第2話 瓶を作ってみた

 朝日が窓の隙間から差し込み、テクテクの顔を白く照らす。その光は瞼の上から瞳を刺激し、少女を覚醒へと導いた。


「ん~、よく寝た!昨日は久々に頑張ったから疲れちゃった」


 ベッドから体を起こしたテクテクは、両手を天に向け伸びをしつつ、凝り固まった首を動かして身体の覚醒を促していく。

 陽に照らされた部屋の中は、埃っぽさはなく、光の反射で壁の木材が艶々と輝いていた。


「今日からお仕事頑張らないとな!」


 テクテクは現在無一文である。昨日は家の修繕と清掃、そして森と民家を数回往復して木材を入手し、簡単な牛舎を作成した。幸いにもオノやノコギリ、ノミといった一般的な道具類は倉庫の中に埃をかぶっておいてあったため、ありがたく拝借することで一晩で牛舎を立てることが出来た。

 町の人々は、大きな木材を荷車に乗せて往復するテクテクを見て、こそこそと内緒話をする。この時はまだ、人々の目には好奇心よりも侮蔑な色が大多数を占めていた。

 大人でも持てないような木材を次々運搬する少女。流石にテクテク自身がとってきたとは思われていないようではあるが、あの森にそんなことが出来る人物が住んでいて少女と繋がっているのかと、戦々恐々という感じで遠巻きに眺めていた。

  


「モモモ~」

「あ、ミノちゃん、おはよう!」


 牛舎の扉を前足で開け、ミノちゃんが民家の窓に顔を突っ込む。いつものおねだりかと、テクテクはミノちゃんの頭を優しくナデナデした。

 それからサラダと牛乳という簡単な食事を済ませ、手早く外出の為の準備を完成させた。


「まあ、お仕事っていっても、私に出来ることは一つしかないんだけどね。そのためにもまずは瓶を作らないとね」


 テクテクが唯一出来る仕事、それは牛を育て、乳を搾ることであった。今までは自分たちの分があればそれで充分であった。しかし、商売にしようと思うなら大量の容器が必要になる。テクテクが知っている中で一番適し、且つ自分で作ることが可能なもの、それはガラスから作る瓶であった。


「この町も山からそう離れてないからあると思うんだよね。位置的に、あっちの川沿いかな?」


 目的の物を目指して、テクテクは山から流れ出る自然の恵みがもたらす場所まで荷車で向かった。

 

 さらさらと上流から流れる冷たい水の川、色は透き通っており、魚も元気に泳いでいた。その脇の石辺で、テクテクは目的の物をすぐに見つけることが出来た。


「あったあった、白い石。思った以上に一杯あるし、取り合えず乗せられるだけ乗せていこう」


 テクテクは白い石又は淡灰色の石を拾い荷車へ積んでいった。


「ミノちゃんもお手伝いありがとう、疲れたら無理せず水を飲んで休憩していてね」


 テクテクは石を積みつつも、手伝ってくれているミノちゃんへのねぎらいの言葉も忘れず優しく語り掛けていた。

 小一時間で荷車山盛りに目的の石を集めることが出来たため、テクテクはミノちゃんにまたがり、自宅へと戻っていった。

 そんな光景が誰の目に留まらないなんてことは無く、町の人から変な少女というレッテルを貼られていることにテクテクはまだ気がついていなかった。


「よーし、それじゃぁ瓶づくりといきますか!」


 ミノちゃんに火付けを手伝ってもらい炉を加熱する。その間にテクテクは取ってきた石を粉々に粉砕し、十分に炉内が高温になったら溶解、そして形成と流れる様な作業で次々とガラス瓶の量産を開始した。


「どれ位の瓶が必要なんだろう。ね、ミノちゃん、お乳って1日にどれだけ出るの?」

「モモ~ウ」

「あ、そうなんだね。それなら材料あるだけ作っちゃおうかな」


 テクテクはミノちゃんと会話しつつ、もくもくとガラス瓶づくりの手を緩めない。ミノちゃんの足元には8の字が描かれていた。

 それから昼食も食べることなくテクテクはガラス瓶を作り続け、最終的にガラス瓶は200個を超えていた。テクテクが制作したガラス瓶は、邪魔にならないように倉庫に次々等間隔に並べられていく。そうして最後の透明なガラス瓶が倉庫にしまわれ、ようやくテクテクは腰をつけることが出来た。


「あ、ミノちゃん、今日はいい仕事したね!いえーい!!」


 この清々しい達成感を分かち合いたかったテクテクは、同じく仕事を終えて戻ってきたミノちゃんとハイタッチを交わした。そして、夕食を食べようと立ち上がったところでテクテクの視界がブレた。


「あ……」


 そのまま力なく後ろ向きに体が傾き――咄嗟の所でミノちゃんの体が滑り込みポフっとテクテクの体を受け止める。


「あははー、ごめんねミノちゃん。ちょっと疲れちゃった。すぐ起きるからもう少しだけこのままでもいいかな?」

「モモ~ウ」


 言葉とは裏腹に、テクテクの意識は遠のき、次第にすやすやと寝息を立て始めた。久々の肉体労働だ、テクテクが過労で倒れるのも無理はなかった。

 ミノちゃんは、飼い主の無茶を止められなかったと少し後悔し、甘んじて枕役を引き受けることにした。


「すぅ、すぅ、すぅ、えへへ、みのちゃ~ん」


 時折幸せそうな寝顔を浮かべ、爆睡するテクテク。夕焼け空から完全に太陽が隠れ、暗闇へと変化する。それまで温かかった風も、次第に冷たさが交わるようになっていた。この町は、比較的に穏やかな気候ではあるが、夜になるとまだまだ冷え込む時期であった。


「んんっ、う~」

 

 肌寒いせいか、寝ていたテクテクも少し苦悶の表情を浮かべる。ミノちゃんは風邪でも引かれたら困るなと、そっとテクテクの頭を地面に横たえ、やれやれと首を左右へ振った。

 そのまま、民家の扉を前足で開け中へ入る。そして、テクテクの寝ている場所へ戻ると、そっとフカフカの毛布を掛け、再度自己の腹を枕として差し出した。

 願わくば、この飼い主が楽しく過ごせますように。そう願いながら、ミノちゃんも夢の世界へと旅立った。

 



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