第34話「恋敵たち」
勝負は決した。
アレサの力業が、無数の能力を駆使するメイコを上回った。
そう、まさに
ゴリ押しのゴリは、ゴリラのゴリである。
シズマは初めて、森の民エルフであるアレサが、森の賢者ゴリラに思えた。知性とは、これすなわちパワー! やはり筋肉……筋肉は全てを解決する!
そして、それを肯定する声が背後で響く。
「
「あっ、アレクセイさん」
「ノゥ! 私の名はマッスルサーガ! ナイ=ガラアの素敵過ぎる領主ではない。旅の武道家、マッスルサーガーである!」
「は、はあ……でも、本当にアレサは凄いよ。俺は……また、アレサに助けられたな」
ハイエルフなのに、それも皇族の姫君なのに、魔法が使えない。
膨大な魔力を身に宿しながらも、それを身体の外へ放出できない体質のアレサ。彼女は鍛えた己の肉体美と、剣だけで200年生きてきた。きっと、大変だった時期もあるだろうし、ホームシックや偏見の目、人間界での
だが、彼女はその全てを超えて強くなり、今も勝者として立っている。
そして、彼女の優しさがへたりこむメイコに手を差し伸べていた。
「さ、メイコさん。わたくしの勝ちですわ」
「う、うう……負けた。でも、でもっ」
「でも? ふふ、もう言わなくてもわかってます。だから、涙を拭いてお立ちなさいな」
「うんっ」
メイコはアレサの手に手を重ねて、立ち上がった。
その頃にはもう、背後のヒドラはおとなしくなっていた。アスカが自慢の機動力を駆使して、器用にヒドラの首同士をアチコチで結んでしまっている。自分の首が複雑に
「わたし、ずっと……自分のこと、負けヒロインだって思ってた。永遠の
「ふふ、でも……違いましたわね?」
「うん。今、やっと負けた……初めて負けた。わたしは、今までなにも戦ってこなかった。シズマにも、一度もわたしを見てって言ってなかった。こんな力がなきゃ、言えなかった」
「なら、これから始めればいいのですわ。わたくしも、ライバルはいつでも大歓迎ですの!」
笑みを交わす二人に、アスカやディリアも駆け寄る。
シズマは何故か、少女たちがいきなり親しい友人同士になったような錯覚を覚えた。そういう都合のいい見方をしてしまうのは、自分特有の無神経さかとも思う。確かに、シズマは人を振り回して煽る癖に、その後のことには無頓着なとこがあった。
だが、これは違う。
確かに今、少女たちは心を許し合ってるように思えたのだ。
「おつおつー! あーしもさあ、ぶっちゃけスッキリしたし。メイコっち、それ……みーんなシズマに思ってて、みーんな言いたかったやつだし!」
「だな。オレも同意だ。奴は人たらしが過ぎる。むしろ、よく言ってくれた。オレたちはほんの数日だが、メイコは何年も溜め込んできた想いだからな」
四人がこちらを振り返った。
こころなしか、その目が鋭い視線の矢を
串刺しになったような気分で、思わずシズマは笑いを引きつらせた。
だが、アレサたちはメイコを囲んで、妙な連帯感で打ち解け始めていた。
それを見て、やれやれと隣のルベリアも安堵の溜息を零す。
「さて、これで残すは……神とやら、じゃなあ」
「むむ? ルベリア殿、それは……? 神がどうかされましたかな」
「うむ。そこな仮面の紳士、よく聞くのじゃ……これより我らは、神と対峙する」
「ほう! ……む? しばしまたれよ、神との対峙とは」
「神を退治する。とまではいかぬかもしれぬが、少し痛い目をみてもらわねばな」
生粋のエルエデン人であるマッスルサーガは、大げさなリアクションで驚いた。
当然である。
このエルエデンは、善なる神に守られて全てが回っている。人々の信仰心はここでは、姿なきものへの畏敬の念、己の心の中にある概念としての信奉ではないのだ。
実際に神は、物理的に世界と民を守っているのである。
守っている、そう思ってきたのは異邦人のシズマも同じだ。
「なんと不敬な! なんと不信心な! かっ、かか、神に……挑むのであるか!」
「うむ。なあ、シズマ? お主、もう腹は座っているであろう?」
「ああ。聞いてくれ、アレクセイさん。じゃない、マッスルサーガさん。俺たちは、異世界からエルエデンに召喚された
驚きの沸点が限界を超えて、マッスルサーガは目を白黒させながらポージングで固まった。確か、ボディビルでいうダブルバイセップスとかいうポーズだ。
彼はそのまま、覆面の上からでもわかる満面の笑みを決める。
だが、目だけが混乱の中で笑ってはいなかった。
そしてそれは、アレサたちも同じである。
「シズマ、なにを……危機は去りましたわ。わたくし、メイコとは友達になりましたの」
「あーしも! まあ、これからは、ライバルっていうかー? ゴニョゴニョだけど」
「シズマに惹かれた者の責任、惹かれて心が動いた者の望み……そういうものをオレたちは共有した。……ルベリア様? あの、なにか……?」
