第11話 バターを作ってみた

 テクテクは現在、ティアラと一緒に一心不乱に瓶を振っていた。


「腕が~、腕がもう限界だよ~」

「ふ、奴らが近くにいるのかしら、私の右腕が反応して震えているわ」


 テクテクは最早両腕が胸より上へ上がっていない。ティアラもその右腕はだらりと垂れ下がり、残った左腕で瓶を振っていたが、直ぐに限界を迎えることは明白だ。


 事の発端は数日前までさかのぼる。


「ねえねえテクテク、あんた他の物は作らないの?」

「えっ?」


 セイヨウは何時ものように、ミノちゃんの背でミルクをコクコクと飲んでいた。そして、ぷはぁと綺麗に飲み干した後、ふと思い出したようにテクテクに向かって疑問を投げかけた。


「バターとか、チーズとかあるじゃん?」

「何それ?」

「えっ、知らないの!?」


 バターもチーズも他の世界では割とありふれている食材である。そのため、酪農をしているテクテクが自家製バターや自家製チーズを一向に作らないことにセイヨウは疑問を抱いていた。

 しかし、ミルクが忌避されていたこの世界では、生産している人は稀少であり、少なくともこの国では生産されていなかった。そのため、テクテクが知らないのも無理はなかった。


「もったいない、こんなに美味しいミルクがあるのに。よし、決めたわ!私が作り方を教えてあげるから今から準備してバターを作るわよ! わたしも魔法で手伝ってあげるわ‼」

「えっと、つまりミルクから作れるものなの? それなら頑張ってみようかな。もっと色んな人にミノちゃんのミルクを口に入れてもらうことが出来るってことだもんね‼」

「よーし、それじゃあ必要なものを準備していくわよ‼」

「おー!」

「モ~!」


 こうして、テクテクのバター作りは幕をあげた。


「テクテク~遊びに来たわよ~!」


 道具を作り始めて暫くすると、全身を黒で染めた人物が、丘の上へ上がってきた。雨が降っているわけでも、日差しが強いわけでもないのにかかわらず、その手には開かれた傘が収まっていた。


「あ、ティアラいらっしゃい。その服、前の服よりも似合ってるよ!」

「え、やっぱりそう思うかしら? 私も気に入っているの! なんだか体に凄くなじんでいて、まるで元々私の一部だったような感覚だわ‼」


 来訪者、ティアラはあの日以降、テクテクの家にたびたび遊びに来ていた。その時の恰好は相変わらず忍者の様な格好であったため、折角の可愛さがもったいないと、テクテクが新たな服をプレゼントしていた。しかし、別にこの服がテクテクの趣味というわけではない。

 セイヨウたちが以前物々交換としてテクテクに贈った物の中に、少量ではあるが衣類も混じっていた。テクテクから、その中から好きなものをプレゼントすると言われたティアラは、1着の黒いドレス型のワンピースに目を奪れた。


「くっくっく、この服に身を包んでいる限り私の能力は10倍にアップするわ‼」


 セイヨウの説明を受け、付属品として、ストラップシューズ、ヘッドドレス、お袖止め、チョーカー、十字のネックレス、そして日傘も一緒にティアラへプレゼントしていた。ゴシック&ロリータ、所謂、ゴスロリと呼ばれる衣服であった。


 そんな自分の世界に入り込んでいるティアラの頭の上で、セイヨウはシャドーボクシング宜しくパンチを繰り出していた。


(セイヨウなにしてるの?)

(だって、こいつテクテクの新しい友達でしょ? そして私とテクテクはそれよりも前からマブダチでしょ? だから今のうちから上下関係を教え込んどこうと思って)

(いや、ティアラにセイヨウみえないじゃん)

(気分よ気分)

(あはは……)

(モ~モ~)


 セイヨウは、今はまだテクテク以外には姿を見せることは決してせず、そのため、他の人がいる時は念話で会話を行うようにしていた。念話や任意の人のみに姿を見せる魔法は精霊だからこそ使用できる高度な魔法だ。

 そんな凄い魔法使いである友達の幼稚な姿に、テクテクは苦笑いを隠せず、ミノちゃんは呆れるのであった。

 



「それで、今日は何をしているのかしら?」


 一通り満足したティアラは、テクテクの目の前にある物を見て質問を投げかけた。

 どのようにして作ったか想像もつかないほど、透明度の高い大きなガラスの容器。瓶というよりも、高さのある桶みたいな形と言った方が良いかもしれない。もちろんこれは、セイヨウが地下室を作ったときの応用、物質を変化させる魔法で作ったものだ。そして、大きめのミルク瓶に、何時もの大きさのミルク瓶、大きめな木のスプーン、目が細かい布用意されていた。

