第27話「いざ、決戦!」

 信じられない現実を前に、シズマは言葉を失っていた。

 あのメイコが、全く新しい一面を見せてきた。それは、以前の優しくてほがらかな彼女を圧倒的に裏切っていた。

 その原因を作ったのが、自分だというのだ。

 茫然自失ぼうぜんじしつなまま、シズマは何度もメイコの言葉を反芻はんすうする。

 かわいい女の子の「好き」の一言が、こんなにも今は痛くて重い。

 だが、状況は彼にセンチメンタルな一時を許さなかった。


「シズマ、敵が来ますわ! 大軍です! シズマッ、しっかりしてくださいまし!」


 アレサが肩を掴んで揺すってくる。

 周囲もようやく、魔王メイコのプレッシャーから解放され始めた。

 その頃にはもう、地響きを連れて闇の軍勢が迫っていた。


「お、おい、あの魔王……シズマの知り合いなのか?」

「女の子だった……俺の娘くらいの年頃の」

「と、とりあえず、戦うんだろ!? 戦えるんだよな、なあ!」


 シズマは、真っ直ぐ見詰めてくるアレサからつい目をらす。

 だが、彼女も負けじと両手でシズマのほおを包んできた。

 無理矢理に前を向かせて、ひたいを擦り付けるようにアレサが顔を近付ける。

 ひそめられた声には、強い力がこもっていた。


「落ち着いてくださいな、シズマ。まずは目の前の敵を叩きますの」

「あ、ああ……そう、だな」

「もうっ、シャンとしなさいっ! ……思い出してくださいな。この間、わたくしと出会った時のことを」

「アレサ、と……出会った日」


 それは、忘れもしないし忘れられない。

 例え忘れたとしても覚えているだろう、鮮烈な記憶。

 村を襲ったサイクロプスを、アレサは筋力と剣だけで倒してしまったのだ。エルフの細腕とは思えぬ、苛烈かれつ轟撃ごうげきだった。

 そう、エルフという既存の概念が木っ端微塵こっぱみじんに砕け散った。

 争いを拒まず、魔法に長けた美しい種族……その美しさだけが、新たなイメージとなって常にシズマの中で輝き続けている。


「シズマ、あの時の貴方あなたは……魔力を失い、自堕落じだらくな生活をしていましたわ。そう振る舞うことで自分を癒やしながら、メイコさんを助ける手段を考えていた」

「そ、そんな格好いいもんじゃなかったさ」

「いーえっ! シズマ! シズマは格好よかったですの! 貴方は、その身をていして小さな子供を守ろうとした。迷わず、無力な自分をたてにしてでも、目の前の命を救おうとしたのですから」


 そこまで言って、アレサは突然シュボン! と赤くなった。

 だが、彼女はそっと離れると切なげにうつむく。

 うるんだ目に映る自分が情けなくて、それでもシズマは少しずつ自分を取り戻し始めていた。いつにも増してアレサは、自分を応援してくれている。

 その期待に応えるなら、それは今だ。

 そう思ったら、まだメイコの救出に希望を見出すことができそうな自分がいた。


「そっか……サンキュな、アレサ」

「と、当然ですわっ! ……たとえ本人でも、い人を卑下ひげされてはたまりませんの」

「ん? それって」

「さあ、戦いですわっ! アドレナリン全開で行きますわよっ! すでにアップも完了してますの!」


 アレサは巨大な背の剣を、重そうに背負い直す。

 鍛え抜かれた彼女の筋力でも、あまりにも大きすぎる蛮刀ばんとうは重荷だ。恐らく、パワーアップ系の補助魔法を重ねがけして、やっと振り回せるようになるものだろう。

 とりあえず、先程の不機嫌がなりをひそめて、アレサはやる気満々だ。

 肌艶はだつやはいつにもましてよく、全身の筋肉が最高の状態で引き締まって見えた。

 シズマも気を取り直して、まずは声を出す。


「みんな、すまないっ! とんだ醜態しゅうたいを見せたな、ごめんっ! ただの身内の喧嘩だ! そして、俺たちがやらなきゃいけないことは変わらない!」


 そう、シズマの決意と覚悟も変わらない。

 むしろ、いっそう強まった。

 メイコは普通の状態じゃなかった。そして恐らく、それは彼女の言う通り……ずっとずっと前から、そうだったのだ。それにシズマは気付いていなかった。あんなに一緒だったのに、気付けなかったのだ。

 だから、やはり助けなければいけない。

 大事な幼馴染おさななじみだから、悪に染めたその手を握って、引っ張り出さなきゃいけない。

 例え痛烈な言葉を浴びても、それを受け止め意味を知らなければいけないのだ。


「ミサネちゃん! 生産系スキルの転使てんしたちのまとめ役、頼む! 非戦闘員は宿や酒場に引きこもりだ。武具や薬品類、その他アイテムもろもろのストックを頼むぜ」

「任されたよっ! ふふ、そうそう、そういうとこ。それがシズマのいいとこなんだなあ」

「はは、なんだそりゃ」

「こっちの話! 鈍いなりに頑張るんだよねーってさ」


 ミサネは小さな身体を弾ませ、後方支援に張り切っていた。

 宿場しゅくばの女将たちには、最初から説明してある。扉を閉め切って、悪いけどしばらくは立てこもってもらうしかない。ここを突破されれば、王都まで大軍が押し寄せることになる。

