第36話「小さな小さなビッグバトル」

 この戦いが不可避だったかと問われれば、シズマは答えに詰まるだろう。だが、戦わねば神の意思は変えられない、それだけは断言できた。

 神などと名乗っているが、その本性はシズマたち人間と同じだ。

 創造的な事業への熱意があって、喜びを感じている。

 失敗から学んで、何度でも成功を目指して挑戦する。

 そして、やはり自分の死に対して底しれぬ恐怖を感じているのだ。


「神様、あんたって人がよくわかったぜ! 俺と……俺たちと変わらない! そういう人間臭さを知れたのはラッキーだったな!」


 シズマは左右の手に、それぞれ別々の呪文を構築する。

 味方のための回復魔法と同時に、神へと向けて放ついかずちが集束してゆく。仲間たちも必死に戦ってくれているが、メイコの肉体を操る神は圧倒的だった。

 そして、激痛と共にシズマの全身に呪いの紋様が広がってゆく。


「ちょっち、シズマ!? なにそれ……めちゃエモ! なになに、タトゥ? かっこいいじゃん!」

「アスカ、これは……まあ、そういう感じ! ファッションだよ、ファッション!」


 シズマが放った電撃が、神の影を串刺しにしてゆく。

 だが、神のはやさはアスカ譲りで、その力を奪ったメイコは飛ぶように馳せる。目で追うのもやっとの動きから、向こうもまた強力な呪文を撃ってきた。

 長引けば、魔力の代わりに消費し続けてる生命力が尽きてしまう。

 そうなれば、シズマは死ぬ。


「死ぬのが怖い神様を前に……俺、ちょっと格好いいじゃんかよ」

「んー? なになに、シズマ! なんか言ったー?」

「なんでもないっ! アスカ、あんまし無茶すんなよ!」

「大丈夫、あーしもわからないなりに、馬鹿なりにカチンときてっから!」


 マッスルサーガやディリア、ルベリアも苦戦していた。

 無理もない……神の動きは文字通り神速、全くついていけない。

 たった一人、竜をまとったエルフの少女以外、誰もが。


「おっ、魔族の魔法か……確かにそれなら、ドラゴンの力を得て身体能力は飛躍的に向上するね」

「神様っ、考えを改めてくださいまし! 誰だって死にたくはないものですわ……でも、だからといって! 自分が生きてくために他者の犠牲を必要とする、それは間違った考え方ですの!」

