第12話 夜分に訪問してみた
自宅までの道すがら、ティアラは町民達の話を思い返していた。
「テクテクさんのお陰で暫くは凌げているが、やはり厳しいな」
「ああ、再度他の町まで行って、今までの非礼を詫びて頭をしつこいくらいに下げることでようやく食材を仕入れることが出来るようになったが、あまりにも金額が高すぎる」
「だよな、今まで俺たちが悪かったとはいえ、このままでは先にお金が無くなっっちまうぜ」
「最悪、テクテクさんに頼んであのミルクを多めに頂ければその場は何とかなるかもしれないが、正直あの人にそんな負担を掛けたくないしな~」
あの日以降、なんとか町民たちは生活を送ることが出来るようになっていたが、何時瓦解しても可笑しくない現状ではあった。
ティアラとしても、共に思いを伝えあった大親友のテクテクにそんな負担を強いることは心苦しいと考えていた。
自宅へたどり着いたティアラは、持ち帰った透明に近い液体を⓵、ミルクの色に近い液体を②としてそれぞれにラベルを張る。そして、早速準備に取り掛かった。
「よし!」
ティアラの目の前にあるものは、2つの液体の入ったコップ、そして、1本のナイフである。
そのまま、ティアラは震える手でナイフを手に取り、親指の薄皮を軽く引き裂いた。
「くっ、痛いわね‼」
血が流れることも気にせず、痛みも我慢しつつ、まず⓵の液体を口に流し込んだ。
「こっちは……んっ、なるほど、満腹感が出現するわね。そして手の方は変化なしと」
続いて②の注がれたコップを手に取り、同じく口に流し込んだ。
「んっふぅ。これは……思った通り指の傷が消えたわ!」
一度流れ出た血は消えたりしていないが、新たに血が溢れ出している様子もない。なにより、裂かれていた皮膚がぴったりと接合されており、痛みも消失していた。
「ミルクではあれだけ素晴らしい効果を発揮していたし、それから作られたものが普通なわけないと思ったわ。バターを塗ったパンを食べた時は、特に体の変化を感じなかったからもしかしたらと思たけど、ビンゴのようね」
予想通りの効果を得られたティアラは、ホッと溜息を吐き、今ならまだ間に合うと小瓶を鞄に詰めて家を飛び出した。
辺りは既に日が沈んでおり、暗闇が世界を支配する。そんな暗闇に抵抗するかのような眩い光を発する室内で、一人の女性が椅子に背を預けながら読書をしていた。
静寂な空間にパラパラと本をめくる音だけが木霊する。そんな静かな時間は唐突に終わりを告げた。
玄関を叩く音がコンコンッと鳴り響く。
女性は一瞬居留守を決め込もうか迷ったが、来訪者の性格からして開けるまで待ち続けることは容易に想像できたため、仕方なく本をテーブルに置き、重たい腰をあげた。
「はぁ、ティアラ、こんな夜更けに何の用ですか?」
「わっ、急にドアを開けないでよ、びっくりしたわ。それにしても、よく私だってわかったね」
女性がドアを開けると、そこには隣町の知り合いが佇んでいた。
「こんな真夜中に、町の外れのこんな場所まで訪ねてくる人なんてティアラ以外居ないですよ。そもそも、昼間であろうが魔女呼ばわりする彼らがここに来ることは想像できませんが」
「漆黒の闇は寧ろ私のテリトリーよ! それにしても、シャル姉を魔女呼ばわりだなんて失礼だわ。どちらかと魔王……あ、痛い! シャル姉痛いわ‼ 魔王カッコいいじゃないですか!」
ティアラが姉と慕う女性、シャルルは目の前の無礼なふるまいをした者に対して、アイアンクロ―を炸裂させた。
「相変わらずですね。ティアラと違って彼らのは完全な嫌味で言っているのですよ。それはそうと、今日はいつもの変てこな服装ではないんですね。普通とは言えないですが、こちらの方が似合っていると思いますよ」
「え、似合ってるかしら? この服は私の大大大親友に頂いたものなの! あのシャル姉に褒めてもらえるなんてとても嬉しいわ!」
「へぇ、ティアラに友達ですか。それはさぞ、人の好い性格をしているのでしょうね」
「どういう意味かしら!?」
他愛もない会話から、彼女たちの仲が良いのが窺い知れる。立ち話をずっとするのも疲れるからと、シャルルはティアラを家の中へ招き入れた。
「相変わらず、凄い本の量。それに、魔道具も沢山。これ、前よりもさらに増えていないかしら?」
「私の趣味が本と、珍しい物や魔道具のコレクションって知っているでしょう?おかげ様で、変人扱いされていますが」
シャルルの家の中には、山積みの本と、何の用途に使うか分からない大小の様々な形の道具が所狭しと並べられていた。部屋の中を煌々と照らしている物も一種の魔道具であった。
「それで、今日は何の用件ですか?」
「ああ、そうだわ。シャル姉って昔は錬金術も嗜んでいたって言ってたわよね?」