 だから、宿場の手前でその全てをき止め、殲滅せんめつするのだ。


「さあ、みんな! 行こうっ! 大丈夫だ、モンスターは数は多いが、個々の力は俺たち一人一人が上だ!」


 純粋にそう思うし、嘘でもそう言う必要があった。

 この場に集ってくれた者たちの中で、一番弱いシズマだからこそ言わねばならなかった。学校行事やクラブ活動でもそうだ、誰かが先陣切って引っ張らなければいけない時がある。

 そういうタイミングでは、シズマは虚勢を上手く張ることができるのだ。


「それに! 俺たちは! 一人じゃない! ……! 行くぞっ!」


 シズマが走り出せば、我先にと皆も地を蹴る。

 自然と高まる声と声とが、叫びになって渦巻いた。

 シズマもまた、己の高揚感を高鳴らせる。

 言葉ですらない声が、シズマたちを本当の勇者へと変えていった。

 そして、隣を走る声が一歩抜きん出る。


「なんか、色々あった系じゃん? でも、痛い子だからってほっとけないっしょ!」

「アスカ! ありがとな、あと……お前ももう、能力を奪われてんだから気をつけろよ!」

「もち! 力はなくなったけど、力を使いこなしてたあーしはあーしだし!」


 シズマもそうだし、それを実感する。

 転使として神から力を与えられ、それを失った。

 だが、力を使っていた経験がシズマにもアスカにも残っている。

 相変わらず非力なシズマは、銀の弓を完全に使いこなすことができない。だが、矢が飛ぶ間合いのコントロール、敵との距離感や空間把握能力がある。それは、常にあらゆる魔法で味方を援護し、点ではなく面や線で戦場ごと敵を攻撃してきた恩恵おんけいだ。

 飛ばすものが、魔法から矢になっただけだと強がることができるのだ。


「前よりあーしは遅いけどっ、踏み込む気持ちは変わってない! むしろ、今の方が強いし!」


 雌雄一対しゆういっつい太刀たちを抜刀し、アスカが加速する。

 あっという間に、街道かいどうを埋め尽くす敵の先頭集団へと飛び込んでゆく。

 ゴブリンやトロル、コボルトといった雑兵が次々と悲鳴をあげていった。粗末な革鎧など、アスカの前では紙切れ同然だ。最強ギルド、ナイン・ストライダーズのナンバーツーは伊達ではないのだ。

 それに、彼女は以前の彼女じゃない。

 無敵のはやさで与えられたタスクを実行していた、今までのアスカはもういない。

 今の剣士アスカは、自分で自分をどんどん前へと押し出してゆく。

 速くはないが、それは強く、とても力強く見えるのだった。


「俺も負けてられないなっ! 騎士さんたちは前へ! 壁を作ってくれ! 敵の圧力を上手くコントロールすれば、負けない!」

「承知した! 騎士団、前へ! やるぞ……王立近衛騎士団おうりつこのえきしだんの強さを見せる時!」


 重武装に巨大な盾を構えて、騎士たちが剣を抜く。

 その姿は頼もしく、さながら装甲の津波だ。

 真正面から魔物たちに当たっても、全くパワー負けしていない。そして、集団での戦いには慣れているようで、すぐに敵の進撃は一時的に止まった。

 シズマも弓に矢を射掛けて声を張り上げる。


「敵が止まった、ここから押し返す! みんなで弱い敵を狙うんだ。押し返していけば、足並みを乱す奴が必ず出る。そういう奴を丁寧に多人数で叩くんだ!」


 向こうも投石などをしてくるが、その攻撃は散漫だ。

 魔王だったルベリアの力は、こうしたモンスターに強力な統制力を与えるはず……だが、思っていた以上に敵には勢いがない。数は多いが、練度が低く感じられた。

 当然だ。

 魔王メイコは、女子高生だ。

 

 力を集めることに夢中で、力の使い方は全くといっていいほど粗末そまつなのだ。


白銀しろがね射手しゃしゅシズマ、我ら魔族も援護に回るぞ!」

「ディリア! 助かる! あとそれ、もういいよ。ただのシズマ……ただただ、シズマとだけ呼んでくれ! さっきみたいに!」

「わ、わかった。ただのシズマ、じゃなくて、シズマと呼べばいいんだな」

「そゆこと! ただの、ってつけられると、俺が無料で振る舞われるみたいだしさ!」


 軽口を叩く余裕すら、今のシズマにはある。

 そしてディリアにも、笑いを噛み殺しつつ身を震わせるゆとりがあった。さして面白いことを言ったつもりはないのだが、やはり魔族の笑いの沸点はよくわからない。

 ただ、血潮ちしおを燃やす中でとりあえず、異世界エルエデンのカラクリについては考えない。

 この戦いを恐らく、神とやらはどこかで見ているだろう。彼にとっては……彼ないしは彼女にとっては、ゲームのようなものだろうか? シズマたちは盤上ばんじょうの駒に過ぎないかもしれない。

 だが、メイコは神について自分たちより知ってそうだった。

 なにより、神がエルエデンの危機に介在していた可能性を示唆しさしたのだ。


「くっ、ふ、ふふ……無料で振る舞われる。シズマが、無料で……ぷはっ! 私なら言い値で買うんだがな。さて、少し働かせてもらおう!」

「頼むぜ、ディリア。言い値で買うって、それさあ……イイネ! なんてな!」

「お前はなにを言ってるんだ、シズマ」

「……そういうリアクション、やめて。傷付くから……っと、でかいのが来たな!」


 ディリアが緊張感を身に招き、呼吸を整え呪文を組み立て始める。

 同時に、頭上を絶叫が覆った。

 見上げるシズマは、羽撃はばたく巨大な猛禽獣もうきんじゅうへと矢を向けるのだった。

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