第5話 出番を休んでみた

 あれから3日、4日と雨が続き、ついには1週間を超えていた。役場の中は緊迫した空気に包まれ、誰もが口を閉ざす。そして、一刻も早く雨が上がることを、また、ある報告が永遠に来ないことを祈る。


 そんな静けさの中、ガラガラと役場のドアが開けられる音が一際大きく鳴り響いた。そうして、皆の沈黙を破る様に、息を切らせた一人の青年が部屋へと飛び込んできた。


 今、一番聞きたくない爆弾を抱えて。


「やばい、川が決壊するぞ‼」


 


 町の役場は、テクテクが住まう丘ほどではないが、それなりの高台に建てられていた。それより下は、広々とした畑や田んぼが広がり、町民の腹と懐を満たしていた。今までこんなに激しい雨が続いたことは無かった。そのため、このような事態を経験したことがある者はこの町にはいなかった。まさか、と誰しもが思ったが、目の前の光景に現実を突きつけられた。

 

 いつから高台の下は川に変わっていたのだろうか。


「おらの、おらの畑が……」

「いやぁぁ、私たちの家が‼」

「あぁ、やめてくれ、もうやめてくれよ‼」


 町民の悲痛な声が響く。


 町長はそんな町民達を鼓舞するように声を掛けた。


「みんな、辛いのは分かるが落ち着くんだ。幸いにも死者は出ていない。食料や貴重品も全員こっちに持ってきていただろう? それだけあれば暫くはしのげる。それに安心してくれ、俺もちょっとした貯えがあってここに50万Gもある。これで他の町から食料を購入すれば、今からまた種をまいても次の収穫までは持つだろう」


 実は、町長は数日前からこのような事態を想定して、高台より下に住まう者たちに避難命令と必要な持ってきておくように伝えていた。そして、皆が住まう場所や、いざ食糧難になった時に何処の町から食料を調達するか、調達までのルートはどうするか、誰が行くかといった、事細かい内容をまとめていた。よそ者には厳しいが、町民には全力で救おうとする、頼りになる町長であった。


 そして――。


「そうだそうだ、俺のへそくり5万Gも使ってやるから元気出せって‼」

「ちょっと、あんたいつの間にそんなへそくり貯めてたんだい! まったくもう……私のへそくり10万Gも出すわよ!」

「俺の家は広いから、2家族位なら余裕で住めるぜ‼ 遠慮なんてするなよ」

「俺も俺も――」


 町民達も、互いに互いを気遣い救い合う精神が根付いていた。この町に住まう誰もが、『自分だけ幸せ』ではなく、『全員で幸せ』を願う精神の持ち主であった。 彼らは、ただただよそ者に対してだけ厳しいだけであった。それが、彼らにとって致命的な欠点でもあった。


 それから2日後、曇り空は続くも、ようやく雨は上がった。


 水が下流に流れ、川の水量も落ち着いた頃合いを見計らい、町民たちは下の様子見に行った。家は全て流され、跡形もない。畑も土ごと全て流れていき、もはやどこが畑だったのか見当もつかない。予想通りの惨状が広がっているだけであった。

 しかし、全員でなら乗り越えられるだろうと、この時は誰もが思っていた。



「それじゃあ頼んだぞ!」

「ああ、任せてくれ」


 比較的若い衆が集まり、それぞれの目的地に向かい荷車を押して町を出ていく。その顔は総じて明るい。何故なら、食料の資金として200万Gを超える大金が集まり、食糧難も乗り越えることが出来ると思っていたためだ。後は買い付けに行くだけだが、幸いにも道中危険な場所は無い。山を1つ登らなければいけないのが大変だが、比較的緩やかであり、体力を持て余した若者たちにとっては屁でもなかった。

