第14話 お姉ちゃんと呼んでみた
「ん~、今日も良い天気! ミノちゃん、今日も美味しいミルクお願いします」
「モ~」
テクテクはいつもの如く、朝からミルクを絞っていた。すると、遠くから今ではもう聞きなれた親友の声が聞こえてきた。
「テクテク~!」
「ティアラ‼」
ティアラの顔を視認すると、テクテクは満面の笑みを浮かべた。そして、両手を広げて手を振った。何故そのような行為に及んだのか自分でも理解できていないが、手を広げてしまった。あのティアラを相手に。
「⁉」
ティアラはその姿を見た瞬間、高速で脳が稼働した。
テクテクが手を広げているという状況、つまり、そのまま勢い余ってという理由であの胸に飛び込める。そして、飛び込んだら反射的にテクテクは自分の腰に手をまわしてしまう。つまり、合法的に密着出来るということ。あの軟らかさと、テクテクの香りをたっぷりと堪能できることだ。
と、ここまで0.01秒で考えたティアラは、だらしのない顔を隠すこともせずその足を速める。そうしてあともう少しで夢の世界へと旅立てる……という所で空中に静止した。
「シャル姉、痛いわ!?」
「落ち着きなさい」
飛び込む寸前、シャルルがティアラの背後から黄金の右手で後頭部を鷲掴みにし、そのまま地面に叩きつけた。その異様な光景にテクテクは驚き、手を広げた状態で硬直、その隙にシャルルが栄光の冠を手にした。
「初めまして、私はティアラの知り合いでシャルルといいます。貴方がテクテクさんですね。テクテクさんのミルクに興味があって隣町からやってきました。仲良くしてくれると嬉しいです……すんすんすん、なるほど、貴方からもミルクの良い匂いが漂ってきますね。これはポーションだけではなく香水にも使えるかもしれません」
「ふぇっ、えっと、初めまして、テクテクです。その~、ティアラが……あっ、ちょっ、くすぐった……ひゃん」
シャルルは勝者の特権として、ティアラの全てを五感を用いて堪能した。テクテクはティアラのことを気にしつつも、巡るめく展開についていけず、されるがままだ。
「ああ、あぁぁぁぁ、私の桃源郷があぁぁぁぁぁ‼」
シャルルのスラリと伸びた右足で地面に縫い付けられたティアラは、嘆き叫ぶことしか出来なかった。
「すみません、少し興奮していたようです」
「いえいえ、私もびっくりしてしまって。それにしても、ミノちゃんのミルクがそんなポーションに変身するなんてびっくりです」
それからしばらくして、静観していたミノちゃんが仕方なく介入することでようやくテクテクとシャルルは冷静さを取り戻した。そして、シャルルは当初の目的を思い出し、ミルクを使用したポーションの許可、マージン、そして、例のミルクを追加できないかテクテクと交渉することになった。
「それで、定期的にティアラが持ってきたミルクを提供して貰いたいのです」
「追加ですか? ミノちゃんのミルクが皆の役に立つのなら私としては問題はないですけれど……ミノちゃんどう思う?」
「モウモウ」
テクテクからしたら、ミルクを提供するのは自分ではなくミノちゃんだ。そのため、ミノちゃんの意見を最優先にするつもりだった。それに対し、ミノちゃんは尻尾で丸を作って答えた。
「なるほど、このミノちゃんさんが例のミルクを提供してくれた方なのですね。意思疎通が取れる牛なんて初めて見ました」
意外にも興奮することは無く、シャルルは腰を落とし、目線をミノちゃんに合わせて改めて挨拶した。
「ミノちゃんさん初めまして、貴方のお陰で私は心躍る時を過ごすことが出来ました。これから宜しくお願いします」
「……………………モ~」
それから暫く見つめあうシャルルとミノちゃん、何かが通じ合ったのだろう。ミノちゃんは自身を偽ることなく、すっと差し出されたシャルルの右手に応えた。
「ミノちゃんが人前で立った!?」
今まで人前で、ミノちゃんが自らこのようにふるまうことは一切無かった。そのため、流石のテクテクも驚きであった。しかし、シャルルは別段驚くこともなく、握られた手に力を込めた。
「なるほど、やはりミノちゃんさんは普通の牛とは違うのですね。ご心配なく、このことは誰にも言いませんよ」
「モウモウ」
彼女達の中で何かが通じ合ったのだろう。それからそっと手を放し、お互いに背を向けた。
「うう、ミノちゃんが他の人と仲良くなるのおは嬉しいけど、なんだかちょっと変な気分だよ~」
そんな光景を見て、なんとも言えない複雑な心境のテクテクであった。そんなテクテクに対し、シャルルはフッと柔らかい笑みを浮かべた。
「テクテクさん、最初にも言いましたが、取引とは関係なく私は貴方と仲良くなりたいのです。私と仲良く……いえ、友達にして頂けますか?」
