いつもの調子を取り戻していた。
幸い現在は真夜中、2人が冷静になるのは夜が明けてからのことだった。
2人が家から出ようとした丁度その時、家の扉がトントンとノックされる。こっそりと外の様子を窺うと、訪問者は町長であった。
「町長、どうかしましたか?」
「ああ、なんだティアラか。どうかしたかって、町の入り口にこんな建物が急に現れれば確認しにくるに決まって……おや、後ろのお嬢さんはどなたかな?」
対応しているティアラの後ろに立っているシャルルを見て、町長は少し警戒した面持ちで尋ねた。
「初めまして、隣町から参りましたシャルルと申します。ちょっとこの町に興味を持ったため、引っ越して参りました。どうかよろしくお願いします」
「……ああ、歓迎するよ。ようこそ黄玉町へ」
町長は、一瞬目を閉じ何かを考える様なそぶりを見せたが、直ぐに姿勢を正しシャルルを拒むことなく受け入れた。しかし、顔は何処か硬いままだ。
「シャル姉は私の昔からの知り合いなんです。そして、今回はとあることに協力してもらっていました。それがこちらです」
ティアラは町長に疲労回復ポーションと満腹ポーションのことについて詳しく説明した。勿論、この作成に欠かせない材料はテクテクからの提供であることも説明する。町長はそんな凄いポーションに驚き、シャルルはそのやり取りをみて驚愕の表情を浮かべていた。
「ティアラってちゃんとした敬語使えたのですか!?」
「シャル姉ひどい!」
今までが今までだったため、仕方のないことではあるが、流石のティアラも明らかに目上の人に対してはきちんとした礼節を弁えていた。
そんなティアラを放置し、町長は改めてシャルルを見た。
「シャルルさん、ひとつだけ聞いても良いですか?」
「ええ、勿論いいですよ」
「あなたの目的は?」
町長は些細な変化を見逃すまいと、真剣にシャルルを観察する。
「目的ですか。テクテクさんという方とは仲良くなって、出来れば友達になりたいですね。その際ちょーっと素材を譲ってもらって、研究させてもらえればなーっていう下心はありますが。勿論あなた方に完成したポーションはお渡ししますし、材料費以外の請求もしません。これでもお金には困っていないですからね。あ、それと、私はとても強いので、いざという時に頼りになると思いますよ?」
シャルルはそんな町長に対し、相手が求めていることを正確に読み取り、嘘偽りなく答えた。そして、懐から一つの鉄球を取り出し町長に手渡す。
町長は疑問に思いながらもそれを手に取り、確かに鉄球であることを確認した後促されるままシャルルへ返却した。
「ふんっ」
返却された鉄球にシャルルは軽く力を入れる。すると、鉄球は砂粒へと一瞬で変化していた。
「ねっ?」
「は、ははははは。いや、申し訳なかった。彼女に危害を加えるつもりがないなら問題ない。改めて、ようこそ黄玉町へ。私達はあなたを歓迎致します。それと、我々を救う手立てをくれてありがとう」
「いえいえ、それもこれもテクテクさんのお陰ですよ」
「やはりテクテクさんは素晴らしいですな。彼女の存在は私たちの中で神聖視されていますよ」
「そうですか、それは今から会うのが楽しみですね」
元より、町長たちは心を入れ替え、全ての人々に対して心を開くように努力していた。そのため、テクテクにさえ害が無いのであれば、新たな住民希望者を拒む理由は特になかった。
シャルルの言っていることが正しいと、信じるに値すると感じ取った町長は、その顔を柔和な笑みへと変化させた。
こうして、彼らは食糧難を乗り越えるための切り札を入手することが出来、黄玉町に新たな住民がまた一人増えることとなった。
「いやいやいや、鉄球を粉々にするならまだしも、砂粒に変えるのはどう考えてもおかしいわ‼ もうこんなの怪力お化――え、ちょ、まって、ごめんなさい! 頭が、頭が割れっ、頭がパーンって……」
そして、住民が1人減るかもしれなかった。
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