第35話「神様という人、人となり」

 神はかく語りき。

 その言葉にシズマは、まずは静かに耳を傾けた。

 だが、その内容には愕然がくぜんとするしかない。

 神の存在が当たり前で、実在の周知が徹底した世界……そんなエルエデンは、シズマの暮らす地球の日本と無関係ではなかったのだ。


「我々は、君たち人間からは神と呼ばれている。けど、実際には高次存在の精神生命体だ。我々は超常ちょうじょうの力を多く持ち、それぞれ自分の世界を創造して生命を育んだ」

「……つまり、沢山の神様がいて、エルエデンの担当はお前って訳か」

「そう、理解が早いね、シズマ。そして、数多の世界が生まれては消え、消えてはまた生まれ続けた。我々は皆、トライ&エラーを続けながら、よりよい世界の構築に務めた」


 恐らく、滅びた世界や崩壊した世界もあっただろう。

 だが、彼等は神だ。

 超越者ちょうえつしゃという視点から見れば、人々の傲慢さや愚かさはエラーだろう。そして、それゆえに世界が消え去っても、また最初からやり直すだけだろう。神々がトライを続ける理由、そこまではわからなかったが。

 そして、神はついに話の核心に触れる。


「我々は幾度いくども、繰り返し生命を生み出し続け……とある神が、一つの理想に到達した。類稀たぐいまれなるなる存在、真に完成された知的生命体を生み出すことに成功したんだよ」

「……それが、エルエデンか?」

「はは、僕じゃない。シズマ、。知ってるかい? 我々神々のつかさどる世界の中では、君たちの世界、地球が最も完成度が高く繁栄した作品なんだ」

「神々の箱庭ごっこで生まれたんだな、俺たちは」

「気を悪くしないでほしい。私たちは神なればこそ、誠実にやらせてもらってるんだよ? ……それがまさか、あんな結果を生むことになるなんて」


 神はメイコの表情をくもらせた。

 無機質な美貌を貼り付けたままのメイコが、わずかにかなしみの顔を見せる。


。そうとしか観測できない状況になり、私たち神々を酷く動揺させたんだ。わかるかい? シズマ、君の世界の神は死んでしまったんだ」

「わかるかい、って言われても、なあ」


 シズマはアスカを振り返る。

 だが、難しい話が苦手な彼女は、頭から煙を巻き上げる勢いでフリーズしていた。同じ地球から来た転使てんしのアスカなら、気持ちを共有できると思った。いきなり神は死んだなんて言われても、哲学に明るくないのでシズマだってピンとこないのである。

 アスカに代わって、声をあげたのはディリアだ。


「神が……死ぬのか? 全能なる存在、万物を司る神が!? し、信じられん」

「嘘ではないさ、魔族の少女よ。私は神だから、嘘はつかないよ」

「し、しかし!」

「私たち神々が真に万能ならば、何故君たち魔族は存在する? 世界の中で人間たちに敵対する種族として、私はわざわざ君たちを生み出した。そういう必要悪を用いる時点で、神にも限界はあったのかもしれない」


 ディリアは黙ってしまった。

 そして、神は自嘲気味じちょうぎみの表情をメイコに浮かべさせる。


「私たちは驚き、混乱した。自分たちは特別な存在で、ゆえに己の使命として世界の創造を続けてきた。その結果、最も優れた人間を生み出したら……その世界の神は死んでしまった。それは、

「どういうことだ?」

「私たちはね、つい最近になって気付いたんだよ……シズマ。。私たちは超越者として世界の創造をしているつもりが、自分たちの存在を確定させつづけるための信仰心を供給しようとしていただけだったんだ」


 遂にアスカが「むぎーっ!」と不満を爆発させた。

 どうどうとアレサに制されつつも、なんだか訳のわからないことを口走り始めている。本当に小難しい話が駄目なアスカだが、シズマだって気持ちは同じだ。

 振り返れば、マッスルサーガことアレクセイもポーズを決めて固まっている。

 ただ、この場で一番理解の早い者が口を挟んだ。


「つまり、お主たち神々は……崇高すうこうな使命として世界を創造しているつもりが、実は食ってゆくためにそうしていたのだと気付いたのじゃろ。それをやめると、消える……つまり、死」

「そう、そうなんだよ。ああ、君は以前の魔王だね?」

「そうじゃ。この世界の行く末をたくされ、救世主をやらされた挙げ句……次の世界の敵としてお主に呪われた者ぞ」


 ルベリアが言うには、簡単に言えば「神様は、祈りを捧げる人間がいなくなると死ぬ」ということらしい。

 そして、シズマにもおぼろげに話が見えてきた。

 シズマたちの地球は今、物質世界文明として栄華を極めている。科学によって多くのことが明かされ、未知と神秘は遠く小さくなっていった。誰もが教育を受けて知性を高めている一方で、飢餓や貧困による格差を防げないでいる。

 人々は皆、敬虔な信仰心を忘れてしまったのだ。

 豊かになって、神ではなく政治や制度に救いを求めているからだろう。


「私はね、シズマ。怖くなった……だって、死ぬんだよ? 今まで無数に見てきた滅びが、私たち神々にも適応されると知った。そこで私はね、考えたんだよ」


 ――

 ついに神は、本音を語った。

 なんてことはない、自己の保身だった。

 神を名乗る超越者としては、酷く俗っぽくて、低レベルな話だが……逆にその生々しさが、シズマにはリアルに感じられた。

 誰だって、理不尽な死は避けたい。

 神様だって同じということだろう。


「エルエデンを神への祈りで満たすために、私は奇跡を定期的に見せるという手法を選んだ。君たちの地球のように、なんでも人間たちが自分で解決する、あれはよくないね」

「神様、それは……そんな理由で!」

「おやおや、そんなことを言わないでおくれ。私は、奇跡を必要とする危機、そして危機を救う奇跡を用意し、定期的に人々に見せることで安定した祈りを得るようになったんだ」


