第32話「決戦!魔王城へのダイブ!」

 暗雲垂れ込める闇へと今、巨大な飛翔艇ひしょうていエターナル・エルエデンが降下してゆく。

 甲板に待機した仲間たちの表情は今、緊張で凍っていた。

 シズマもまた、最終決戦への意気込みに冷たい汗が滲む。

 そう、これで本当に最後にしなければいけない……もはや、幼馴染おさななじみのメイコを救うためだけの戦いではない。そして、真のエルエデンの危機は昔から一つだったのだ。


「見えてきましたわ! 魔王城ですの!」


 苦い思い出がシズマの脳裏を過る。

 あの日、焦りと気負いで挑んだ魔宮が眼下に見えてきた。以前にもまして、おどろおどろしい空気を発散している。堅牢堅固な城塞は、それ自体が巨大なモンスターのようにそびえていた。

 そして、ここではまだ魔王メイコの統率力とうそつりょくは生きているようだ。

 無数の魔物たちが、空を飛ぶモンスターに乗って迎撃に上がってくる。


「よし、じゃあ行くぞ! この戦い、勝ちにいく! みんなはとりあえず、周囲の雑魚ザコを頼む!」


 無数の叫びがそのまま、意気軒昂いきけんこうときの声となった。

 そして、シズマを先頭に大地へと身を躍らせる。

 同じ転使てんしの少年が、自分だけの特殊能力を解き放った。彼は確か、宿場での話し合いで代表を務めた者である。その恰幅かっぷくのいい肉体から、闇夜を照らす光がほのかに広がる。

 あっという間に、自由落下していたシズマたちが急減速、軽やかに着地する。


「彼の大気や風を操る力があって、良かった! さあ、行くぞ……道は確かに覚えてる!


 シズマたちの一団は百名ほど、その全員が無事に魔王城のそこかしこに舞い降りた。その場ですぐに、激しい戦闘が始まる。

 シズマも弓を手に、手近な場所に降りれた仲間たちと走り出した。


「奇襲作戦はスピードが命だ。混乱が収束する前に、メイコの場所まで突き進むぞ!」

「シズマ、いいじゃんいいじゃん! あーしが援護するから、ガンガンいっちゃえー!」


 すぐ側で、アスカの二刀流が旋風つむじを巻く。

 彼女はすぐに場内への道を確保し、立ち塞がるモンスターたちを一掃していた。

 お馴染なじみの連中とはバラバラになったが、彼女がいてくれて頼もしい。

 シズマはアスカの勝ち気な笑みに頷きを返して、全速力で走り出した。

 横に並んで、アスカも足並みを揃えてくれる。


「シズマさあ、なんか……色々言われてるるじゃん?」


 不意にアスカが、走りながら呟くように口を開いた。


「ん? ああ……それな。俺って、無自覚に煽動しちゃうタイプらしい。政治家とか、案外向いてるかもな! っと、そこっ!」


 走りながらも弓を構えて、番えた矢を狙いも定めずに解き放つ。

 通路の奥から現れたオークは、その巨体故に当てることだけはできた。だが、致命打にはならない……急所に当たらなかったし、シズマの弓を引く力が弱いからだ。

 それでも、怯んだ隙にアスカが踏み込む。

 その剣舞は、以前と変わらぬ華麗な立ち回りで、あっという間にオークを細切れにしてしまった。やはり、驚異的なスピードを失っていても、それを浸かっていた感覚は彼女にまだまだ強さを与えている。