「理屈ではそうだろう! でも、それは人の理屈だよ! 私は……私は、神なんだ!」


 アレサの背で翼がしなる。

 風を纏って羽撃はばたく姿が、神に肉薄して巨剣を振り上げた。

 だが、次の瞬間……瞬間移動で神はアレサから離れる。

 虚しく斬撃はブォン! と空気を震わせるだけだった。


「くっ、逃げられましたわ……それなら! ドラゴメイル! ドラグメイル、ドラグメイル……ドラグメイルッ!」


 アレサが竜化の魔法を重ねがけする。

 白い柔肌やわはだがどんどん、うろこ甲殻こうかくに包まれていった。その手足には鋭い爪が生えて、もう顔以外は竜の化身と化している。

 この世で最強の生物、ドラゴンの力をオーバードーズして、アレサの美貌が危険な野性味を帯びていた。

 思わずディリアが、悲痛な叫びを張り上げる。


「アレサ! その呪文を繰り返し使うのは危険だ! ……クッ、教えるべきではなかったか? あれでは、人に戻れなくなる」


 咆哮ほうこうにも似た声を張り上げ、アレサの動きが加速した。

 瞬間移動を交えて高速で動く神に、デタラメな軌道で迫ってゆく。

 流石さすがの神も僅かに驚きを見せる。

 だが、片眉を跳ね上げつつも、メイコの顔は不気味な無表情だった。


「おやおや、これはちと厄介だね。魔族もこの数百年で随分、独自の魔法を発達させたものだ。けど、それを神に、この神に! 向けるのは! 許されないっ!」


 玉座の間を、二つの流星が激しく飛び交う。

 光の軌跡を残して宙を舞う二人の、その片方が一際強く輝き出した。

 神は魔法に巨大化の能力を交えて、無数の氷柱つららを次々と降らせた。シズマたちはそれを見上げながら、巨大な氷塊へと膨らみ落下する殺意から逃げ惑う。

 暴力的な翼で飛ぶアレサは、全てを回避しつつ神へと迫っていた。

 だが、神の苛烈な攻撃も続いている。


「シズマ、メイコっちの魔法……さっきより強くなってない!?」

「あ、ああ……グッ! ハァ、ハァ……そう、だな」

「シズマ? え、ちょっと! 凄い汗だよ!?」

「大丈夫だ、アスカ。それより……アレサを、援護しなきゃ」


 しかし、すでにシズマの全身は半分ほどが呪いにむしばまれている。

 覚悟はしていたが、かなりキツい。

 そして、彼の奮闘を嘲笑あざわらうかのように、神がアレサを撃ち落とした。

 特大の禁術が複数同時に炸裂して、その爆光の中へとアレサを飲み込んでゆく。何度も地面にバウンドして叩きつけられ、アレサを包む竜の力がバリン! と弾けて消えた。

 そして、生まれたままの姿で彼女は動かなくなった。


「アレサッ! クッ、回復魔法を」

「おっと、シズマ! やらせはしないよ……悪いけど、君たちを生かして帰す訳にはいかない。神は常に無敵であるべきだからね!」


 神が長杖ロッドを振りかざして、さらなる攻撃呪文を組み上げ始めた。

 同時に、シズマも目を見開いて苦痛に耐える。

 全身を引き絞られるような、引き裂かれるような激痛。

 その中で彼もまた、神と同じ魔法を高速で放った。


「禁術、メギドフレイムッ!」

「はは、頑張るじゃないか、シズマッ! それでこそ大賢者スペルマスター、最強の転使てんしの一人だ!」


 地獄のほむらにも似た、黒い炎が両者から迸る。

 それは互いに喰い合う蛇のように絡み合って、魔力と生命力が拮抗した。押し負けた方にその威力が全て跳ね返ってくるかと思えば、シズマは身を削って魔法を発現し続ける。

 一方で、神は涼しい笑みを浮かべていた。


「メイコは色々な能力を集め過ぎたね。完全に彼女のキャパシティをオーバーしていた。最後の方は制御が難しくなっていたしね。でも、私なら全てをフルパワーで使える」

「うる、せえっ! だからどうした……それが、どうしたっ!」

「まだ逆らうのかい、シズマッ! 飼い犬に手を噛まれるとは、このことだ。とんだ駄犬だけんという訳だね、君は」

「俺は犬じゃないっ!」

「はは、なら……さしずめ駄転使だてんしってとこかな!」


 視界が霞んで、全身の感覚が遠のく。

 痛みすらも鈍くなっていき、シズマの意識は徐々に薄らいでいった。

 だが、左右に並ぶディリアとルベリアが、一緒に魔法を支えてくれた。


「ディリア、我らも魔力を放出するのじゃ! 神め……若者をわらい、もてあそぶとは!」

「陛下、合わせます! シズマ、オレも戦う! オレたちも共に戦ってるぞ! しっかりしろ!」


 だが、徐々にシズマたちは押され始めた。

 三人で同時に力を注いでも、神がメイコに出させている魔力の方が大きいのだ。それは当然、倍加の能力で強化されつつ、完全に制御された状態で牙を剥く。

 魔法同士のぶつかり合いが臨界に達して、弾けてぜる。

 閃光に遅れて爆風が広がり、シズマたちは風圧に薙ぎ倒された。


「ふう、よしよし。シズマ、まだやるかね? 終わりにするなら、このまま生きて帰ってもらっても構わない。君たちが私の真実を吹聴するなら、異端者になるだろうけど」

「くっ……ま、まだ、まだっ……俺は、俺たち、は」

「このままでは君、死んでしまうよ?」

「俺は……死なない。死んじゃ、いけない、んだ……ッ!」


 歯を食いしばって、シズマは立ち上がろうと足掻いた。

 以前のシズマなら、命など惜しくないと思ったかもしれない。それ以前に、こうなるまで戦いにこだわったりはしなかったはずだ。小利口に、神とだって折り合いをつけたと思うのだ。

 だが、今は真っ向からの戦いを選んで、それを後悔していない。

 そして、死なないと決めている……生命を削って戦っても、命を捨てない。

 今まで、自分がよかれと思って旗を振った、それで頑張れた人たちがいる。そうした人たちが自分の背中を見てくれているのを、シズマは知らずに生きてきた。相手の中に侵入しても、変えてしまったなにかを見ようとしてこなかったのだ。


「シズマ、君は自分が死なないと思っているのかい? ……それは、死ぬのが怖いから。違うだろうか、誰だって命は惜しい。その気持ちを私が、神が持つのは駄目かい?」

「駄目、じゃ、な……で、でもっ! やっていい、ことと! いけないことが、あるっ!」


 シズマは立った。

 立って術式を励起れいきさせる。

 だが、肌の上に蠢く呪いが明滅して、いよいよシズマの全身を飲み込もうとしていた。

 激しい痛みに思わず、無様に再び崩れ落ちてしまう。

 そしてもう、肉体は思う通りに動いてはくれなかった。


「ほら、限界だろ? もう、よそう。さ、今回の魔王も倒され、転使は使命を果たした。元の世界に帰してあげよう」

「ま、待て……まだ」

「ああ、勿論もちろんメイコも一緒に帰すよ。それでいいだろう?」

「なにも、よく、ない……何一つ! よく、ないっ!」


 息をするだけで、出入りする呼気が痛みを連れてくる。

 全身が燃えるように熱くて、それなのに寒気が止まらなかった。

 そして、勝ち誇った神が目の前に降りてくる。

 その不遜な笑みが、突然白いなにかに遮られた。


「え……ア、アレサ?」


 裸のアレサが、倒れたシズマをかばうように両手を広げていた。

 彼女は以前、言ってくれた。初めて二人が出会った、あの田舎の村のことをだ。魔力を失い毎日を無為に過ごしていながら……シズマは転使として、小さな女の子を助けようとした。助けにならないと知ってても、我が身を盾に彼女を守ろうとした。

 その勇気をアレサは、ずっと覚えててくれたという。

 彼女は、神の前でシズマに振り返ると、そっとひざを突く。

 そして次の瞬間……アレサが驚くべき行動を取るのだった。

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