 食料を買い付けに行っている間、残った町民は畑を整備する係と道を整備する係、新しい家を建てる係、食事係とそれぞれの役割に分担して復興のための作業を行っていた。


「おも~い」

「やっぱり、若者がいないと少し大変ね」


 現在町に残っているのは女子供、老人、そして病弱な者だけだ。唯一の例外は建築士である若者だが、数年に1軒建てるか建てないかのレベルだ。これだけ沢山の家を急いで作るなんて経験はない。それに、元々林業などは盛んに行われていなかったため、専属の木こり等もいない。全員が久々に木を伐り、重い木材を運び、家が建てれるように木材を加工する。どれも重労働であり、なかなか思うように進まなかった。しかし、だれも悲嘆に暮れていなかった。若者たちが食料を買い付けて戻ってきてくれると信じていたためだ。



 それから数日後、若者たちが続々と戻ってきた。全員、殆ど空っぽの荷車を引いて……。


「すみません町長、売ってもらえませんでした……。道中に会った木の実など食べられそうな物は見つけては集めてみたのですが……」

「どうしてだ!? なにがあった? 今まで俺たちは散々食糧難の時に手を貸してやったじゃないか」


 流石の町長も、この状況には焦らざるをえなかった。最初の一団が戻ってきたときは、そんな時もあるさと励ましていた。しかし、次の一団も、そして次の一団も空の荷車が続くとなると流石におかしいと思うようになった。


「それが、なんでもあっちでもこの町ほどではないけど水害があったり、虫害があって食料が心もとないからって断られたんだ。それに、お前らは広大な食糧庫を抱えていたんだから貯蓄は一杯あるだろって」

「そんなのあるわけないだろ! ついこの間領主様に税として納めたばかりだぞ! それに食糧庫っていったって全滅だ! 何も採れるものなんてない‼」

「勿論そう言ったさ。そしたら、お前たちが足元を見て高値で売り付けたことを忘れたのかって……」

「そ、それは……」


 確かに彼らはその膨大な畑により、他の町が食糧難に陥った時手を貸していた。相手が支払えるギリギリの金額と引き換えに。それは、彼らが自分たちの町のみを優先した結果であった。それでも、文句を言って売ってもらえなければ元も子もないため、他の町の住民たちは黙って購入していた。しかし、立場が逆になれば黙っている理由もない。それに、食糧庫としての役割が壊滅した今、彼らからしたらこの町に支援するよりも、他の町に支援する方が有意義だと考えるのも無理はなかった。


「りょ、領主様の所に行った一団は……」


 いざという時の為に、領主の館へも税の一部を返納してもらえないかと一団を向かわせていた。 

 タイミングが良いのか悪いのか、その時領主の館へ向かっていた一団が戻ってきた。

 例の如く、荷車には何も積まれていなかった。


「領主様曰く、お前らに返す税はない。今までは役目を果たしてきたからお前たちの業腹な無茶な希望にも答えてきたが、役目を果たせない町はもう必要ないだろう? と……」

「お、俺たちは、領主様にも見捨てられたのか……」


 よそ者には厳しい、それは町民ではない領主も例外ではなかった。勿論、テクテクにしたようなことをしたら首が飛んでもおかしくないため、咎のないギリギリのラインで接してきた。自分たちの食糧が無くなれば困るだろ? と。


 因果応報、彼らの欠点によるツケが帰ってきて彼らは初めてそのことに気が付いた。 




 一方その頃、テクテクはミルクを瓶に詰めては倉庫保管し、謎を解明すべく寝ずの番を行っていた。


 テクテクも町の惨状を知っているため、一度何か手伝うことは無いかと声を掛けに行ったら、この忙しいときによそ者がしゃしゃり出てくるなと、凄い剣幕で怒鳴られ、追い出されてしまっていた。

 今は無理に距離を詰めようとするよりも、落ち着いてから接した方が良いだろうと思ったテクテクは、暫く丘に引きこもることにした。幸いにも食料に困ることも何故かない。

 引きこもっていてはやることもあんまりないため、このようにして検証の日々を送っていた。


「う~、今日こそ……今日こそ正体を突き止めて……むにゃむにゃ……くぅ~、すぴ~」


 結果として、起きている間は異変は何もないが、少しでも寝てしまうと、起きた時には前回と同じように空の瓶と引き換えにお礼が置かれていた。


「きょ、今日こそ………………くぴゅ~」


 徹夜できない体質のテクテクでは、寝ずの番を行うことが出来ないということに気が付くのはまだまだ先であった。

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