「んとさ、あーしはさ、馬鹿だからよくわかんない。けどさ、シズマはいつも頑張ってるじゃん」

「おいおい、おだててもなにも出ないぞ?」

「そーゆんじゃなく! 違うくてさ……なんか、上手く言えないけど」


 アスカは口ごもりつつも、両手の剣で次々と道を切り開く。

 まるで彼女の二刀流は、それぞれが独立した意思を持つイキモノのようだ。流麗にして正確無比、無駄なく全てをなます斬りに屠っていった。

 シズマはシズマで、必死に弓矢を使いつつ道を確かめる。

 はっきりと覚えているし、忘れようにも忘れられない。

 かつては一人で来た道が、今は大勢の仲間たちと共に進んでいる。そして、記憶に一致する区画へと飛び込めば、そこから先は以前も通った一本道だった。

 そこには既に、警備の魔物を片付けた先客がいた。


「ふっ、おぬしも来たか。我とディリアも共にゆこう」

「あっ、ルベリアさん。ディリアも」

「オレたちにとっては古巣だからな、魔王城は。この先に奴はいる……ぬかるなよ、シズマ。アスカも」


 ルベリアとディリアは、かつての魔王とその腹心としてこの城にいたのだ。

 そして、それはルベリアにとっては神が与えた役割である。

 同時に、ディリアはその時からずっと自分の意志でルベリアを守り続けてきた。今も、彼女は油断なく周囲へ気配を解き放って、敵への警戒心を尖らせている。


「では、ゆくかのう。神にエルエデンの敵をやらされる時……与えられた力と同時に、逆らえぬ一種の強制力のようなものが働く。それがもし、力そのものの付属物ならば」

「そ、そうか! それでルベリアさんは、魔物を統率する力を失い……正気に戻った。自分が神から魔王をやらされていたと気付くことができたんだな」

「そうじゃ。故に、神の奇跡の力を脱がすこと、これが肝要かんようかもしれぬ」


 突然の話に、ディリアもアスカもきょとんとしてしまった。

 だが、走りながら説明するとだけ言って、シズマは先頭に立つ。

 ここからはもう、玉座の間は目と鼻の先だ。


「ディリア、アスカも……聞いてくれ。真の敵は、実は魔王じゃない」

「メイコとかっていう、シズマの幼馴染って話? もう聞いてるし。だいじょーぶっ、あーしは上手く手加減とかしてみるからさ」

「それはありがたいけどな、アスカ。メイコの裏には黒幕がいる。そいつが……このエルエデンが定期的に危機に陥り、転使と呼ばれる救世主が召喚され続ける理由だ」


 目の前に巨大な扉が現れた。

 髑髏どくろをあしらった、不気味な意匠である。

 触れる前にそれは左右へ開かれ、奥の暗闇に向かって無数の火が灯る。

 その青白い光に導かれるように、シズマは歩調を緩めてゆっくりと進んだ。

 奥の玉座から、ゆっくりと立ち上がる影が笑っていた。


「来たね、シズマ。待ってた……こないだはちょっと失敗しちゃったけどさ。シズマが無事でよかったよ。わたし、本当によかったと思ってるんだから」


 メイコは、落ち着きを取り戻していた。

 だが、なにか様子がおかしい。

 先日突然見せた、らしくもない激情が全く感じられなかった。その目はうつろに濁っていて、あらゆる光を吸い込む闇が満ちていた。

 彼女はゆらゆらと陽炎かげろうのように静かに近付いてくる。


「メイコ……お前を、止めに来た。助けに来たんだ」

「ふふっ、いっつもそうだね。シズマ、わたしのことをいつも助けてくれる。でも、助けるだけでそれ以上はなにもしてくれない」

「お前の気持ちに、俺は気付けなかった。お前だけじゃない、俺は周囲の人のことを全く考えてなかったんだ」

「そだよ? やっと気付けたね……シズマ、リーダー気質で変なカリスマと魅力があって、人を乗せるのが上手いシズマ。でもね」


 ――シズマは人を動かすのが上手くても、人の心は動かせないんだよ?

 そう言って、メイコがだらしない法悦の笑みを浮かべる。

 耳に痛い話で、その通りだったと思う。

 知らなかった、気づかたなかったのだ……自分はどこか、みんなのために上手くやれてるし、みんなと仲良くできていると思っていた。

 だが、現実は違った。

 皆が求めていたのは、心のキャッチボール。受けた球をシズマに返したかった筈だ。女房役としてキャッチャーをやりたい人もいたかもしれない。だが、シズマがやっていたのは心のドッジボールだったのだ。

 気持ちを相手に伝えて、上手く使って、それ以上は求めないし受け取らない。


「メイコ、俺は……お前に謝りたい。同時に、やっぱりお前を幼馴染として大切に思っている」

「……やっぱり、ただの幼馴染なんだ?」

「そこから始まった二人だからな。だから……お前の気持ちにちゃんと向き合うために、まずはいつもの優しい幼馴染に戻ってもらう!」


 そして、彼女を突き動かしたであろう、神とやらにも立ち向かう。

 例え全能なる存在でも、人間を弄ぶ行為は許せない。


「シズマ……わかった。じゃあ、次は……シズマのその、なんだか格好良くて眩しい魅力、リーダーシップとか頑張り屋な気持ち、不屈の精神! そういうの、わたしが吸い取ってあげるっ!」


 メイコの全身から、周囲を沸騰させる瘴気が溢れ出す。

 あっという間に、玉座の間が戦慄に支配された。

 だが、シズマは仲間たちと共に武器を構える。

 動じず、臆せず、ただやると決めたからには迷わない。

 そして、不意に声が走った。


「無駄ですわっ、メイコさん! そんなことはできませんの……わたくしがっ! させませんのっ!」


 不意に、奥の壁へと無数のひびが走った。

 まるでステンドグラスのように、色とりどりの光が互いに重なるモザイク模様……まるで生きているかのような壁面が、木っ端微塵に砕け散った。

 そして、その奥からゆらりと巨躯が躍り出る。

 それは、無数の大蛇。

 真っ赤に開かれた顎門は、人間など軽く丸呑みしそうな程に大きい。

 しかも、先を争うようにこちらへ向かってくるそれらは、全てが一つに繋がった一体のモンスターだった。


「くっ、ヒドラか! ……なんだ? そうか、さっきの声!」


 そう、声は近付いてくる。

 走ってくる。

 その気迫から、ヒドラは逃げているのだ。

 そして、短く気迫を叫ぶ声と共に、光が走る。

 あっという間に、一太刀でヒドラの首がまとめて五つ程消し飛んだ。

 ズシャリと眼の前に、長大な重剣を担いだアレサが現れる。その顕な肌は、幾重いくえにも重ねた補助魔法の強化で光り輝いていた。


「合流できましたわね、シズマ。さあ、皆様ッ! 力を合わせてメイコさんを止めますの!」


 こうして、最後の戦いの火蓋が切って落とされた。

 アレサの凛とした姿を見て、メイコが表情を怒りに歪める。そこにもう、いつもの優しく穏やかな面影おもかげはない。

 神が被せた魔王の仮面を、砕いてでも脱がせなければいけない。

 シズマも覚悟を決めて、仲間たちと共にメイコへ向かって走り出すのだった。

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