 これが、エルエデンの危機に現れる転使の伝説の正体である。

 神が自ら世界を危機に陥れ、救世主を召喚する。危機が取り除かれたら、救世主の誰かを次の危機の首謀者にするのだ。

 傲慢ごうまん、そして無慈悲むじひだ。

 神ならば人をもてあそんんでいいい、そんな理由などどこにもない。

 それなのに、この神は多くの人間をエルエデンに召喚し、人生を翻弄ほんろうしてきた。同時に、エルエデンの民から祈りを収穫するために、魔族やモンスターをも生み出したのである。


「酷いですわ……神様、あんまりですの!」


 竜化の魔法をまとったまま、アレサが声を張り上げた。

 シズマだって、想いは同じである。

 だが、神様は悪びれる様子がない。


「神ならば……自身の死もまた、受け入れなければいけないかい? 私は死んでもいいのか。もし、このエルエデンで人々が進化を続ければ、地球と同じ科学文明に目覚める。その時、信仰心は失われ祈りは枯渇こかつし……私は、消えてしまうんだよ」

「だからといって、自分のために世界を苦しめていい道理はありませんの!」

「私の作った世界だから、私にはその権利はあると思うんだがね」

「思い上がりですわ! わたくしたちは神への祈りを欠かさず、感謝の念をささげながら生きてますの。どうして、その気持ちを信じてはくれませんの?」


 その時、メイコの気配が黒く尖った。

 その全身から、圧倒的な敵意が滲み出てくる。

 目に見えて、周囲の空気が張り詰めてゆくのがシズマにもわかった。


「信じる心が私たち神々のかてだ。それを安定して得ることが、何故悪いんだい? ……私には、信仰心を失った世界を一からやり直しにすることだってできるんだよ?」

「その考えが傲慢だと言ってますの! 生命を生み出すことを使命としたならば、その生命が巣立つ現実も受け入れてくださいまし!」

「その結果、私は……神は必要がなくなって、死んでしまうんだ!」


 メイコを縛る神の糸が、うつろな操り人形マリオネットを突き動かした。

 メイコの掲げた長杖ロッドから、炎が膨れ上がって周囲に放たれる。火属性の強力な殲滅魔法、エクスプロミネンスだ。その威力に、周囲の仲間たちから悲鳴があがる。

 そして、メイコの中で神のなげきが怒りに変わった。


「私は、消えたくない! 私は、自分で生み出した被造物、その一つである人間のように自分が死ぬと認めたくない! 人間の無信心で、忘れられて消えるなんてまっぴらだよ!」


 即座にシズマは、右手を覆う布切れを引き千切る。

 手の甲には、複雑な紋様が不気味に明滅していた。

 ディリアから魔族特有の魔法によって刻まれた、ライフスクリーミングの呪いである。今、生命を削ってでも……大賢者スペルマスターシズマとしての魔法が必要だと判断したのだ。


「神様っ! あんた、間違ってる! アレサの言うことは少し厳しいかもしれないけど、俺なら言える! 俺だから言える! 手段が間違ってるんだ!」

「人間ごときが、そういうことを言うのかい? それも、神を信じず消してしまった地球の人間が!」

「確かに、人は豊かになると迷信のたぐいを信じなくなる!」

「その、迷信という言葉……迷える信仰心こそが、地球の神を殺したんだ!」


 シズマは精神力を集中し、久々に呪文を脳裏に組み立てる。

 全身が痛みで絞られ、手の甲から肘辺りまで刻印が広がった。まるで、肌の上を這い回る毒虫のように、どんどん不気味は紋様が大きくなってゆく。

 それでもシズマは、防御魔法で仲間たちを神の魔法から守った。

 以前、アレサに教えたような自分のみを守るものではない。

 最高レベルの防御魔法は、仲間全員を淡い光で包んでいた。


「ホーリーウォール……みんな、これで少し魔法のダメージがやわらぐ。そして、神様っ! もうやめてくれ。死ねと言ってる訳じゃない、もう少しだけ……このエルエデンの民を信じてやってくれ!」

「無理さ! 無理だよ! 地球だけじゃない、いろいろな世界線で神が消えてる。人間はどんどん進化すると、自分を神だと思うようになるのかい? なんでも自分で解決して、神を頼らなくなるんだ!」

「信じる祈りで生かされてる神様が、その祈りを捧げてくれる人間を信じれないなんて……そんなの悲しいだろ」


 そして、不可避の決戦が始まった。

 不本意だが、戦うしかない。

 シズマだって、激昂げきこうした神の怒りに触れて、全身が凍えるように震えていた。だが、そんな中でも毅然とした声が響く。


「さあ、アレクセイも! シャンとなさい。神が民を信じぬなら、それはもう神ではいられません。皆様、どうやらわたくしたちで、わたくしたちの筋肉で! そのことを気付かせねばならないようですわ!」


 硬直中のマッスルサーガの、その尻をパシィン! と叩いて、アレサが前に出る。

 その姿は、シズマにも無限の勇気を与えてくれるように思えるのだった。

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