酪農していたらいつの間にか聖女認定されていた件

@NurseShop

第1話 町へ行ってみた

 一頭の牛が、荷車を引きながら小高い丘を登っていた。荷台には、ちょっとした生活用品と1台の炉、そして成熟しきっていない1人の少女が乗っていた。


「皆と仲良くなれるといいな~」


 少女は今後の生活に夢をみつつ、不安のためかしきりに腰まで伸ばしたエメラルドグリーンの髪を弄っていた。

 丘の頂上に到着すると、そこには古びた民家と倉庫だけがぽつんと建っていた。周りには青々と茂る草以外は何もなく、町からも離れているため俗世から隔離されたいという人物以外でここに住みたいという人間はいないと言っていい。しかし、少女はこの場所を一目見ただけで気に入っていた。理由は簡単、牛の食事に困らないためだ。


「食料はばっちり、建物はっと……うん、外見はボロく見えるけど、中はしっかりしているわ。木造で香りも落ち着くし、なにより大きい倉庫も付いている。ここを格安で譲ってくれた町長さんには感謝しなくっちゃ」


 家の中を隅々まで観察しつつ、少女はこれまでのことを思い返していた。




 少女は元々街から離れた森の中に祖父と牛の2人と1匹で暮らしていた。こんな生活が長く続くと信じて疑わなかった少女であるが、しかし、残酷なことに寿命という運命には抗えなかった。いつも通りの朝、祖父を起こしに行くと、祖父は机の上で突っ伏していた。


「もう、おじいちゃんったらまたこんな所で寝て。布団で寝てっていつも言ってるのに。ほ~ら、おじいちゃん、起きて――――」


 少女は信じていた。起きるや否や何時ものように「おお、すまんのう。おはようテクテク」と笑顔を向けてくれることを。だから信じられなかった、肩に手を触れると返ってきた、硬く冷たい感触を。

 何時までそうしていただろうか、床にぺたりと座り込んでいた少女の脇を一陣の風が吹き抜け、机の上にあった紙が1枚ひらひらと舞い降りた。少女は視点の合わない目で暫くボーっとそれを眺めていたが、焦点が合うにつれ、床に一つ、また一つと染みを広げていった。


『テクテクへ、儂はもうそろそろお迎えがきそうじゃ。本当なら儂の口から伝えたいのじゃが、おじいちゃんっ子のお主はそんなこと言ったら怒りそうじゃからのう。だからこうして紙に伝えたいことをまとめようと思う。

 まず第1に、儂の人生は最高じゃった、ということじゃな。最後まで可愛い可愛い孫娘と一緒に暮らせたんじゃ。これ以上の幸せなことは無いよ。ただ一つだけ心残りなことはある。それはお主のことじゃ。

 本当は隠しておこうと思ったのじゃが、頭のいいお主のことじゃ。既に気が付いていると思うがお主は儂の本当の孫ではない。16年前にたまたま森の入り口に捨てられていた死にかけの赤ん坊を儂が拾ったのが始まりじゃった。残念ながら布にくるまれた以外に何かヒントになるような物はなく、両親の手掛かりに関しては何もわからん。すまんのう。

 最初は直ぐに町へ届けようと思った。しかしそんな時、お主が儂の顔を見て弱々しくも天使のように微笑んだんじゃ。当時、人間の禍々しさに耐えられず隠居していた儂は、その笑顔に心が浄化され、お主が元気になるまでは、と面倒を見ることにしたんじゃ。最初は本当に元気になったら街へ送り届けようと思っていたのじゃが、お主を育てるにつれ愛着がわいてのぅ、もう少ししたら、もう少ししたらと段々と手放せなくなり今に至ってしまった訳じゃ。

 本当なら、お主には町で暮らして、同年代の子供たちと一緒に遊び、ゆくゆくは健全にお付き合い……はまだ許可できそうにないが、とにかく普通の子供たちと同じように生活するべきじゃと儂は思う。しかし、儂の心が弱くて町で暮らせと手放なすことが出来なかったんじゃ。許しておくれ。

 だからこそ、儂が死んだら儂のことはきれいさっぱり忘れて……もらうのはやっぱり寂しいからちょーっとは覚えていても良いから街へ行って他の人間たちに触れて健全に暮らして欲しいんじゃ。家に置いてある炉と牛を売ればそこそこの値段になるじゃろて、それで新しい人生を歩んでおくれ。

 最後になるが、儂はお主と暮らせて本当に幸せじゃった。今までありがとうテクテク。願わくば、お主の今後の人生に幸あらんことを』


「知ってたよおじいちゃん。そして、私も幸せだったんだよ……ありがとう、おじいちゃ……う……うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」