「ええ、一様ですが。でも、新しくて面白い素材が見つからず、モチベーションも下がってしまったため、暫く錬金はしていないですが」
「ふっふー、そんなシャル姉に朗報だわ! これを見てみて!」
そう言って、ティアラは自信満々に2つの瓶を鞄から取り出した。
「これは何ですか?」
「これはねー、あ、ちょうど良かったわ。この擦り傷を見てて!」
ティアラは家で実演した時の様に②の液体を口に含んだ。すると、やはりと言うべきか、道中で負った擦り傷が綺麗さっぱり塞がっていた。
「これは、回復ポーションですか? それにしては色も匂いも今まで私が見ていたものとは異なりますが」
「そう思うでしょ。実はこれ、牛のミルクの一部なんだ!」
「これがあのミルクですか?」
シャルルが少し身を乗り出す様に瓶を覗き込む。彼女の常識では、傷を治すミルクなんてものは存在しない。そして、もう一息とティアラは⓵の液体をシャルルへ飲むように促した。こればかりは、ティアラが飲んだところでシャルルには伝わらない。
シャルルは少し緊張した面持ちでそれに口をつけ、意を決して少量だけ流し込んだ。
「!?」
胃に液体が到達した瞬間、肩までかかったフィエスタ・ローズの髪がビクンと跳ね上がり、シャルルは眼を大きく見開いた。その先には、したり顔のティアラがいるが、今はそんな些細なことを気にかける余裕が無かった。
「たったこれだけの量で、ご飯を食べたかのようにどっしりとお腹に溜まる感じ。こんなもの、ポーションでも存在しないですよ!」
「どうどう? 凄いわよね?」
「ええ、ええ認めましょう。これが本当にミルクというのであれば研究のし甲斐がありますね。調合次第では、この効能を数倍に引き出すことも可能かもしれないです。そうすれば、ポーションの革命がおきますよ! それで、これは何処で手に入れたのですか!? まだ手に入るのですか!?」
興奮冷めやらぬ間に、シャルルはティアラを問い詰める。あまりの剣幕にティアラは少し後ずさりしたが、ガシッと頭を鷲掴みされそれ以上は逃げられない。
「シャル姉落ち着いて落ち着いて、頭が割れるから! だ、大丈夫だわ、まだ手に入れることは出来るから。でも、その代わりシャル姉には手伝って欲しいことがあるのだけどいいかしら?」
「ええ、いいでしょう。こんな物を持ってきてくれたお礼としてティアラの良いように使われてあげます。で、場所は何処ですか?」
「ふ、これは機密事項、簡単に教えることは出来ないわ。これは私の支配下で入手することが出来る貴重な――」
「なるほど、黄玉町ですね。よし、それでは今から行きますよ」
シャルルはティアラの痛い発言を軽くスルーして、奥の部屋へと向かう。そこは、ティアラも今までは行ったことのない場所だった。
立掛けられた板の前に1つの椅子。そして、椅子の前には棒が取り付けられていた。
「シャル姉、ここは?」
「ここは運転席です。それではティアラはここに座ってください」
「うんてんせき?」
ティアラは促されるままに椅子に座る。その間にシャルルは様々なボタンを操作した。すると、さっきまでただの板だったものに映像が映し出された。
「これは、シャル姉の家の周り?」
「ええ、ここに外の景色が映し出されています。夜でも灯りで見えやすいでしょう? この棒を魔力を込めながら前に押して前進、右・左で方向転換、後ろで停止となります。映像を見ながら操縦して黄玉町まで向かってください」
「え、え!?」
言われるままに棒を前に倒すと、僅かな振動が伝わり、映像が水平方向にゆっくり移動する。
「すごい、家が動いているわ!」
「これは私が集めた魔道具の中でも上位クラスの珍しさ、移動要塞です。私達の魔力を動力として動くのですよ」
「へー、それで、これってどれ位のスピードが出るのかしら?」
「これが最高速ですよ」
「え? 歩く速度と変わらないわよ?」
「こんな大きなものが動くというだけで奇跡なんですよ! それでは私は先ほどの液体を使って研究しますので運転は任せましたよ!」
「えぇ~……」
そう言ってシャルルは本当に部屋を出て行った。長時間、家を動かす羽目になったティアラは最初こそテンションが上がったが、ただ進むだけの単純作業に飽きてしまい、睡魔と対決をする羽目となった。
一方その頃、テクテクはというとベッドに横になり幸せそうな表情を浮かべていた。
「え~、ティアラ寂しいの?……むにゃむにゃ……仕方ないなぁ、ふふふ、こっちにおいで、一緒に寝てあげる~……ギュー……ティーアーラー♪……ふふふ……むにゃむにゃ」
誰にとっての幸か不幸か、ティアラがこのような寝言を聞く機会は永遠に訪れることは無かった。
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