その時だった。
不意に、身悶え震えていたヒドラが絶叫する。
まるで気が触れたように、先程とは別種の凶暴さが発露した。それは、なにかに恐怖して狼狽えるような、そんなふうにシズマには見えた。
ヒドラは首が絡まったまま、無理に自分を押し出そうと暴れる。
そのまま、全ての頭がそれぞれ違う場所に逃げようとして……自分の力で自分を引き裂いてしまった。あっという間に、周囲に悪臭と
「あっ、ヒドラくん……え? な、なに? わたし、そんなことお願いしてないよぉ」
「さがってくださいまし、メイコさん! なにかが、変ですわ」
その場の誰もが、ただならぬ気配に身を硬くした。
マッスルサーガに至っては、大理石の彫刻みたいになってしまっている。
シズマにも、言いようのないプレッシャーが感じられた。
確かにこの場に今、魔王よりも恐ろしいなにかが近付いている。
メイコと決着をつけたことで、既に魔王は実質倒された。神が召喚せし転使の少年少女は、その使命を全うしたのだ。
だが、それで終わらないことをシズマはもう知ってる。
終わらせてはならない……むしろ、こうして終わってまた始まる、終わりなき理不尽なサイクルを終わらせなければいけない。
「出てこいよ、神様! なあ、少し説明してくれよ! 俺はもう、知ってしまった。あんた、どうしてわざわざエルエデンの危機を作り続ける! そして、
そう、全ては神の自作自演。
この異世界エルエデンは、実在する神によってコントロールされている。意図的に危機が生まれて、それを神自身が転使によって解決してきたのだ。
動揺する皆の中で、メイコがシズマに駆け寄ってくる。
「シズマ、駄目だよぉ! 神様は、だって神様は」
「いいんだ、メイコ! 俺は、俺たちは……本当の意味で、エルエデンを救うんだ」
「でも、それじゃ神様が! 神様が、あまりにもかわいそ――ッ!? っあ!?」
突然、ぶるりとメイコが震えた。
そのまま彼女は、痙攣しながらふらつき俯いてしまう。
そして、次の瞬間……男とも女ともとれぬ声が響いた。酷く中性的で、幼い童女のようでもあり、疲れた老婆のようでもある。決して大きくはない声が、はっきりとシズマの
「やあやあ、おめでとう。魔王はまあ、倒されたね? こういうエンディングもありだと思うよ。今なら、通例通り元の世界に戻してハッピーエンドだけど……どうするんだい?」
メイコから声は発せられている。
そして、顔をあげた彼女の表情は、無だった。
喜怒哀楽のバロメーターとして、十分過ぎるほどに機能するメイコの愛らしさ。その愛嬌ある美貌が今、虚ろな無表情になっていた。
その中に入った何かが、彼女を喋らせているのだ。
そしてもう、シズマはその正体を知っている。
「神様、だよな? おいおい、メイコをこれ以上便利に使うなよ!」
「それはすまない。けど、私には物質的な肉体はないんだ。君たちとこの三次元空間でコミュニケーションを取るには、依代を介した方が手っ取り早くてね」
そう、メイコに平坦な言葉を並べさせているのは、神だ。
流石のアレサも驚いたようで、慌ててメイコに駆け寄る。
「メイコさん、どうしたのです! しっかりしてくださいまし!」
「異端のエルフの娘か……定期的に見てたけど、200年も大変だったねえ。いや、大丈夫だ。私はメイコには危害を加えない。……でも、君たちはどうかな」
「なにを……シズマ、メイコさんの様子が変ですわ! ……シズマ?」
ゆっくりと皆から離れて、メイコは振り返った。
わざとらしく咳払いをすると、彼女は神を降ろしたトランス状態であるかのように朗々と喋り出す。
「やあやあ、エルエデンの民たち。そして、私が召喚せし転使たち。私は神だ。名は……昔はあったんだが、忘れてしまった。無数に存在する神の一柱で、このエルエデンの全てを司っている」
誰もが言葉を失った。
シズマとルベリア以外の、誰もが。
遂に、今回の魔王騒動の黒幕が姿を現したのだ。
シズマは静かに、詰問の言葉に刃を忍ばせる。メイコのことを思えば、今にもブッ飛ばしたくなる気分だ。メイコを操り、彼女の寂しさに付け込んで魔王を演じさせたのだから。
だが、物理的にメイコを傷付けることなどできない。
そして、彼女の中という最高の安全地帯から神は語りかけてくる。
「まず、私に悪意がないことを知ってほしい。その証拠に、必ず転使を介して危機を解決してきた。エルエデンは私の創造した世界、私にとっても故郷に等しい場所だからね」
「……じゃあ、何故? どうして、新たな危機を常に用意してきたんだ?」
シズマの問に、しばしの沈黙が広がった。
だが、意を決したように話し出した神は、驚くべき真実を明かすのだった。
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