 少女の涙がとめどなく流れる。しかし、先程までとは違い、少女の心には温もりが戻っていた。

 数分間泣いていただろうか、少女は完全には涙は止まっていいが、しっかりと両足で立ち、祖父へ向かって両手を突き出していた。


「おじいちゃんごめんね、私も一つだけ黙っていたことがあるんだ。こっそり読んだ魔術の本で唯一習得できた魔法、今披露するね」


 少女の両手に黄色い光が集まる。その光は次第に大きくなり、祖父の体を包み込んだ。


「其、幾への時を経て辿り着きし者、次世界への旅路、輪に戻れ、プネウマ・ハギオン・テオス・エヴロギア」


 少女が呪文を唱えると、より一層祖父の体は輝き、次第に原形を無くし光の粒となって天へ昇って行った。


「心の清き人々の魂を導き、輪廻転生の輪に戻す終の聖魔法。おじいちゃん、次の人生も幸せでありますように」


 少女はその光が消える最後まで、涙ではなく、微笑を天へと向けていた。


 人間には感知し得ないが、死後の人々の魂は、輪廻転生の輪に戻ることなく時の裁断へと吸い込まれ、その魂は完全消滅されていた。これは穢れた魂を再度使用することを最高神が嫌ったためだ。しかし、それではあまりにも可哀そうだと聖霊神が訴え、せめて穢れ無き魂だけは輪廻転生の輪に戻せるようにと最高神を説得した。それにより生まれたのが終の聖魔法だ。この魔法により選別された穢れ無き魂だけが輪廻転生の輪へと戻ることが出来るのだ。

 しかし、それを扱える人は現在存在せず、人々は空想上のもの、おとぎ話の中だけの物と判断していた。それを何故少女が扱えたのか、その理由はまだ誰も知らない。



 少女は祖父の遺言に従い、町へ繰り出すことにした。一番の理由は祖父の願いであるから。そして、少女自身も少なからず他の人間に興味を抱いていたことも理由の一つだ。

 そうはいっても、少女は森でその日暮らしをしていたために、貨幣なんてものは殆ど持っていない。かといって祖父の物を売るなんてとてもではないが考え付かなかった。


「まあ、なんとかなるでしょ。ミノちゃんと一緒ならきっと大丈夫」


 幸いにも少女はポジティブな性格であり、荷車に荷物を全て載せ、一頭の牛ことミノちゃんと一緒に近くの街へ繰り出した。



「あー?この町に住みたいだって?ダメダメ、この町にはよそ者なんていらないんだよ」

「そこをなんとかお願いします。他に行くところが無いんです」


 少女は町に着くや否や、町長へ移住の申し出をしたが、残念にも閉鎖的な町であったため対応は冷たかった。この場面を祖父が見たら間違いなく町長を殴り倒し、激高していただろう。

 しかし、少女は諦めなかった。どれだけ拒絶されようと頭を下げ続けた。普通の人であればここまで拒絶されれば他の町へ行こうと考えるところであるが、少女としては祖父の願いをかなえつつも、出来るだけあの森から離れたくはないという思いが強かったためだ。

 可愛らしい少女が自分に対してここまで頭を下げていることに対して、町長は罪悪感を覚えるようになり、しぶしぶ移住の許可を出すことにした。


「仕方がない、ただし、土地代を払えるならだ。これは絶対の条件だ。町の外れに小高い丘があるが、そこに一軒の家がある。そこならば50万Gで売ってやろう」


 町長は昨年亡くなった偏屈な老婆の住処を思い出し、あそこなら他の町民から文句が少ないであろうこと、本来であるならば10万Gでも十分であり、売れれば儲けもん、売れなくても当初の予定通り移住を断ることが出来るために出した提案であった。多少罪悪感を覚えようが、やはり人間、自分が一番大切であった。


「50万Gですね!よかったー、ちょうど50万Gありました!これでお願いします」


 明らかに法外な値段であったにも拘わらず、少女は躊躇うことなく笑顔で全財産であろう貨幣を差し出した時には、流石の町長も面を食らった。そうして少女は契約書にサインをして正式にこの町の住民となった。




 民家の窓を開け、少女はのんびりと草をむしゃむしゃと咀嚼している牛を眺め、その後、丘から見下ろせる町並みを一望した。


「ミノちゃん、これから一緒に頑張ろうね!」


 今日からここで少女、テクテクの新たな人生が幕を開けた。

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