 ティアラからすれば、今から何をするのか想像もつかないというのは仕方のないことだ。当事者のテクテクでさえも、どのようにこれを使うのかまだ理解してはいない。


「今からバターを作ろうと思ってるの」

「バター?」

「うん、ええと、ミルクから作れるもので、そのまま食べるものでは無く? パンとかにつけて食べるものだって」

「だって?」

「あ、ううん、つけて食べるものなの」


 テクテクは、なんとか念話でセイヨウに教えてもらいつつ、ティアラに説明した。


「なんなら、一緒に作ってみる?」

「え? わ、私が手伝ってもいいのかしら?」

「うん! そっちの方が楽しいでしょ」

「テクテクがそこまで言うなら仕方ないわね。私の力の一端を見せてあげるわ!」


 どうせならとテクテクが誘うと、ニヤニヤ顔を隠すこともできずに、ティアラは二つ返事で飛びついた。



「最初にミルクを搾ります。ミノちゃん宜しくね!」

「モ~」


 まず初めに、大きいガラスの容器が一杯になるまでミルクを絞った。そのまま、その桶に向かって、初回サービスとセイヨウが魔法を行使する。そうすると、次第に中のミルクに層が出現した。

 

(本当は、冷たい所に1日置いておくのよ!)

(うん、わかった!)


 念話で時々追加のアドバイスをもらいつつ、テクテクは作業を進めた。 


「次に、この上の層のクリームを大きめのミルク瓶に入れます。はい、これはティアラの分ね?」

「うん、分かりましたわ」

「そして、蓋をして振ります」

「取りあえず振れば良いのですね?」

「えっと、ちなみに魔力を纏わずに振ります」

「え?」

「純粋な腕力のみで全力で振ります」

(魔力を纏うとどうしても手の体温が上昇してしまうからね)


 それから二人の地獄は始まった。普段は魔力で身体強化して過ごしている二人である。もし身体強化が出来なければどうなるのか……。

 

 こうして冒頭へと戻るのであった。




「も、もうそろそろ、いいんだって……」

「そ、そうですのね」


 セイヨウからOKを貰ったテクテク達は、ようやく地獄から解放された。


「あら? 中に入れたの液体でしたのに、いつの間にか固まっていますわ!」

「わ、本当だ! え~と、そして、瓶の中身を布に出して搾ります。その際、液が出てくるので、瓶の上で搾ります」

「こう、ですわね!」


 最後の力を振り絞り、力いっぱい二人は搾った。


「で、つ、次は何をすればいいのかしら?」

「こ、これで、やった、完成だって‼」

「か、完成……終わったのですね……」


 こうして、この国初の手作りバターが遂に完成した。既に二人は息も絶え絶えであり、これ以上の工程が残されていたら、彼女たちは力尽きていただろう。


 暫くして体力が回復したテクテクがあらかじめ用意していたパンを家の中まで取りに戻った。そして、どうせならと、そのまま外で昼食を食べることにした。


「ん~、クリーミーで仄かに塩っ気が効いていて美味しいですわ! 特に自分で作ったかしら? 余計に美味しく感じますわね」

「ねー、この美味しさなら頑張った甲斐があったよ!」

「モ~」

「……ミノちゃんってパンも食べれますのね」


 お好みで塩加減を挑戦しつつ、2人と1匹は楽しい昼食の時間を過ごした。


(ん~美味しい!)


 一番の立役者であるセイヨウも、上空でバターを齧りながら空を飛びまわっていた。



 

「ねえ、テクテク、一つ聞いていいかしら?」

「ん~、どうしたの?」

「あの、残っている液体とかって私が貰って帰ってもいいかしら? もちろんお金は払いますわ」

 

 そろそろ、お開きというところで、ふいにティアラがテクテクに尋ねた。その視線の先は、最初にクリームを取り除いた後の液体と、最後に布で搾った時にでた液体だ。


「べつにいいけど、何に使うの?」


 テクテクとしては、これをどうしようするか決めかねていたため、友達が欲しいというのであれば、すべてあげても別段構わなかった。


「ん~、まだ何とも言えないのですけど、試したいことがあるわ」

「分かった、お金も別にいらないよ。でも、何を試すのか分からないけど、成功したら教えてくれる?」

「ええ、それは勿論ですわ!」


 その後、2人で後片付けをして、軽く別れのあいさつを交わしたのちに、荷車を借りたティアラはホクホク顔で帰路に就いた。


「ハッ、今日はどさくさに紛れてテクテクに抱き着くの忘れていたわ‼」


 明るかった顔が、一瞬で後悔の色に染まった瞬間であった。

 



 

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