「えっ?」
急に話を振られてキョトンとするテクテク。まさか知り合って間もない人からこのような提案をされるとは夢にも思わなかった。
「わ、私で良ければ仲良くしてくれると嬉しいです」
「それならば、敬語は辞めて欲しいですね。私はこれが普通の話し方ですが、ミノちゃんさんや、ティアラとの話し方を聞いている限りそちらが普通の話し方ですよね?」
「う、うん。分かった。よろしく、シャルルさん」
テクテクは当初町に来た時とは違い、段々と友達が増えることに幸せを噛み締めていた。そんなテクテクに対して、シャルルは何処か不満げな表情を浮かべた。
「う~ん、さん付けは良いですよ。呼び捨てで構いません」
「そんな、だってシャルルさんは年上だし……」
「テクテク、友達に上下関係なんて無いのですよ」
そう言って、シャルルは期待の眼差しをテクテクへと向けた。ここまで言われてはテクテクもさん付け以外で呼ばなくてはいけないような気がしてきた。しかし、流石に年上相手に呼び捨ては、テクテクの性格上難しかった。そこで、ティアラが『シャル姉』と呼んでいたことを思い出し、それならばと、密かに夢見ていたことを口に出した。
「うう~、分かった。でも流石に呼び捨てはあれだし……シャ、シャルルお姉ちゃんって呼んでも良いかな?」
「シャルルお姉ちゃん!?」
シャルルの方が身長が高いため、自然と上目遣いになるテクテク。その頬は恥ずかしさで紅潮し、緊張のあまり股の下で手をこすり合わせてもじもじしていた。
このテクテクのしぐさに耐えられる者がいるであろうか。ミノちゃんが立っても全く驚くことのなかったあのシャルルが、普段からは想像もつかないほど声を裏返らせて、目を真ん丸にしていた。そして、目の前の生き物の姿を視界に収めて暫くすると、手で鼻を抑え、上を向いた。
「あっ、その、私、お姉ちゃんってものに昔から憧れを抱いてて、シャルルさんを見ていたら、こんなお姉ちゃんがいたらなーって…あははー、その、ダメ……でしたよね?」
シャルルから何の反応も無かったため、やはりこの呼び方は不味かったのかと誤魔化す様に頬を掻くが、声のトーンが徐々に下がるのは隠せていなかった。
「いや! ダメでないですよ‼ シャルルお姉ちゃんで問題ないです。改めて宜しくお願いします、テクテク」
「う、うん! シャルルお姉ちゃん‼」
このままでは泣くのではないかと、慌ててシャルルは呼び方が問題ないことを伝えると、シャルルはパッと花開く様な満面の笑みを浮かべた。その笑みを見たのが仮に男であったのならば、その男は一生テクテク以外の女性が目に入らなくなるところだったであろう。勿論同性であっても、ノーマルであっても全く影響が無いわけではない。
「これは最早凶器ですね……出血多量で死にそうです」
早くも新たな扉に手を掛けそうになっているシャルルであった。
「あ、そうそう、言い忘れるところでした。ポーションを売った代金の支払い方法を決めないといけませんね」
「え、いいよ。もおう一人で暮らすには十分のお金をいただいてるし、友達からお金なんて受け取れ――」
現実世界へ戻ったシャルルは、取引に関する真面目な話を始めた。案の定、テクテクはお金の受け取りを拒もうと口にしたが、その可憐な唇にそっと人差し指が添えられた。
「親しき中にも礼儀あり、ですよ。それに、お金はあり過ぎて困ることは無いです。もしもの時の為に貰えるものはしっかり貰っておきなさい。ね? お姉ちゃんの言っていることわかりましたか?」
「う、うん。わかったよシャルルお姉ちゃん」
片目を閉じたシャルルは、妹に言い聞かせるように優しい温かな笑顔で語りかけた。彼女を知る者がこの顔を見れば、誰だこいつと、偽物か又は頭を打って正気を失ったのかと疑うレベルであった。
そんなことを露ほど知らないテクテクは、反論できるはずもない。今だけは2人の間に甘い空気が流れていた。
「ねえ、ミノちゃん……私達、忘れられていない?」
「モモモ~」
そんな空間を外から見守る1人と1匹。特にティアラは1歩も動くことなく、そのやり取りをずっと眺めていた。
「まあ、そんなことより、いや、そんなことではないけどそれよりもまず……ミノちゃん、いい加減私の上からどいてくれないかしら!?」
「モッ……!?」
「なにその今気が付いたわって言わんばかりの声は!?」
正確には、1歩も動けずローアングルで眺めるしかなかった。
テクテクの周りは今日も平和であった。
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